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ハガキ 水の物語  作者: 伊諾 愛彩
第6章
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水の物語 6.Put together (22)

 母親がいつもお金を取り出す引き出しを探り、奏はそこから一万円札を探り当てた。

(ここにもうちょっと、あるはずなんだよ。現金はここに置いていて……)

用心深いというよりは、色々小分けにしているから、現金がどんな風に置いてあるのかが分からない。出来れば、ばれないような所から取り出したいが、どこに何があるのかは分からない。悪いことだというのは分かっている。でも、音楽がやりたいという気持ちはその罪悪感を踏み潰していく程強い。本当にこんなことをしていいのだろうか。心臓の音がどんどん大きくなる。

 少しでも多くのお金を手に入れないといけなかった。

「奏? 何をしているの?」

「……えっと」

母親が思ったよりも早くに家に帰ってきた。床には数十枚の一万円札……。言い逃れのできない現行犯だった。

「どうしても、お金が必要で……」

「なぜ?」

「それは……」

音楽のためにドイツに行きたいと言うことを素直に口にすることができなかった。国内のコンクールで一位を取ることさえ出来ないような実力で、海外で勉強したいなんて、分不相応の恥ずかしいことを言う奴だなんて思われたら、コンクールで敗北して傷ついている心が更にズタズタになる。

 家族は音楽をすることを認めてくれているし、奏が音楽が好きだという気持ちを大切にしてくれる。だがそれは、奏が両親の目の届く範囲でやっているからだ。

「正直に話しなさい」

「えっと、それは……」

「この方法は親として許すことはできない。貴女のことはとても大切な娘だと思ってる。だからこそちゃんと理由を聞きたいわ」

親が言っていることは正しい。家族だけれども、親は他人だ。他人からお金を盗むというのは犯罪である。そう考える奏に対して、一つの問いが投げかけられた。


 その常識は、正しいのだろうか


 ピアノのコンクールのことを思い出す。海里の演奏は、当然だと思っていた常識を覆した。常識に沿って、楽譜に忠実な演奏を心掛けた奏を、海里は情熱的な演奏で越えていった。先生に叩き込まれた常識、それに沿うように何度も練習した、自分を何度も戒めた。その重要な常識を越えていく行為、それは罪悪感よりも高揚感を伴っている。

「こんなにしつけがなってないなんて。私は、親失格ね」

母親は奏に対して詰め寄っていくような言葉をかけたけれども、それはあまり心に響かなかった。母親はスマホを出して、予定通りに事が進まないということを伝える。

「もしもし、今日はちょっと遅れるから。ええ、後で事情は話すわね」

当たり前の毎日、平穏な日々、それを守る秩序……。その秩序が、現実に現れる。ルール、校則、時間、約束、常識、様々な形で具現化された秩序は存在し、それは人の自由を制限するものでもある。時に人を束縛するものにもなる。




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