水の物語 6.Put together (17)
最初のソロの部分を弾き終えると、桜桃はふぅっと、一息ついて、ヴァイオリンを下ろした。
「え、もう終わっちゃうんだ?」
(え?)
自分の演奏なんて、奏のような一流の人からは一蹴されると思っていたから、桜桃は戸惑った。自分の演奏が良かったからそういう言葉が出てきたということがじわじわと理解できてきて、それで舞い上がって演奏するという度胸も自信もなかったから、言い訳を必死で探した。
「続きは……譜読み、ちゃんとできてなくて……」
「あ、そっか。ちゃんと読めてないと弾けない人?」
「……そんな、とこ、です」
「桜桃は、ノリで弾きこなせちゃう感じだなって思ったけど、意外」
奏に見えている桜桃と桜桃が認識している桜桃自身の間には、隔たりがある。過剰な評価だと桜桃は思った。
「楽譜とどう向き合うかも、演奏者のセンスだけど、桜桃はもっと肩の力抜いて自由に弾けばいいんじゃないかな」
それは確かにそうだ。必要以上に力が入っていると、油断した時に音を飛ばしやすい。力を入れたり抜いたりすることで、そのパッセージから読み解いた感情を表現することができるのに、ずっと緊張していると、その緊張と緩和の間で作られる表現を分かりにくくしてしまう。
「でも、私は、桜桃の海のような演奏、良いなって思った」
「海……言った? 海って、分かった?」
桜桃が興奮しながら問いかけると、奏はそれに驚いていた。
「うん。海の渦って思ったよ。感情の渦って感じる人もいるかもしれないけど、ちょっと違うな、ああ、そっか、海だって」
多分、メンデルスゾーンは感情を想定しながらこの作品を書いてると思う。でも、桜桃には感情がよくわからない。だから、人間の感情に近い自然を感じながら弾いている。近いと認識しているのなら、桜桃はこの作品のメロディーに現れているような感情を知っているのだ。




