水の物語 6.Put together (16)
メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の冒頭は、ヴァイオリンやヴィオラ、管楽器のオーケストラの音から始まるが、すぐにソロヴァイオリンのメロディが始まる。ソロが最初から存在感を見せつけられる、ソロがその演奏の雰囲気を支配する曲である。
構えて息を吐き、1音目を弾こうとした瞬間、奏が演奏を止めた。
「待って。これ、殆ど最初から始まる曲でしょ。本番だと思って弾いてくれるなら、ちゃんとオケを感じてから始めてくれないと」
オーケストラを感じろと言われても、桜桃にはそんな経験はない。どうした良いものかと一度構えるのをやめた。
「オーケストラで弾いたことは?」
「そんなのあるわけないよ。ピアノと一緒に弾けるのだって滅多にないんだから」
ソリストとしてオーケストラと共演することなんて、殆どの演奏家にとって夢のまた夢の話だ。それはヴァイオリンに限らず全ての楽器においてそうで、チャンスに恵まれなければそんな機会はやってこない。
口をへの字に曲げた桜桃に対して、奏は、得意げに言った。
「不可能だと思うから不可能になる。幸運はそれを受け取る準備をしている人の元にしかやってこない」
「じゃあ、奏はそういうの……あるの?」
「ないよ、でも近いうちにその機会を得る」
「近いうちにって?」
「近いうちに。まだ決まってないけど。……でも絶対だ」
強い。そういう自信は必要なものだ。だけど、あまり好きじゃない。何か引っかかる態度だ。音楽家は大体自分のペースを持っていてそのペースに巻き込むのが上手い。素直に乗せられていれば、何も思わなかったのかもしれないけれども、
「……じゃあ、改めて」
桜桃は場の空気を改めたくて、ヴァイオリンを構えて集中した。
(渦……私の中の渦は、海を轟く渦……勢いを弓とラック君に伝える)
自然、それは感情ほどではないかもしれないけれども、激しさを示す。海は色々なことを教えてくれる。存在するものだから、感情とは違って、五感に訴えかける。日本海側の海は波が激しいから、その目に映ったものと音を合わせていけば、表現が生まれる。作曲者であるメンデルスゾーンは日本海の波なんて知らなかっただろうけど、演奏する人の心を介せば、無関係な神威島の海とヨーロッパの作品が繋がることは容易なことだ。




