水の物語 6.Put together (14)
よくある言葉だったけれども、その奏の調子に桜桃が驚いてのけ反ると、奏はカメラから後ろに下がって、一息ついてから説明を続けた。
「って、ヨーロッパで暮らすようになってから分かるようになったんだけどね。上手くは説明できないけど、演奏に必要なのは指が上手く動くとか、ただ楽譜を読めるということだけではなくて、どれだけ経験をしているのかっていうことも大事だなって」
「……経験って何?」
「それは、色々なところを旅して、その土地の事を知ること。ヨーロッパを旅しているとね、場所によって全然違うの。スーパーに売ってるものも、そもそもスーパーの大きさも違うし、売ってるものが全然違う。だからご飯も違う。こっちだと、外で食べるっていうことは少なくてね、先生と一緒にご飯を作ったりすることの方が多いんだけど……」
「外で食べる……。それは、東京ではファストフードっていうこと? それが、普通のこと……だよね?」
札幌に知り合いが何人かいるし、雁湖学院のある北大屋町にはショッピングモールがあるから、フードコートやファストフードというものがある生活も分かってはきた。とはいえ、チェーン店というのは、桜桃には馴染みにないもので、生活の中にあるものではなかった。
「ファストフードがあるというのは当たり前のことじゃない……のか。私はこっちに来てから驚いたんだけど。東京だと……困ったら食べに行こうとかそういう場所だったから」
神威島に住んでいる人たちはお互いに面識があって、桜桃は医者の娘だから色々な家の人から可愛がられていた。ご飯とかおやつを御馳走になることはよくあった。狭い社会だから、お互いに仲良くやらないと生活が楽しくなくなるというのもあって、それぞれが周りの人に対して、「気を遣っている」ところがあったのかもしれない。嫌な感情を受け取ることが殆どなかった。だから、嫌な感情に対する耐性がないのだと思う。島の外からやってきて、桜桃のヴァイオリンの演奏に対して意地悪な言葉を投げかけた、なぎさちゃんのことを今でも根に持っているのはそのせいもあるだろう。
島の外は、知らない人たちの感情がたくさんある。それを一つ一つ受け取っていては、生きることさえままならない。父親の海外研修でイギリスの郊外で過ごしていた時は、どんな風に他の人の感情を受け取るかとか以上にコミュニケーションを成り立たせる事自体が大変だった。言葉の裏にある感情を読み取ろうとしたり、そういうことをする余裕はなかったから、「もしかしたらこの人は自分のことを嫌っているのかもしれない」「いじめようとしているのかもしれない」といったもやもやとした感情を感知することはできなかった。




