水の物語 6.Put together (11)
母親はその状況を深刻に考えるようになって、奏に対して提案をした。
「奏、一旦音楽のことは置いといて、塾に通ってみたら?」
母親は奏の非凡な音楽の才能を認めてはいたが、様々な人の話を聞くにつれて、音楽で食べていくということはまず無理だろうと考えていた。母親の提案は、音楽ではなく、普通の道を歩めと言われているようにも思った。
(でも、お母さんは誰よりも若宮奏の演奏を分かっていてくれている)
だから、奏は穏やかに母親の提案をを受け入れた。
音楽は好きだったし、練習することも楽しかったけれども、コンクールのために練習することが苦痛になっていた。コンクールのために準備する曲は、先生に言われた通りに弾くもので、つまらないものだった。提示されるレパートリーは定番曲が多かったし、入賞するために無難な解釈の演奏をするように心掛けた。クラシックの定番曲はたくさんの演奏家の録音があるし、模範演奏はインターネット上に無料で転がっている。録音と生の演奏は違っているけれども、他の人が出来る演奏を真似したところで何の意味があるのか。コンクールというもの自体に疑問を抱くようになっていた。そんな迷いがある中で、演奏をしたところで思うような結果は伴ってくるはずもなかった。
「ピアノが弾けるだけじゃだめ。大人になるためには、勉強をして色んな事を知っておかないとね」
そんなありふれた台詞を奏は自分自身に言い聞かせるようになった。学校の成績もピアノの能力も高かった少女時代の奏は、理想の自分を描いていたし、その自分になれるという自信もプライドもあった。
ピアノを弾く時間は減らさない。拘束される時間は増えるけれども、塾にだって通った。だけど、コンクールで成果を上げることも、学校の成績を上げることもできなかった。楽しさではなくて、欲しいのは結果になっていた。頑張れば結果はついてくる。コンクールのためのレッスンは楽しくない。勉強も、強いられるものになっていたから、問題が解ける喜びとかそういうのもない。それでも頑張る。そうすれば、必ず成果は上げられる。その想いが更に奏を苦しめた。学校、ピアノの稽古場、塾、この3つの場所を行ったり来たりするだけの生活になった。