毎日「キモオタ」といじめられてる僕は、実はいじめっ子たちが推してるアイドルです
こちらは柴野いずみ様主宰『ざまぁ企画』参加作品です。
と言いつつ恋愛要素はかなり薄めです。
ざまぁ要素もちょっと控えめです。
飛び交う歓声。
眩しいスポットライト。
鳴り響く音楽に、華麗に踏むステップ。
曲に合わせて歌をうたうと、会場にいる誰もが声をあげる。
「たのりーん! こっち向いてー!」
力の限り叫ぶ最前列の女の子。
僕は彼女を知っている。
クラスで僕のことを「キモオタ」と呼んで毎日いじめてる女の子だ。
正直、顔を向けたくはなかった。
向けたくはなかったが、ここはライブのステージ。
公私混同はしてはならない。
ファンなら大事にしろといつもマネージャーさんからも言われているし。
だから僕は精一杯の笑顔を向けて彼女にウィンクをしてみせた。
「ギャー!」
雄叫びをあげて喜ぶいじめっ子。
普段の僕がこんなことしたら、逆の意味で悲鳴をあげられていただろう。
本当に不思議だ。
同じ人間でこうまで態度が変わるものなのだろうか。
なんてことを考えてるうちに、今日のライブは大盛況に終わった。
※
「おい、キモオタ。オレンジジュース買ってこい」
昨晩「ギャー」と叫んだ最前列の彼女、松下由紀が昨日とは真逆の顔で命令してきた。
ライブではたのりんとしてアイドル活動をしている僕は、この学校では前髪で顔を隠し分厚い眼鏡をかけている。
そのため、僕が彼女の好きなアイドルグループのたのりんとはまったく気付かれていない。
あれだけギャーギャー騒いでいたのに、髪をおろしてメガネをかけたくらいでこうも気づかれないなんて。人って本当に不思議だ。
まあ、僕の通う高校はバイト禁止のため、気づかれたら気づかれたで困るわけだけど。
僕は松下さんにそっと手を差し出した。
「あの……」
「あ?」
「お金……」
すると彼女は思いっきりメンチを切って言ってきた。
「んなのテメーのおごりだろ!」
「え?」
「男が女にメシおごるのは社会のジョーシキじゃねーか!」
「出た! 由紀のジョーシキ!」
取り巻きの女の子たちがキャイキャイ騒ぐ。
すいませんが、そんなジョーシキは現代では一ミリも通用しませんよ。
と言いたくなったが、ここで反論すると何十倍にもなって返ってくるので黙っておいた。
「う、うん、わかった。オレンジジュースだね」
「バハリースのほうな! 間違えんじゃねーぞ」
はあ、と僕は盛大にため息をついた。
一体全体、どうしてこんなことになったのか。
事の発端は僕が所属してるアイドルグループのマスコットキーホルダーを、何気にカバンに着けてたのが原因だった。
ファンからの贈り物だったので付けてたんだけど、まさかそれをくれたのが松下さんだとは思わず、
「てめー、なに付けてんだよ」
と目を付けられたのが始まり。
マスコットキーホルダーといっても普通に通販で買えるものなので、松下さんは自分が贈ったものだとは気づかなかったものの、推しにプレゼントしたものを僕がつけてたのが癪にさわったようなのだ。
それからは怒涛の嫌がらせ。
「キモオタ」
「陰キャ」
「ブサイクブタ男」
様々なあだ名をつけられ、机の上に落書きされるわ、上履きはゴミ箱に捨てられるわ、挙句の果てにはこうしてパシリに使われるわ。
先生に相談しようとも思ったけれど、そうなってくると僕が隠れてアイドル稼業をしてることがバレてしまうかもしれないので言おうにも言えなかった。
うちの高校はバイト禁止なので、バレたら即退学だ。
理由はなんであれ、高校を退学させられたアイドルなんて事務所からしたら絶対NGだろう。
世間の見る目も変わるだろうし。
なによりメンバーに迷惑はかけられない。
残りの高校生活、このままなんとか乗り切るしかない。
はあ、とさらにため息をつきながら自動販売機に向かうと、背後で松下さんたちがワイのワイのしゃべってるのが聞こえてきた。
「聞いてよ! 昨日のライブでさあ、たのりんがあたしにウィンクしてくれたんだよ!」
「きゃー、うっそー!」
「マジでマジで!? いいなー!」
「うらやめうらやめ、小市民ども」
ドヤ顔で言ってるのが目に浮かぶ。
「たのりんにウィンクしてもらえるなんて、超ラッキーじゃん」
「でしょでしょ? 日頃の行いがいいからかなー」
日頃の行いでいったら最大級の天罰がくだるわ。
昨日のライブ、松下さんにウィンクなんかするんじゃなかったと心から思った。
※
うちの高校の自動販売機は何か所かあり、バハリースが売ってるのは一番北側の遠い場所だった。
わざわざそこまで行ってバハリースを買っていると、一人の女の子に呼び止められた。
「あ、あの、田丸くん」
それは同じクラスの横山柚木さんだった。
おかっぱ頭のおとなしい女の子だ。
あまり話したことはないけど、かなりの音楽好きと聞いている。
そんな彼女が僕を見るなり言った。
「田丸くんって……Z-NEEDs好きなの?」
Z-NEEDsと言われてドキッとした。
なぜならZ-NEEDsとは僕が所属してるアイドルグループだからだ。
「な、なんで?」
「キーホルダー」
「へ?」
「通学カバンにマスコットキーホルダーつけてるから」
「あ、ああ……」
よく見てるなと思った。
松下さんといい、女子はこういうの見つけるのうまいのか。
「好きだよ」
まさか松下さんからもらったもので、僕がそのメンバーだとは言えるはずもない。
けれども僕が「好きだよ」と言うと、横山さんは目を輝かせて
「ほんと!?」
と詰め寄ってきた。
ち、近い……。
「私もZ-NEEDs大好きなの!」
「そ、そうなんだ……」
「どれくらい!?」
「え?」
「どれくらい好き!?」
「どれくらいって言われても……」
一般的な「好き」はどの程度なんだろう。
「ライブは月に何回!?」
グイグイ来るな、この子。
普段あんなにおとなしいのに。
「ご、ごめん。ライブは行かないんだ」
歌ってるほうだし。
すると横山さんはシュンとうなだれた。
「そうなんだ……」
あ、ヤバい。
ファンの子のこんな顔、見たくない。
「で、でもテレビとかはよく見るよ! 深夜番組の『いけいけ! Z-NEEDs』とか毎週欠かさず観てるし! この前のロケ番組も録画したし!」
ってか、出てたし。
「ほんと!?」
「みんな個性的で面白いよねー」
「ね! ね! 面白いよね! やべっちも、はやみくんも、ゆうりちゃんも、みんなかっこいいのに飾らないところがいいよね!」
「うんうん」
たしかに僕以外の3人はみんなかっこいいのに飾らないところがいい。
結成してまだ3年だけど、本当の兄弟みたいで最高のメンバーだと思う。
「でもやっぱり一番はたのりんかなー」
「う、うん?」
「あの王子様キャラが最高に好き♡」
「そ、そう……」
実はメンバーには性格を考慮した属性が与えられていて、やべっちはオラオラ系(でも本当はいいヤツ)、はやみくんはまじめ系(でも実際の成績は平凡)、ゆうりちゃんは可愛い系(でもよく毒吐く)、そして僕は王子様系(本当はこんなん)と、四者四様なのだ。
事務所の戦略といえば戦略なのだけど、実際にステージに立つとみんなそんな気分になるのだから、本質的にはそういう性格なのだろう。
やっぱりマネージャーさんたちの人を見る目はすごい。
「田丸くんは? 誰が好き?」
「えーと、僕は……」
言いかけて、僕はバハリースを買いに来てる途中だったことを思い出した。
「あ、ごめん。松下さんにオレンジジュース買いに行かされてる途中だったんだ。もう行かなきゃ」
「ああ、ごめんね。引き留めちゃって」
「ううん」
「でも正直、ああいう人たちと関わらないほうがいいと思うよ」
「僕もそうしたいんだけどね。でも仕方ないよ。目を付けられちゃったんだもん。横山さんも僕と話してると目をつけられるから、みんなの前では話しかけないように気を付けて」
「うん、そうする」
あ、そうするんだ……。
てっきり「そんなの関係ないよ」って言ってくれる思ったのに。
まあ、誰だっていじめられてる人に話しかけたくないよね。
「でもたまにはこうして二人でZ-NEEDsのこと話したいな」
「どうして?」
「だって、私の周りでZ-NEEDsで語り合える子いないんだもん。松下さんみたいな人たちばっかりで」
「あー、確かに」
言われてみれば、うちの学校のZ-NEEDs好きの子は松下さんのような口の悪いギャルばっかりのような気がしないでもない。
おとなしい横山さんと話してる姿は想像できない。
「いいよ。誰もいない時に二人で話そっか」
「ほんと!? やった!」
横山さんは心底嬉しそうに笑って、僕と連絡先を交換し合ったのだった。
※
それからというもの、僕らは定期的に連絡を取り合ってZ-NEEDsについて語り合った。
いや、むしろ彼女のZ-NEEDs愛を延々と聞かされた。
時には図書室で。
時には公園で。
時には喫茶店で。
一見するとデートにも見えそうだけど、デートと呼ぶには彼女のZ-NEEDs愛はすさまじく、ひたすら彼ら(もしくは僕ら)のどこがいいかを滔々と語っており、僕は聞き役にまわるだけの状態だった。
でもファンのこうした反応を見るのも楽しかったし、自分では気づけなかった新たな発見があって勉強にもなった。
「タンタン、タタンタンの時にたのりんだけワンテンポずれる時があるんだよ」
「へ、へえ……」
「他の3人は絶対気づいてるのに、たのりんだけ全然気付かずに王子様キャラで踊ってるから余計笑っちゃって」
「は、はは……」
「にしても田丸くん、ライブに行かない割りにすごく詳しくない?」
「え?」
「だって私の指摘にうんうん頷いてるし。あそこはあーだったとか、あれはこーだったとか、私の知らないところまで見てるみたいだし」
「あ、ああ。テレビとかで見てたから」
「そうなんだ。すごいね、私の気づかないところまで気づいてるなんて。あとで録画見直しとこ」
むしろ逆です。
横山さんのようなガチのファンのすごさを思い知らされました。
「ああ、それでね! 田丸くんに自慢しようと思ってたことがあったんだ!」
「自慢?」
「今度のライブ、なんと最前列をゲットできましたー!」
そう言って嬉しそうにライブチケットを見せる横山さん。
よっぽど嬉しいのか、鼻息が「フンフン」言うほど興奮している。
「わあー、すごい! よかったねー!」
「ううう、当選倍率が高かったからゲットできるか不安だったけど、当たってよかった」
そう言って本当に泣いている横山さん。
目の前の男がそのライブに出るZ-NEEDsのたのりんだと知ったら、卒倒するんじゃないだろうか。
「田丸くん! 田丸くんの分もしっかり応援してくるからね!」
「う、うん。お願いします」
公私混同はダメだけど、今度のライブ、横山さんの姿を探してみようと思った。
※
ライブ当日。
会場は超満員。
いつも以上に熱気に包まれている気がする。
衣装に着替えた僕は静かに心を落ち着けた。
「たのりん、いつも通りにな」
「頼むぜ大将」
「リラックスだよー」
Z-NEEDsの仲間たちが笑顔で励ましてくれる。
いつもクラスでバカにされてる僕だけど、ここでは頼りにされている。
そう思うと嬉しさがこみあげてくる。
僕はゆっくりと息を吐くと、みんなに言った。
「3人ともありがとう。今日は僕たちの最高のステージを見せよう!」
「おう」
こうして始まったライブ。
たくさんの観客が声援を送ってくれる。
オープニングから始まり、ゆっくりと登壇すると歓声はさらに大きくなり、そして曲が始まるとボルテージは最高潮に達した。
出だしは最高。
僕らの登壇で泣き出す子までいる。
よっぽど見たかったんだなとわかるとさらに嬉しくなり、歌にもダンスにも気持ちがこもる。
「タンタン、タタンタンの時にワンテンポずれる」
横山さんの言っていたことを思い出し、早めにターン。
すると他の3人が「お?」と不思議そうな顔をして笑った。
チラリと最前列に目線をさ迷わせると、左斜め前に横山さんがいた。
僕のターンが完璧に決まったのがよっぽど嬉しいのか、泣きながらペンライトを振っていた。
やっぱりライブは最高だ。
ファンの子たちがこんなに喜んでくれるなんて。
こんな顔を見られるのなら、どんなにいじめが辛かろうが頑張っていける。
そう思いながら、ふと目線を横にずらすと。
(げ……)
松下さんがいた。
最前列の右斜め前。
横山さんとは数人隣の位置。
なんて絶妙なポジションにいるんだ。
案の定「ギャー!」という奇声を発しながら僕らを応援していた。
ファンは大事にしろ。
マネージャーさんの言葉を意識しつつも、なんかモヤる。
普段の松下さんを知るたびに、テンションが下がっていく。
あまりに「スン」となっていたのだろう。
まわりのメンバーから「おい、どうした?」という目線を感じてハッと我に返った。
いけない。
今はライブの真っ最中。
余計な感情にとらわれるな。
最前列の横山さんに目を向けると、彼女のひたむきな声援が僕の心を突き刺した。
そうだ、今の僕は「キモオタ・田丸」じゃない。
Z-NEEDsの王子様・たのりんだ。
気を取り直して僕は歌とダンスに集中し、王子様キャラとしてファンたちの声援に応えた。
「たのりーん! こっち向いてー!」
松下さんの声が届く。
前回のようにウィンクをして欲しいのだろう。
でも今回は。
今回だけは。
僕は横山さんに顔を向けると指を突き付けた。
「へ?」
きょとん、とする横山さん。
僕は彼女にウィンクするとともに「BAN☆」と銃を撃つフリをした。
「ぎゃあああーーーー!」
雄たけびを上げて卒倒しそうになる横山さん。
まさか僕が彼女に向けてウィンクをするなど思ってもいなかったのだろう。
嬉しさと興奮さとが入り混じった顔でペンライトを振り回していた。
よかった。
喜んでくれた。
そしてそのまま僕らのZ-NEEDsのステージは最高潮のまま、幕を閉じたのだった。
けれども僕は気づかなかった。
この時の僕の行動が、のちにクラスで大問題へと発展するなどとは。
※
「ちょっと。あんた何様のつもり?」
それは朝のホームルームが始まる前のことだった。
クラスの端に座る横山さんに、松下さんグループがいきなり絡んできたのだ。
一瞬にして静まり返る教室。
僕も何が何だかわからない状態だった。
「え? え? なんのことですか?」
遠目でよくわからないが、きっと青ざめた顔をしているに違いない。
横山さんはか細い声で尋ねていた。
「昨日のライブよ! あんた、たのりんに色目使ったでしょ!」
「い、色目?」
「いつも私にウィンクしてくれてるたのりんが、昨日に限ってあんたにウィンクしたのよ! 指バンまでしてくれちゃって!」
いつもはしない。
っていうか、この前初めてやっただけなのに。
いつの間に「いつも」認定されてたんだろう。
次第にざわつく室内。
松下さんたちがガチのZ-NEEDsファンなのは周知の事実だが、横山さんまでもがファンだったのは誰も知らなかったのだ。
こういうファン同士は、全員が全員仲が良いとは限らない。
まれにこういう衝突は起こると言われている。
けれども、まさか僕のクラスでこうなるとは思わなかった。
だから横山さんも黙ってたんだろうけど。
「ご、ごめんなさい……。松下さんがいるなんて気づかなくて……」
普段はおとなしいけれど、Z-NEEDsの話題になるといつもノリノリで話してくれる横山さんが、完全に委縮してしまっている。
しまった、こんな事態になるなんて想像もしていなかった。
僕は自分の軽率な行動を反省した。
「はあ? あたしが聞いてるのは、たのりんに色目使ったのかってことなんだけど!」
「つ、使ってません……」
「じゃあ、なんであんたみたいなドブスにたのりんが反応してくれたのよ! どう考えてもおかしいじゃない!」
おかしいのは松下さんの脳みそだ。
なんでそういう結論にいたるのか。
「わ、私はただ、最前列でペンライトを振ってただけで……」
「私だってそうよ! でもたのりんが私にじゃなくあんたに反応したってことは、裏でやましいことでもしたんじゃないの!?」
「し、してません!」
「噂じゃあんた、中年のおっさんとよくホテル街をうろついてるそうじゃない」
「な……!? そんなことするわけありません! ウソはやめてください!」
なかなかの強烈なセリフに、クラス中がヒソヒソとささやき合った。
「え? もしかして横山さんってビッチなの?」
「あー、清純そうな顔して、やることやってるのかも……」
「パパ活とかしてそうな顔だもんね」
目に涙を浮かべる横山さんを見てさすがに耐えきれなくなった僕は、松下さんのもとに歩み寄った。
「……さすがにそれは言い過ぎなんじゃないですか?」
さらに教室中がざわつくのを感じた。
でも目線はそらさない。
松下さんは、Z-NEEDsのファンを侮辱したんだ。
僕のことはまだいい。
けど、ファンをバカにされて黙っていられるほど僕はお人好しじゃない。
「田丸くん……」
「はん! なんだよキモオタ。今、このビッチと話してんだよ。消えろよ」
「ビッチは松下さんですよね」
「あ?」
「知ってますよ。当選倍率が高いZ-NEEDsの最前列席。あれ、違法な手段で手に入れたチケットなんでしょ?」
「───ッ!!!!」
そう、おかしかったのだ。
もともとライブの最前列席は当選倍率が高く、プレミアがついていた。
それなのに松下さんはよく最前列席にいた。
調べてみると、松下さんはそのチケットを手に入れるためSNSを駆使して確保していたのだ。
それこそ、松下さんの言う「やましいこと」をしたりして。
と言っても、知ったのは昨日のライブの直後だったのだけど。
なぜか松下さんが最前列にいることが多かったため、マネージャーさんに相談して調べてもらったらチケットの購入者は50代の男性だったらしい。
その男とどんな関係かはわからないが、過去に遡っても40代や30代の男性の名前が出てきたため、きっと他にもたくさんの「パパ」を囲っていたのだろう。
つまり、ホテル街をうろついていたのは松下さんだったわけだ。
それがまさに図星だったのか、松下さんは思いっきり僕の頬をひっぱたいた。
あまりの勢いで、かけていたメガネがすっ飛んでいく。
「な、な、な、何、根拠のないでたらめ言ってんのよ! キモオタのくせに! っていうか、なんであんたがそんなこと知ってんのよ!」
メガネが飛んでいったため、もう顔を隠す必要もない。
僕は垂らした前髪をかき上げて、松下さんに顔を向けた。
「…………え?」
その瞬間。
松下さんも、その取り巻きの女子たちも石のように固まった。
「た、たのりん……?」
「え? え? なになに? どういうこと?」
目に涙を浮かべていた横山さんも、僕を見るなり「へ?」と間の抜けた声をあげた。
「僕がZ-NEEDsのたのりんだよ」
刹那。
「ぎゃああーーー!」という悲鳴が教室中に響き渡った。
「た、たの……! たの……! たの……!」
パクパクと口をぱくつかせている松下さんを無視して、横山さんの肩に手を置く。
「ごめん、僕のせいで嫌な想いをさせちゃって」
「へ? へ? へ?」
あまりにビックリしているのか「へ」しか言ってない。
松下さんたちのあまりの驚きように、クラス中がざわつく。
「え? だれだれ?」
「キモオタがなんだって?」
「田丸がたのりん?」
そのざわめきはクラス中に広がっていく。
これ以上ここにいたら身動きが取れなくなりそうだ。
僕は横山さんと手をつなぐと、急いで教室を飛び出した。
教室を飛び出して、数秒遅れて「ぎゃあーーーー」という歓声にも怒声にも似た叫び声がクラスから沸き起こっていた。
※
「あ、あの、その、あの、えと……」
横山さんと二人、なるべく人の来なそうな体育館裏に逃げ込むと、僕は目を白黒させている横山さんに今までの経緯を説明して詫びた。
「ごめん、今まで黙ってて。バレたら退学になっちゃうと思って」
もうバレてしまったのだからきっと退学は免れないだろう。
でも仕方ない。
横山さんがいじめられてる姿は見たくなかったから。
けれども横山さんはきょどりながら「本物ですか?」とか「ものまねの方ですか?」とか、僕の顔を見ながら打ち震えている。
まあ、信じられないのは無理もない。
僕だって逆の立場だったら絶対信じないだろうし。
だから、僕は昨日のライブで横山さんにやった指バンとウィンクをして見せた。
「昨日のライブ、観に来てくれてありがとう」
「ひああああ、ほ、本物だああぁぁ……」
その言葉でようやく僕が本物だとわかったのか、その場にへたり込んでしまった。
「そ、そんな……。田丸くんがたのりんだったなんて……。ど、どうして? なんで?」
さっき説明したのに、まったく聞いちゃいなかったらしい。
僕は改めて説明した。
「中学の頃から芸能活動を続けてたけど、この学校バイトが禁止だって入学してから知って、ずっと隠してたんだ。バレたら退学になると思って」
「そ、そんな、どうしよう。私、たのりんに偉そうなこと言ってた……」
そして改めての説明もまったく聞いてはくれてなかった。
「全然偉そうじゃないよ。すっごく参考になったし、貴重な意見を聞けてよかった」
そう言って、ステップを踏む。
「ほら。タンタン、タタンタンのリズム。修正できたのも横山さんのおかげだよ」
「そのせいで、他のダンスのリズムが狂ってましたけど」
「え!? ほんとに!?」
プッと横山さんが笑う。
「ひとつが出来たらひとつがダメになるなんて、王子様失格ですね」
「ほんとにね。ああ、もともと王子キャラじゃないんだけどなあ、僕」
「でも、私を助けてくれた時、外見は田丸くんだったけど、私にとっては王子様でした」
「そ、そう?」
「でもこうしてしゃべると、Z-NEEDsのたのりんじゃなくて、田丸くんだね」
「そりゃそうだよ、田丸だもん。もしかして横山さん、たのりんキャラのほうが好き?」
横山さんは少し考えて
「ううん、いつもの田丸くんのほうが安心できて好き」
と言った。
好き、という言葉に横山さんが「あ、好きというのは別に恋愛感情と言うか、そういうのではなくて、キャラと言うか、なんというか……」としどろもどろに説明を始めた。
「うん、わかってるよ。僕も本名の田丸のほうが落ち着くし」
横山さんはホッと胸をなでおろすと、改めて僕に向き直った。
「ごめん、田丸くんにお礼言うの忘れてた。ありがとう、田丸くん。かばってくれて」
「ううん。もともとは僕のせいだし、横山さんの泣いてる姿なんて見たくなかったもん」
「はあああああぁぁ」
「え? なになに?」
「これから私、たのりんと田丸くん、どっちを応援したらいいんだろう」
「え? いや、それはたのりんのほうが……」
「やっぱり田丸くんかな。メガネをかけた田丸くんのほうが応援しがいがあるし」
応援しがいがあるって、どういう意味だろう。
「それにメガネの方が萌えるし……」
「へ?」
「ううん、なんでもない! ということで、今日から私の推しは田丸くんね!」
「は、はは。ありがとう……なんでしょうか」
こうして、たのりんではなく「田丸」の僕にファンが一人できた。
ちなみに僕をいじめていた松下さんは、パパ活が発覚して無期限の停学。
その取り巻きも僕をいじめていたことで2週間の停学。さらにはSNSが炎上して悲惨な目に合ってるらしい。
その間に松下さんとの交友関係も解消したようで、まさに因果応報というやつかもしれない。
そして僕は。
中学の頃から芸能事務所で働いていたため、特別にバイトは免除となった。
ただし、問題を起こさなければという条件付きだった。
まあ最大級の温情だろう。
対する横山さんは。
「田丸くん、おはよう」
「おはよう、横山さん」
「うふふ、今日も田丸くん応援グッズたくさん作ってきちゃった♡」
「……そ、そう。いつもありがとう」
Z-NEEDsおよび田丸ファンという、訳の分からないファンクラブを作って僕を応援してくれるようになったのだった。
そんな彼女と友達以上の関係になるのはもう少し先の話。
お読みいただきありがとうございました。