猫と娘
ガネーラがザッカスの街を発ってから十五日後。
エイファスが数台の馬車と共にガネーラの小屋にやって来た。
国王からの豪華な貢ぎ物の品々を持ってやって来たのだが、ガネーラは興味が無いのか、チラリとも見ようとしない。
「──他に、ガネーラ殿には爵位と領地を授与するとあるのだが···。」
「あんた馬鹿かい。こんな婆に領地なんか与えて、誰が喜ぶって言うのさ。玉座で胡座を掻いてるあの阿呆に、馬車の荷物と一緒に突っ返して来な。」
──そんな事。ただの将軍が出来る訳ないだろう。
苦虫を潰した様な顔で、エイファスがゴホンと咳をする。
城に帰ったエイファスは、即座に大臣達に取り囲まれ昼夜を問わず質問攻めにされた。
やっと解放されたと思ったら、今度は詫びの品を持ってガネーラのご機嫌窺いをしてこいと、強引に城を追い出されたのである。
これでガネーラの言うとおり、荷物をそのまま持ち帰れば、大臣達はまた大騒ぎをするだろう──そしてまた自分が巻込まれる。
いっその事、このまま旅に出てしまおうか──そう思う程、溜まりに溜まったストレスは、そろそろ限界だった。
咳払いをし、ファビア達の事に話題を変える。
これにはガネーラも興味を示したようで、読んでいた本をパタンと閉じた。
「──二人は犯罪奴隷となった。ファビアは炭鉱で働く犯罪奴隷だ。残りの一生を暗い炭鉱の中で過ごし、日の光を浴びる事は二度とない。彼女にはカナリアの役目もしてもらう。」
炭鉱で働くなど、貴族令嬢として今まで甘やかされて育ってきたファビアには到底受け入れられるものではないだろう。
それに炭鉱は、ファビアの様な若い女がいていい場所ではない。恐らく、まともに眠る事も出来ない筈だ。
ましてやカナリアなんて──新しく発見した坑道に、有毒ガス等の危険がないか確認する為に使われるのがカナリアだ。
ファビアは一生死の恐怖につきまとわれるだろう。
「ゴメスは拷問官達が引き取っていった。新米達の教材にするそうだ。ぎりぎり死なない程度の拷問がどの程度か、ゴメスを使って教えるらしい。──あぁ、安心してくれ。簡単に死なせはせん。王宮には回復を使える魔女がいるからな。彼女がいる限り、何回でも再利用出来る。」
エイファスがどうだとばかりに、ガネーラを見る。
ガネーラは短く溜息を吐いた。
「ふん──。まぁまぁってところだね。」
──バタンッ!
突然入り口の扉が開け放たれ、ガネーラが怪訝な顔で扉に目をやると、一人の女が入ってきた。
美しいプラチナブロンドの髪の間から突き出る長い耳。陶器みたいな白い肌。切れ長の鮮やかなエメラルドグリーンの瞳が、こちらを見つめている──エルフだ。
「──失礼。ここは、大魔女ガネーラ殿の家でよろしいだろうか?」
一瞬の沈黙の後、エルフが口を開いた。
「ふん──。ノックもしないで人の家にズカズカ入って来るなんて、失礼な奴だね。それに人に名前を聞くときは、まずは自分から名乗るのが礼儀ってもんだろう?」
「これは失礼。私はエルフの長アイデルの娘、フィフィと申す者。今日は、ガネーラ殿にお伺いしたい事があって、ここに参った。ガネーラ殿は何処か?」
「あたしだよ。」
「──え?」
返事をしたガネーラを見て、エルフが驚く。
「ほ、本当にそなたがガネーラ殿なのか…?あぁ──…!なんて事だ!!父上の言っていた事は本当だったのか!まさか──、今代のガネーラがこんなに醜い老婆だなんて…!!」
余程ショックなのか、その場に崩れ落ちる。
なんだか失礼な奴だねぇ…と、ガネーラは思った。
隣でエイファスがポカンと口を開け立っている。
いきなり現れた見知らぬエルフの女が、一人で勝手に喚き始めて、どう反応したらいいかわからない様だ。
「──で?あんた、あたしに何の用だい?」
ぶつぶつと、自問自答を繰り返すエルフ──フィフィに、ガネーラが尋ねる。
フィフィはハッとして顔を上げた。
「──そうか!それなら納得出来る!」
気を取り直したのか、すくっと立ち上がると、ガネーラをキッと睨んだ。
「貴様!──さては、ガネーラ様から無理矢理名を奪ったな!?」
フィフィの言葉に、ますますポカンとするエイファスと、頭が痛くなってきたガネーラだった。