ザッカスの街
漸くザッカスの街が終わります。
本当はもっと早く終わらせたかったのですが、上手くまとまらず、長くなってしまいすみません。
よろしくお願いします。
「すみません、お師匠様…。私が不甲斐ないばかりに…。」
へっぽこ弟子、もとい、ノルンが下を俯きながらぼそぼそと懺悔の言葉を紡ぎ出す。
解毒の魔法で、領主の容体が回復に近付くのを確認したガネーラ達は、その後すぐに縛られていたノルン達を解放した。
ノルン達は慌てて領主の容体を確認しに行くと、安心したのかその場で泣き伏し、ガネーラ達に感謝の言葉を述べた。
最初は感謝の言葉だけだったのだが、次第に自分達がもっと早くこうしてれば──等、勝手に反省会が始まったので、ガネーラはうんざりしながら聞いていた。
「──それで、結局この手紙は何なんだい?」
今はもう穏やかな寝息を立てる領主の隣で、ガネーラがノルンに聞く。
起きてしまった事を、いつまでもぐだぐだと情けない。
そんな事より、さっさとこの馬鹿らしい騒ぎに決着をつけたいと、ガネーラは考えていた。
ノルンと、同じように縛られていたもう一人の人物、40代程の中年の女性が互いの顔を見合わせる。
ややして、ノルンが答えた。
「──それは、遺言状です。」
「遺言状?」
「えぇ。今回の事は、ご領主様の長女ファビア様が、自分が家督を譲られない事を知り──それを覆すために起こした暴動なのです。」
「ふん…えらいありきたりな話だねぇ。それで──?この遺言状が何だってんだい?」
「そこには、ご領主様の家督相続人はケニエス様と、書かれています。それがある限り、ファビア様に家督は一切相続されません。…ケニエス様の存在は今まで秘匿されていたので、自分の相続を信じていたファビア様にとって…到底許せる物ではなかったのでしょう…。」
「隠し子って事かい。」
──やれやれ。貴族のお家事情に勝手にこっちを巻き込まないで欲しいねぇ…。
「はい…。おそらく本人も、ご自分がご領主様の子だとは知らないと思います。その…──、私も‥ご領主様の気持ちはわかるのです。何しろファビア様は…亡くなった奥方様に似て、金遣いも荒く、傲慢な方ですから…。」
俯くノルンに続き、中年の女性が喋り出す。
「…ご領主様の命を盾に私達を脅し、遺言書を見つける算段だった様でしたが…、まさか私達が口を割らないとは思わなかったのでしょうね。魔法反射の鎧まで持ち出すとは思いませんでしたが…。」
「あれなら、あたしがボロボロにしたよ。──ノルン、術式は教えてあるんだ。あんた、新しく創れるね?」
──はい、勿論です。お師匠様。
ノルンが歯切れよく返事する。
元々、魔法反射の鎧は契約者のみが使える代物なのだ。
当主が次代の当主に引き継ぐ際に、契約が一新され、継承される。
それすら教えてもらっていなかったファビアは、余程信頼されていなかったのだろう。
壊れてしまった物は仕方ないので、これからはノルンが創る新しい魔法反射の鎧を、代々継承していけば良い。
「ところで、ノルン。あんた、あたしを呼ばなくても全然解決出来ただろうに、なんでわざわざ呼んだんだい?」
この質問にノルンは困ったように顔を赤らめた。
「──お恥ずかしい事なのですが、私も、彼女も、反撃する前に杖を取られてしまったのです。手紙は元々本に隠してあったので、ご迷惑をおかけする事を承知で、お師匠様の所に送らせていただきました。」
──大変申し訳ありませんでした。と、頭を垂れる二人にガネーラは呆れた。
「あんた達──何を勘違いしてるんだい?杖なんて、ただの飾りだろうに…。確かにすこーしばかり、魔法を出しやすくはするけどねぇ…。杖なんて、無くてもあっても、魔女には関係ないんだよ。」
ガネーラの言葉に二人の瞳が瞬く。
「…やれやれ。あたしゃ、あんたに教えたとばかり思ってたよ。」
「し、しかし──、お師匠様はいつも杖を使っていらっしゃるじゃないですか!」
「お馬鹿。あれはね──周りの目を欺く為だよ。杖が無いと魔法が使えないなんて、そんなへっぽこでどうする?…やれやれ──仕方ないさねぇ…。あんたにもう一度、修業をつけてやるよ。」
ノルンは自分の常識をあっさり覆され、二の句が告げない。口をポカンと開け、間抜けな顔で立っている。
それは、ノルンの隣に立っている中年の魔女も同じだった。
──ドスン。
庭に、何かが落とされた。
どうやらトマスが、上空からファビア達を庭に落としたようだ。
ギャアギャア文句を言う声が聞こえ、煩わしい。
「──ところであんた。この始末に、どう落とし前つけるんだい?」
それまで、事の成行きを静かに見守っていた国王の遣いに、ガネーラが話を振る。
「あんたではなく、エイファスだ。正確には、エイファス将軍だがな。」
「はいはい、それで──?どう落とし前つけるのさ?」
エイファスには、ガネーラの言うことがさっぱり理解出来なかった。
片田舎の街のお家騒動に、何をどう落とし前をつけろと言うのか。
むしろ自分は全く関係ない。
エイファスの表情を読み取ったのか、ガネーラがやれやれと言った様子で口を開く。
「あんたホントに、何も知らないんだね。」
それからノルンの背中をポンと叩いた。
「──いいかい?あたしゃねぇ、この子が一人前になるまで、身の保障をする事を条件に、この国に結界を張ったんだ。だと言うのに、この子は襲われた。──これはつまり、あたしとの約束が破られた、と捉えていい訳だね?」
エイファスは混乱した。
ザッカスの街を含むこの国は、すぐ後ろに大樹海が広がり、強力な魔獣が昼夜問わず跋扈している。
アーデル山からも時折ドラゴンが現れ、その上空を脅かしていた。
そんな二つの脅威から王国を守っているのが、王国を包み込む様に張られた強力な結界──それを張ったのが、目の前の、この老婆だと言うのだ。
「お師匠様、今回の不祥事は私達が招いた事です。王国の上層部の方々に、一切の責任はありません。」
ノルンが庇うようにガネーラに言った。
「お黙り。あたしはあんたの身の保障をするよう、この国に要求したんだ。そしてこの国はそれを承諾した。ならこの国の住民は、あんたを敬い護って当然だろう?──例えそれが、親に見放され碌に躾けもされてない放蕩娘だとしてもね‥。」
「──おっしゃる事は良く分かった。此度の事は、完全に私達の落ち度だ。すまない。あそこにいる者達は、私が王都に連れ帰り、必ず然るべき処罰を与えよう。だから──ガネーラ殿、お願いだ。…もう一度我らに、挽回のチャンスを与えていただけないだろうか?」
エイファスが、ガネーラの下に膝をつき、頭を垂れる。
ノルンが必死に目で訴えかけてきた。
「ふん──。その処罰とやらがぬるい物だったら、即座に結界を解いてやるからね。」
「心得よう。」
エイファスが、ファビアとゴメスを連れて、馬車に乗る。
トマスがまた、王都まで運んで行く事になった。
「残りの残党は、私の部下を捜索に当たらせよう。ノルン殿に危害を加えた者は、必ず全員見つけ出し、処罰を与える。」
「あたしの魔法でチリチリ頭に変えてやったからね。フードの男も一緒になって、震えているだろうさ。」
──それは、見つけやすそうだ。
そう笑い、エイファスは馬車毎、ドラゴンになったトマスに運ばれて行った。
「──しかし、あれは傑作だったねぇ…。あんた、ファビアの恋人なんだろ?」
「はい…!?わ、わたしがですか──!?」
くっくっくと、ガネーラが笑う。
ノルンは確かに長身で、イケメンだ。だがよく見ればその胸に、小さな膨らみが二つある。
そう──ノルンはこう見えて、れっきとした女なのだ。ただ、ハイエルフの血が混じっているせいで、どちらとも取れない中性的な顔立ちをしている。
ファビアはノルンの胸を見て、男だと勝手に判断したのだろう。
ノルンの恋人だと聞いた時、若干吹き出しそうになったのは秘密である。
その後、領主の回復を待つ間、ノルンと中年の魔女は、徹底的にガネーラに指導された。後に、ガネーラの教えを受けたこの中年の魔女が、王国最高峰の魔法学園を創設するのだが、それはまだ大分先の話である。
そして漸くガネーラがザッカスの街を発つ日。
「──あんた、まだ此処にいるつもりなのかい?」
「はい。ここのご領主様とは、古くからの友人ですしね。それに──新しくご当主となられる若様の面倒も、暫くは見てあげたいのです。」
家督を継ぐケニエスは、実はゴメスと共に門番をしていた、あの小柄な男性だった。
自分が領主の息子だと知って、驚いてひっくり返っていたらしい。
「そんな甘ちゃんじゃ、いつまで経ってもあたしがぽっくりいけないじゃないか。」
「えぇ!お師匠様にぽっくり行かれたら、私が困りますよ!」
『ガネーラ』とは『大地を護る者』の事である。
この名を継いだ者は、次の継承者にガネーラの名前を譲るまで、決して死ぬ事が出来ない。
ガネーラは先代のガネーラ──ノルンの母から名前を引き継いで、もう二百年以上の時を生きている。もうそろそろ、この生に幕を下ろしたい──と、考えていた。
「何を言ってるんだか…。──いいかい?あと少しは待ってやるよ。だけど、時がくればその時は、有無を言わせずあんたにガネーラの名前を継承するからね。」
──覚悟しておきます。と告げるノルンを後に、ガネーラがトマスの背に乗って飛び立つ。
予定より長く、この街に留まってしまった。放置してきた畑の様子が心配だ。
今回ばかりは魔法を使ってしまおうか──と、トマスの背上で考えるガネーラであった。