ザッカスの街
────えぇと、これは‥‥どうしたものか。
国王の遣いは困っていた。
緊急事態と言われ、慌てて来てみれば、目の前で異様な光景が繰り広げられている。
箒に叩かれ過ぎて半狂乱になっている女と、氷弾にボコボコにされ、最早顔の原型を留めて無い男。
そして──それを全く気にする素振りの無い、一人の老婆。
いくらここが街の外れだとは言え、ここだけ別世界の様だ。
見なかった事にして帰ろうかとした時──老婆と目が合った。
「おや、漸くご到着かい?」
──漸くとは、何だ。恐らくこの言い草からして、この老婆が手紙を出した大魔女ガネーラなのだろう。なら何故、漸くなどと言う。
ここから王都まで馬車で三日はかかる。
昨日突然現れた黒猫から手紙を貰った国王が、慌てて自分を国王の代理として遣いに出した。
『我に任せよ』と言う黒猫に、馬車に乗る様促され、いざ乗ってみれば、突然ドラゴンに、馬車ごと大空へと飛び立たれ、信じられない程の速度でここまでやって来たのである────なのに、漸くとは。
「突っ立ってないで、さっさとこいつらを縛っておくれ。」
ふと見れば、氷弾は跡形も無く消え去り、箒もただの箒に戻っていた。
──やはり、これは全て魔女の仕業か。恐ろしい。
老婆に言われるがまま、男と女の手足を縛る。
「何故この者達は、こんな目に遭っているのだ?」
魔女は恐ろしいが、理由を聞かずにはいられない。
「あんた、手紙を読んだんだろ?」
「いや──私は、遣いに出されただけだ。国の防衛に関わる緊急事態だと言われてな。将軍の私が適役だと、皆に推されたのだ。」
実際は、国防大臣が最も相応しいと思うのだが…──おそらく、この老婆に会いたくなかったのだな。見事に押し付けられた。
「おやおや。あんたも苦労するねぇ。」
──ついといで。老婆に促され、領主の屋敷に向かう。
手足を縛った男女をそのままにしていいのか聞いたら、直ぐにトマスが持ってくると言われた。トマスとやらも、いいように使われている。
屋敷に着くと、人相の悪い連中がたむろしていた。
何故か皆、頭の髪がチリチリだ。
その中の一人──フードを被った男が、ガネーラの顔を見て、「ひぃっ…!」と悲鳴を上げる。
「あんた達のボスには、あたしがお灸を据えてやったよ。文句がある奴は出て来な。」
ガネーラの一言で、真っ先にフードの男が外へ駆け出した。
他の者達も後に続く。
そんな男達の様子を気にする素振りも無く、ガネーラは奥へ進んだ。
やがて大きな扉の前に着くと、杖をかざし、扉の鍵を開け、中に入る。
部屋の中に三人──うち二人は手足を縛られ、床に転がされていた。そして、残りの一人は、恐らく領主だろう。広いベッドの上で、死んだ様に眠っている。顔が蒼白だ。
「お師匠様──!!!」
縛られている内の、若い方が叫んだ。
「黙ってな──。」
ガネーラが、ベッドに眠る老人に両手をかざす。
「…グロムの毒だね。」
グロムとは、子牛程の大きさがある醜いカエルの魔獣の事だ。
頬袋の中に遅行性の毒があり、この毒を浴びると徐々に体が動かなくなり、最終的に心臓をも止めてしまう。
『解毒』
ガネーラの呪文で、老人の身体を淡い光が包み込む──光が消えると、男性の顔に生気が戻った。