ザッカスの街
「──だから、あたしはノルンに呼ばれたと言っているだろう!早くノルンをお出し!」
今、ガネーラはザッカスの街の領主の館に来ている。
先にノルンの小屋に向かったのだが、其処にノルンの姿は無かった。
テーブルの上に食べかけのパンとスープ。そして洗ってない鍋がひとつ。
急遽手紙の代わりにしたのか、無造作に破り取られた本が一冊落ちていた。
おそらく数日は帰ってきてないのだろう──スープから異臭がする。
「仕方ないねぇ・・。」
ノルンはザッカスの街を治める領主の相談役をしている。
いる可能性があるとすれば、おそらく領主の屋敷だろう。
そう思い、領主の屋敷までやって来たのだが…──
「ならん!ノルン殿は今、ご領主様と大切な話をなされている所だ!貴様にはお会いできん!」
────見事に門の前で足止めを食っていた。
「じゃあ、その大切な話っていうのは、いつ終わるんだい?」
「そんなこと、わたしが知る訳なかろう!」
「はん!じゃあ、領主に伝えな!『ガネーラ』が会いに来たって!あたしゃ、あの子がこんな小さい時からの知り合いさ!」
「そんなわけが無かろう!ご領主様が子供の時からだと言えば、何歳だとっ···──待てよ──貴様···、さては魔女かっ!」
「だから魔女だと言ってるだろう!あんたの耳はただの飾りかい?」
「なにをっ──!?」
「大体あんた、さっきから全部駄目だ駄目だと。そんな熊みたいな見た目で、馬鹿みたいに頑固じゃ、さぞ女にもてないだろうね。」
「──···っ!!!き、きさまぁぁぁぁ!!!!」
「た、隊長!落ち着いて下さい!」
今にも門番の屈強な男が、ガネーラに飛びかかってこようとしている。
それを必死に小柄な男が押さえていた。
──さて。これ位でいいかね。
辺りに人が集まって来たのを確認すると、ガネーラはその場を後にする。
いくつもの角を曲がり、やがて人気の無い所まで来ると、突然ガネーラを取り囲むように何人もの男が現れた。
「おやおや···、予想以上に釣れたようだねぇ。」
目深くフードを被った男がガネーラの前に進み出る。
「──くくく。噂の大魔女ガネーラとお会い出来るとは光栄だ。」
「それで?──こんな大人数でいたいけな老婆を取り囲んで、何をしようって言うんだい?」
「ふっ、惚けたことをっ!──みな、かかれっ!!」
男の合図で、周囲を囲んでいた男達が一斉に飛びかかる。
フードの男が杖を取り出した。
────あれはっ!魔封じの杖っ!
「くくっ‥──。魔法さえ封じてしまえば、貴様はただの婆よっ!」
ぱぁっ──と杖が光り出す。男達は勝利を確信した。
「──···馬鹿だねぇ。」ぼそりとガネーラが呟く。
「そこらの魔女とあたしを一緒にするんじゃないよっ···──!」
右手に持った杖で地面をコツンと叩く──途端に、ガネーラの頭上に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「────なっ···!?」男達の目が驚愕に見開く。
『降り注げ。雷の矢』
──瞬間、魔法陣の中から凄まじい数の雷の矢が男達に降り注いだ。
「さて、まだやろうって言うのかい···──?」
周囲を囲んでいた男達は、フードの男以外全員、髪の毛と服が焦げ、丸裸の状態だ。全員意識を失っている。
「ひっ···───!!ば、ばけものぉぉっ···──!!」
──もの凄い勢いでフードの男が走り去っていった。
「やれやれ··──。聞きたいことがあったんだけどねぇ··。」
折角、一番情報を持っていそうなフードの男を無傷で残しておいたのに、まさか仲間を置いて逃げ出すなんて───。ガネーラは溜息を吐いた。
「──··それで?いつまで、そこに隠れてるんだい?」
ガネーラの言葉に、物陰から一人の女性が姿を現し、ガネーラの側に走り寄った。
「お助け下さい!ガネーラ様!!わたくしはこの街の領主の娘ファビアです!どうか!どうか、お力をっ…──!!」
「わかったから──あたしのローブを離しておくれ。伸びちまうよ。」
ガネーラのローブを掴み、啜り泣く女性を諭して、別の場所に移動する。
「──それで、あたしに何を助けろって言うんだい?」
「ガネーラ様···──実は…数日前にお父様がお倒れになったのです。お父様を救うには、ノルン様の作った秘薬が必要で··──なのに、門番のゴメスが屋敷にノルン様を閉じ込め、薬を持ちに行かせません。ゴメスは···──わたくしを狙っているのです。お父様が死ねば、わたくしを自分の物に出来ると思って··。」
ファビアの語りを、ガネーラは黙って聞く。
「屋敷の者達では、ゴメスに敵いません··──しかし、わたくしはノルン様を愛しているのです!お父様は、ノルン様とわたくしの愛をお認め下さいました!──だからお願いです!秘薬を見つけ出し、一緒にゴメスを倒していただけないでしょうかっ···──!?」
ガネーラを見つめるフォビアの淡いエメラルドの瞳に、涙が光る。
──さっきの頑固な男が、ゴメスなんだろうねぇ··。
しかしまさか、ノルンに恋人とは··──。
必死の訴えを聞きながらも、相変わらず自分のペースを崩さないガネーラであった。