ザッカスの街
大魔女ガネーラの朝は早い。
夜が明ける前にベッドから降り、外套を羽織る。
庭先にある井戸から水を汲み、薬草畑に水を撒く。
雑草を抜いて土を耕し、別の薬草の種を撒く。
魔法でやれば、あっという間だが、ガネーラはこの手のかかる作業が好きだった。
今、自分は生きている。そう感じる事が出来るからだ。
トマスが戻って来た。
夜明けと共に森に向かったのだが、しっかり食事を済ませてきたようだ。
喉を鳴らし、満足気な表情をしている。
ふと見上げると、空の彼方から一羽の梟がやって来る。
「おや。へっぽこの使い魔じゃないか。」
ふらふらと蛇行しながら、ガネーラの小屋に辿り着いた。
余程疲れたのか、しっかり着地する事も出来ない。
「おやおや。だらしないねぇ。」
机の上で、翼を広げてへたばっているこの梟は、ガネーラの弟子、ノルンの使い魔だ。魔獣の血が入っているので、普通の梟よりよっぽど強い筈なのだが、この様子を見る限り、大分無理をして飛んできたようだ。
「トマス。ネズミでも捕まえて来てやんな。」
足に括り付けられた手紙を外し、中を見る。
「ふ・・ん・・・。」
また、面倒なこったねぇ。
手紙には『S』と書き殴られていた。SOSのSだ。
またあのへっぽこな弟子が何か面倒事に巻き込まれたか。
関わりたくはないが、あの子の両親には恩がある。
小屋の窓を閉じ、余所行きの外套を羽織る。
くたびれた鞄を取り出し、金貨を数枚用意した。
「さて。」
丁度トマスがネズミを捕まえてきたので、梟にやる。
ここからノルンが住むザッカスの街までは、強化と俊足の魔法をかけた馬車で四日程。
夜間に活動する梟が手紙を持って来た事から考えて、おそらく六日は前に手紙を託されたと考えて良い。
「ちょいと急がないといけないねぇ。トマス、頼めるかい?」
『わかった。』
トマスが瞳を閉じ、その身体を震わせた。
次第にトマスの愛らしい黒猫の身体が大きくなり始め、背中に翼が生える。
丸みのあった身体が、ゴツゴツした岩肌の様に変化した。
鼻先に尖った角が生え、黄色く鋭さのある瞳と、大きな口には立派な牙が何本も並んでいる。
ドラゴンだ。
「よいしょっと。」ガネーラが、トマスの上に乗った。
ゆっくりと上昇し、地上がどんどん遠くなる。
ある程度の高さまで来ると、ガネーラが指示を出した。
向かうは北西のノルンの小屋だ。
トマスが上に乗っているガネーラの事を忘れているのか、もの凄いスピードで空を飛ぶ。久し振りの空を喜んで、偶に空中旋回もした。
ガネーラもトマスの背部で平然と、久々の空の散歩を楽しんでいた。