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慧理は千慧を攻略できるか?

 ――視界の先に、桜が咲いていた。

 慧理は、光景の変化に、ぱちぱちと目をしばたたく。

 慧理が、まず思ったことは熱さや痛みは感じないということだ。そして、時間遡行した感触も皆無だ。

 ならば、あれは夢だったのか。

 どこから――。どこまで――。

 そんなはずはないと振り払う。

 夢で見たにしては、あまりにも現実感があった。おかしな話だけれど、焼身自殺をした実感は明確に脳裏に焼き付いている。普通の死者にはまずあり得ないことだろう。夢と現の違いが分からなくなったらおしまいだ。

 あるいは、今の慧理の状態は、前世の記憶が甦っているというもので、今のこの身体は別の人間のものなのか。思えば、妙に身体に違和感があるような気もするが、しかし、

 ――前世の記憶ねえ……。

 訝しく思いつつも有力だとも思えてしまう。

 疑いだしたら切りがないので、そこで考えを打ち切った。

 希望的観測でもいい。

 慧理は自分があの日に戻れたのだと仮定……ではなく確定とした。

 すると別の不安も湧き出してくる。

 もう一人の自分がいる可能性だ。

 ドッペルゲンガーの迷信のように会ってしまったら……。

 ――いや、よそう。

 (考えてみるだけで怖くなったのもあるが、)ほんのすこし前までは烏ノの言っていることを信じていた自分がいたのだ。

 勢いに呑まれてしまった感があり、あれが本当だったのか不安になっただけ。

 それに不安を拭い去るほどではないけれど、軽くする根拠はあった。桜の開花前だったのが、今は満開ということだ。つまり、これこそが烏ノが言っていた知慧の輪という不思議現象がしっかりと現実に働いているという裏付けの一つとなり得るのではないだろうか。

 ということは、あの日の――時間遡行をしたので今か。今の季節も春だったのか。出来事は明確に記憶にあったけれど、季節までは覚えていなかった。

 運命とはなんとも意地悪なものか、最期、千慧と別離が起こったのも、春。――3月の最後だった。大学卒業を契機に千慧は行動を起こしたのだ。……。

 ともあれ、春。

 始まりの季節に相応しい。

 そうして慧理は考えも落ち着いたので――、

 ドキドキしながら、知慧の輪とやらが発揮されたのは本当なのかの検証に取り組むことに。

 手を見る。――漠然と、誤差程度のものを感じるが、あまり変わりはない気もする。

 ――もし、慧理が男ならばもっと明白だったのだろうか。

 益体もない考えは振り払い、今となった過去に向き合う。

 しかし、身体の状態を見るのには戸惑ってしまう。

 あそこで聞いた烏ノの話は本当なのかの確認、過去に戻ったのだという現実を認めるために下を向く勇気を、――夢物語のようなかなりフィクションじみた現実を受け入れる勇気というのも変な話だが――、とにかく己を奮い立たせる。

 あるいは、前世の記憶パターンかもしれないけれど、そうだったら、自殺すればいい。持ち主には酷な話だが、慧理は赤の他人の為にその人生を代わりに歩むとか真っ平ごめんだった。

 足を見る。――スカートにタイツ。

 首元を見る。――リボン。

 慧理が着ているのは懐かしの中学の制服だった。


「お、おお――」


 感嘆する。

 一気に実感がわきあがった。

 ――あの日に戻ってきた。

 ゆだるような興奮が身を包む。

 ということは――。

 慧理は一瞬、目を彷徨わせる。千慧は――、すぐ隣。ベンチに横並びに座っていた。


「きゃっ♡」


 ――声に漏れちゃった♡ なんて愛おしいのかしら。

 愛おしすぎて今すぐ押し倒してチュッ♡チュッ♡かぷ♡かぷ♡してしまいそう。慧理はすっかりメスの顔をしていた。

 ――突然。

 ――パシャ!

 と、シャッター音。

 反射的に慧理が見やると、


「――スクープ!」


 なんて言う、ヒラヒラの服を着た娘。

 カメラを向ける彼女は、通称スクープちゃん。

 街のスクープの匂いを嗅ぎ付ける能力があるのか、特種の前によく現れる。巷で噂の変人だ。

 今日も今日とて、特種の芳香に導かれ、千慧に対する、慧理の発情しきったメスの顔を撮ってしまった。うっかり虎の尾を踏んでしまったのだ。


「邪魔――」


 慧理がガンを付けると、


「――ひっ」


 怯えきった声をあげたスクープちゃんはたちまち青ざめて、脱兎の如く逃げていった。

 慧理は、今のは無かったことにして、千慧を舐め回すように観察してみる。――まずは相手について知ることこそ攻略の要なのだから。

 千慧の耳にはイヤホン。千慧は、隣に座ってBGMを聴いていた。漏れ聞こえてくるのは、川のせせらぎ。千慧は、環境音とも言えるそれを好んでか良く聴いている。

 千慧は、最期の記憶とは違って、険が取れて、可愛らしい顔をしているように慧理には見えた。

 思えば、千慧が、慧理の前で、気の抜けた態度を取ったのは、この日が最後だった。

 この日の行いが分水嶺となったのだ。


「――頑張るわ」


 千慧に聞こえないように覚悟を呟いた。覚悟を決めると不思議といやらしい気持ちに封がされている。

 これより、慧理は、千慧の想いを手に入れる為に邁進する。

 その前に――、思い返す。

 確か――、この時――、




「慧理は――、千慧のことが好き」


 慧理は告白していた。

 真っ直ぐな瞳で千慧を――愛しい人を見る。


「ありがとう。千慧も、慧理のこと好きよ」


「……うん」


 慧理は嬉しかった。胸中に、ぽわぽわと温かいものが沸いてくる。やっと、想いが通じ合った気がした――


「ていうか、血を分けた姉妹なんだから当然でしょう?」


 ――気がしただけだった。

 足元が崩れ落ちていく錯覚。脳裏に思い描いた幸せな未来の展望が儚く散っていった。


「そういうんじゃないわ!!」


「え?」


 千慧は慧理が何をいっているか分からないらしく、唖然とする。

 慧理は――、


「分からないのなら――、」


 千慧を見詰めながら言った。


「はっきりと分からせてあげる」


 千慧の手を取った慧理は指を絡めていく。

 意を決して望んだ慧理だったが、それは求めていた官能的な触れ合いとは程遠かった。


「なに……急に」


 千慧が少し身を引いた事実に、そして指に籠る熱の違いに、慧理は、心の温度の違いを感じてしまう。慧理だけが熱くなり、対する千慧は冷えていく。慧理にはその違いが悲しかった。あたかも、慧理の想いは一方通行なのだと如実に示す、残酷さ。慧理は、虚しさに、唇を強く噛んだ。

 けれども――、


「好き――」


「――」


 千慧も、流石に勘づいたのか目を大きく見開いた。

 ――慧理ははっきりと告げる。


「千慧を慧理は愛してしまったの――」


「……」


 千慧は唇をすぼめて、長く沈黙した。

 慧理は、ただ答えを待つ。

 やがて――、


「無理――」


 絡まっていた指がほどかれる。そして軽く両肩を押され距離を取らされる。慧理の想いに対する、千慧の答えは拒絶だった。


「……」


 俯き、沈む慧理に千慧は、慧理の手を包み、語りかけるように言う。


「慧理。なに考えているの? 女同士どころか、私たちは血の繋がった姉妹なのよ?」


 千慧は、とても慈悲深げな目をしているが、慧理にとっては慈愛ではなく……。

 なんで――。

 慧理は心中で問い掛けた。――何に対して?

 世の理不尽。常識なのだろう。恋愛において、女同士には――、姉妹には――、越えがたい壁がある。

 もはや、どこまでいっても理解のし合えない平行線なのか――。それは千慧の目が語っている。はっきりとしていた。慧理にとっては残酷な答えだった。

 どうして――。

 慧理は、唇を噛み締める。

 ――想いを分かってもらえない。

 慧理は胸を痛めた。

 耐え難い心の痛みを堪え、慧理が口を開こうとすると――、


「――それを分かっているの?」


 千慧が諭すように、慧理を憐憫さえ籠った目で見て、言ったのだ。


「……分かってる。でも、もうとめどないの」


 胸を抑えて想いを語る慧理。

 千慧は――、


「目を覚ましなさい――!」


 ――パァ――ン!!

 乾いた音が響くと、同時に慧理の頬に痛み。

 慧理が千慧に、頬を張られたのだと認識するまで、時間がかかった。千慧が、そんなことをするなんて信じたくなかったから。


「どうして……?」――叩いたの?


「慧理。あんたねえ、姉妹で恋愛とか頭イカれてるの!?」


 千慧は激しく慧理の肩を揺さぶった。激しい怒りの表出に、慧理は――、


「千慧――!!」


 激情に突き動かされて、ベンチに押し倒したのだ。呆然とする千慧。

 慧理は好機とばかりに、馬乗りになった。

 そして一心不乱に制服を脱がそうと――、


「――何するの!? 止めなさいよ――!!」


 じたばた暴れた千慧に、慧理は押し返され、殴り蹴られる。

 やられた痛みすら感じないほどに、興奮が冷めやらぬ慧理に対して――、乱れた服を整えながら、千慧は、泣いていた。


「慧理。――あんたもう駄目ね」


「……」


 慧理に訪れた錯覚――、プチンと音がした。切れたのは、千慧から慧理への情のパスなのだろう。

 慧理には、駄目という言葉が深く付き刺さり、なにも返せなかった。

 そうして、千慧は拒絶を示し、二人の仲に決定的な亀裂が走った。




 ――回想終わり。




「慧理。どうしたの? 調子悪い?」


 いつの間にか音楽を聴くのを止めていた千慧に呼び掛けられる。


「え?」


 慧理は、振り向く、


「あら?」


 千慧は、慧理の顔を見て、驚いた顔をする。

 不審に思った慧理は聞いてみる。


「……私の顔に何か付いてる?」


「それ」


 千慧が、慧理の頬を指し示した。

 慧理が、手で自らの頬を拭うと、水気を感じた。


「あれ、私、泣いてる……」


 慧理は、涙の雫を頬に垂らしていたのだ。

 すると、千慧は心配そうな目で慧理を見ていて――、

 慧理はなんだか嬉しくて、溢れる涙の量が増えてしまいそうだった。


「なんでもない。目にごみが入っただけよ」


「……そう」


 慧理は、心配をかけてしまったことよりも、千慧が心配してくれたことへの喜びが大きかった。

 だから――、


「千慧――」


「さと……、り? ――ん!?」


 千慧の両肩を掴み、かなり強引にキスをした。

 唇と唇が触れ合った瞬間、慧理の内なるビーストが解放され、おまけにリピドーのダムが決壊する。

 ――ドクン。

 心臓が歓喜の一拍。体内の血が目まぐるしく流れ始める。これより慧理の全てが作り替えられるのだ。今までの自分は赤子のようなものだったと慧理は思う。

 そして。脳内が大爆発を起こした(おそらく錯覚)。たちまち真っ白に。

 姉妹の接吻は、慧理の脳内に新たなる宇宙が誕生してしまうのではと錯覚をする程のパワーを起こしてしまったのだ。

 ――慧理覚醒☆。――まずは結界。底冷えする波動を放ち、人気と、スクープちゃんを退ける。

 と思ったら、刹那の間に、舌に舌を絡めていく――。

 おそらく慧理はテクニシャンだったのだろう。たとえ引っ込み思案な舌であろうと、どれだけ拒まれようと、強引に引っ張り出すことが出来そうだ。現に千慧の舌もなすがままに弄ばれる。

 そして。千慧の唾液を、蜜蜂が花の蜜を吸い上げるように――。

 千慧の唾液、あまーい♡。慧理の脳内が溶けたチョコレートのようにどろどろに快楽に蕩けてしまう。

 そのフィナーレは唐突に相手(千慧)によってもたらされた――

 ばっと両肩を突かれる。


「な!」


 とパニック状態な千慧。興奮しているのか、顔が紅潮していて、吐く息が荒くなっている。

 ――いける。

 確信した慧理は畳み掛ける――


「慧理は――」


 思いの丈をぶちまけようとした瞬間――、


「この姉不幸もの――!」


 ――ドバンッッッ!!

 千慧の手加減無しのグーパンが炸裂し、脳内――閃光が迸り、火花が弾けた。TKO。お星さまがキラッ☆キラッ☆。

 ――ドスッッッ!! ドスッッッ!!

 お腹も蹴られる。(それだけはやめるんだ千慧! 慧理が赤ちゃん産めなくなってしまう!!)

 慧理の思考が、ぐちゃぐちゃのどす黒いブラッドに染まる。ドロドロドロ(血文字)。

 ――グギャッッッ!!

 訪れる、✝ラスト・カオス✝。

 ――プッツン。

 まもなく意識がショートした。THE END☆


「いきなりこんなことするなんて失望した――」


 最期にそんな悲痛な声が聞こえた気がした――。




 慧理の脳内が✝ラスト・カオス✝してる時――、


「やりすぎた」


 千慧は、ようやく自我を少し取り戻した。

 そして、ひっ、と息を呑む。


「さと……、り……?」


 慧理は酷い有り様だった。

 千慧は、怒り狂って慧理にしてしまった行いに遅蒔きにして気付く。


「――」


 あっという間に精神を蝕まれてしまった。

 千慧は、昏い瞳で譫言のように呟いた。


「慧理が悪いの。私は悪くない」


 そして。理性の消え去った目で慧理を見下ろして、


「いきなりこんなことをするなんて失望した――」




「死因は、頭蓋骨粉砕、脳震盪。――ってことにしておこう。千慧のパンチであっけなく死んだね」


「そうみたいね……。予想以上の難敵だわ……」


 攻撃は最大の防御とはよくいったもので、それを実際に目の当たりにした、慧理は困り果ててしまった。

 だけど――、


「でもキスの味を覚えていられて良かった♡」


 ちろりと舌を舐める。あまーい♡。

 うっとり。


「思い出すだけで溢れでるリピドーに溺れてしまいそう……」


 今も。うっかりリピドーの泉が涌き出て濡れてしまった。

 数回痙攣した慧理は、ふぅ……♡ と、熱い吐息を吐く。


「千慧に対する慧理は、まるで情欲の化身だね」


 烏ノの呟きに、はっとした慧理。

 すぐさま冷静さを取り繕って――、


「こうしてばかりも入られないわ。再挑戦よ――」


 そのまま烏ノの呟きを無視してゲートをくぐった。


「せっかちさんだね」


 やれやれ、と烏ノは肩を竦めた。

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