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無限に囚われし姉妹は愛を築けるか?

 (みなみ)家は女系一族である。

 南家は、女性のみの一族を築くことに偏執狂的な執着をみせる、南(さと)ヱにより築かれた。

 通称「女系のミナミ」。

 この家には決まりがある。

 一族の女であるならば、南の姓を背負い続けること。

 一族の女児には、「慧」の字を付けること。

 一族の子はAID(非配偶者間人工授精)の手段で産むことのみを許容する。もし男が産まれた場合は遠くへ養子に出すこと。

 そして男は如何なる者もこの家の敷居を跨ぐことはできない。

 そんな一族であるがゆえに、恐れられている。

 蔑称は「人工一族」。

 やがて南家が嫌になり、一族の娘である南千慧(ちさと)は家を出ることにした。

 女系のミナミを築いた祖母である慧ヱの在り方に積もっていくものがあったから。

 今や、千慧が自分の一族に抱いていたのは嫌悪感だった。

 そして千慧が決意を固めたとき、


「千慧……」


 呼び止められる。


「なによ?」


「えっと……」


「――」


 むしゃくしゃしていた千慧は、張り飛ばした。


「――っ!」


 短い悲鳴を上げ、相手が張り倒れる。


「……」


 それを蔑みの視線で見下す千慧。

 相手は、頬を抑えて、とても悲しそうな表情をしていた。

 それでも千慧は無視して――


「待って!」


 服を掴まれ、引き留められる。


「……」


 冷めた目で、掴まれているところを一瞥する千慧。

 そして即座に振り払う。

 手と手が当たり、乾いた音がした。

 千慧は、今度こそ背を向けて去ろうとすると、背中から腰を抑えられた。


「千慧。どうか考え直して……」


「……」


 千慧にすがり付くのは、"半分"血の繋がった妹である、慧理(さとり)。千慧は、()()()()()、慧理を愚昧な愚妹だと断じ、虐げていた。

 やがて、千慧はため息を吐き、背を向けたまま、口を開いた。


「慧理。あんたは黙っていて」


「できない、そんなことは」


「私が居なくなって、清々するでしょ」


「そんなことない! 千慧が居なくなって、清々とか……、――絶対にそんなことないわ!!」


 慧理は、胸中を全て吐き出すかのように、言い切った。


「はあ?」


 千慧には、慧理のことがわからない。さんざん虐げられてきたのにも関わらず、どうしてそう言えるのか。


「慧理。――あんたおかしいんじゃないの?」


 冷めた目の千慧が突き放すように言うと――、


「どうして……、そんなこと言うの……?」


 慧理は悲痛な顔をする。痛烈な痛みに堪えるかのような表情――。


「――どうして? そんなの分かりきったことでしょ?」


 それを見て、千慧は、まだ想いは砕けていないのかと、気持ち悪く思ったからそう答えた。千慧には慧理の想いは、許容できない。確かに、千慧にも慧理に対する情がないとは言い切れない。だけど――、慧理の情には愛が付く。それも姉妹愛という言葉で表せるほどのものでなく、もっと重たいものだ。そこが千慧とは、決定的に違っていた。姉妹でそんなのは、ただただ、気持ち悪いのだ。

 だから――、さっさと、失望してくれればよかったのだ。


「ただただ無理なの――」


 千慧は目を伏せていた。千慧には慧理の想いは受け入れられない――。


「昔はそんなんじゃなかったのに!!」


 感情を爆発させる慧理。抱きつく力が強くなる。

 千慧は――、


「――うるさい!!」


 暴れる。拘束をほどき、拒絶を示した。姉妹で仲良く過ごしていたときのことは()()()()()()()により、嫌な思い出と化していた。

 すると。何を思ったか――、


「――ならせめて私も連れてって!」


「愚妹が何を言ってるの――!」


 千慧は慧理を突き飛ばし、


「――きゃっ」


 それに向かって吐き捨てた。


「二度と顔を見せないで――」


「なんでそんなこと言うのよ……」


 慧理には分からなかった。

 ――どうしてそこまで拒絶するのか。

 けれど、千慧は、待ってはくれなかった。


「――私は南家を出るの」


 きっぱりと言う千慧。


「……」


 対し、口を引き結び、唇を噛む慧理。余程口惜しいのか、端から血が滴る。

 千慧は、そんな慧理を一瞥し、仄かに悲しい表情をして、ぽつりと呟いた。


「これはもう決めたことなの」


「そんな……」


 千慧の決意を理解してしまい、慧理の表情が徐々に絶望に染まっていく。

 千慧が出した結論は決別。南家と千慧の。そして――、姉妹としての。

 慧理はがっくりとした。全てが抜け落ちたような顔をして、おぼつかない足取りで部屋に戻る。いつからか千慧の拒絶により、千慧とは分かれてしまった自室へと――。

 慧理の部屋から慟哭が響き渡った。深い悲しみに包まれたそれですら、千慧の決意は揺らがなかった。

 それっきり。

 千慧は慧理と口を利かなかった。

 そして。祖母である慧ヱから反発、母である慧奈(さとな)からも制止されたが、まもなく千慧は家を出てしまう。




 慧理は失意のどん底にいた。慧理は勝ち気で傲慢な娘だったのだが、それは見る影もない。あれからというものの自室内に籠り、焦点の合わない昏い瞳をして、蹲っていた。

 気力は欠片も沸かず、後は痩せ細り、餓死――惨めに死ぬだけだ。

 ――慧理がこんなことになった原因。

 南家はAIDで創られた"人工"の一族。そんな一族に嫌悪を抱いたのか、姉である千慧は家を出てしまった。

 そんな千慧を慧理は愛していた。

 しかし、一度、そういうことをしようとした時から、激しく拒絶されてしまったのだ。

 さんざん虐げられ、気持ち悪いを代表とする悪罵の数々。そして軽い暴力をも振るわれた。けれども、暴力は加減されていた。痣ができたこともあるが、千慧に本気でやられたら、そんなものでは済まない。ただ――、最後に口を利いたあの日は、とても激しく痛かった。

 だけど――、それでも好きだった。

 それは千慧との別れに対する心の痛みが――、今や空虚となった胸中が――、証明している。

 慧理にとっての千慧はどこまでいっても愛する人であり、それは何をされても揺るがない。暴力を振るわれてむしろ膨れ上がってしまったくらいだ。

 千慧は、姉妹でのそういう感情は最後まで理解できなかったようだけど、暴力を振るうとき、言動とは対照的に、決まって本意ではなさそうな辛そうな心情を僅かに表に出していたのに慧理は気付いていたのだ。慧理の想いを気持ち悪いと思い、拒絶していながら、心の奥では、千慧も慧理を想ってくれているはずだという、強い願望があったからそう見えたのかもしれないが……。――それでもいい。

 慧理の胸中には、もはや姉妹愛という言葉ですら、表せないほどの愛情が溢れていた。

 だから慧理は、千慧がいなくなって苦しい。

 あれから食事も喉を通らず憔悴しきっていた。

 母である慧奈にも心配をかけてしまっているが、それどころじゃない。

 ――もう全て終わりにしよう。

 からからの喉で慧理が最期に呟いた言葉。


「…………私は……、慧理は……、千慧が、いないと駄目なの、駄目なのよ」


 ここまで弱ると、もう生きていけない。

 ――慧理は、夜半に自分と部屋に火を付け、自殺を図った。

 慧理は、痕跡を残さず、遺体も残さず、この世から完全に居なくなりたいから、炎で自分を完全に焼失させることを望んだのだ。脳裏に例の戦国武将の遺体消失をイメージして。

 もう一つ、事件にでもなれば、千慧に自分の最期を深く印象付けられるかもしれないとも思って。

 火の手は一気に燃え上がり、一家の誰も逃げ切れなかった。

 慧理の思惑通り、ニュースに大きく取り上げられることになった。しかし、一家心中として……。




 気付くと、慧理はおかしなところにいた。

 むくりと起き上がって、周囲を見渡した。

 が――、うまく認識できず、ぼんやりとしていた。

 そして目覚めたてな為か、思考もぼんやりとしていた。

 なんとなく、この世界はどこまでも果てがないように思える。


「――ここは?」


 ――いったいどこだろうか?

 ようやく思考のスイッチが入る。直前の出来事を思い返すことに――。

 すると即座に――、


「――っっ!!」


 バチりと、業炎に身を焼かれた苦しみがフラッシュバックする。あまりの衝撃にずきずき痛む頭を抱え、その場に蹲り、震えていた。




 しばらくして落ち着くと、人影が現れた。

 薄く靄がかかっており、はっきりと視認できない。

 慧理は、両目を眇め、見てみる。

 徐々に影が近付いてきていた。

 影は、ゆっくりとした足取りでこちらに来ている。

 このような不可思議な場所で出会う存在に確実な善性を見出だせず、慧理は警戒した。

 しかし、ここまで近付かれてはもはや相対するしかないとその場にとどまる。

 一縷の望み――話が通じる相手であることにかけていた。

 やがて来た人影は、近づくにつれ姿がはっきりしていき、真っ黒なトレンチコートにハンチング帽を被った青年だということがわかる。青年は、中性的な顔立ちで男のようにも女のようにも見える。


「やあ。慧理。炎では人は消失しないよ」


 青年は、片手を上げ、旧友と再開したかのように話し掛けてきた。

 ――第一声がそれか。

 と警戒心が多少薄れる慧理。

 思ったよりも、フランクな相手だった。

 少なくとも、慧理のことを、今すぐ取って食うつもりはなさそうだ。

 ならば――、と慧理は大きく出ることにした。

 慧理は、舐められるのが大嫌いなので。


「気安く話し掛けないで。――最期に戦国の天魔の気分を味わいたかっただけ」


 慧理は、自分は何を言ってるんだ。という気にもなったが、思いの外スムーズに返答が返ってくる。


「天魔は最期に、家族を道連れにしたりはしなかっただろうけれどね」


 ――家族を道連れ。

 それはコミュニケーションが成立したことへの安心よりも、慧理の耳朶に響いた。

 その言葉に目を見開いた慧理は、息をのみ、やがて表情を曇らせる。


「母も、死んだのね……」


 その事実は、一生の不覚だった。死ぬと決めて、後先考えずに付け火をした慧理のミスだった。

 慧理は、千慧との、あの別れから時間を意識してはいなかった。だから、もしかすると寝静まった後だったのだろう。それで逃げ遅れてしまったようだ……。


「慧理のせいでね」


 自分の過失をしっかり認識してほしいのか、青年は事実をはっきりと告げる。意地悪にも思えるが、慧理に自らの過ちをしっかりと認識させるのは大事なことなのだ。


「……」


 ぷいと顔を背け、あんたなんか知らない、と不満を表に出す慧理。


「慧ヱは心配しないんだね」


「うるさい。どうせ無事なんでしょ」


「無事だけど」


「……そう」


 一瞬、ほんの少し安心したような顔をした慧理は、すぐさま気を取り直し、そっぽを向き直した。

 そして会話は一端途切れる。




 ややあって、慧理はぽつりと言った。


「名乗りなさい。いつまでも名を明かさないのは無礼よ」


 すると、


「それはすまなかった」


 青年は謝罪して、「私は烏ノ(からすの)だ」と名乗った。とても胡散臭い。おそらく偽名だろう。


「名前は知っているようだけど、あんたは閻魔の使いかなにか?」


「それは違う。そう思われるのは心外だ」


「それはごめんなさい。けどあんたが早々に正体を見せないのが悪いのよ」


 すると、烏ノは、


「はは……。なかなか豪気な嬢さんだ」


 と呟いて、


「失敬した。私は君の一族に代々受け継がれている智慧の輪の能力の管理者的存在とでも言えばいいか」


「なによそれ」


「言ったままだよ」


「意味はわかるけれど、わけがわからないわ」


 と慧理は肩を竦める。


「じゃあ分かるように言ってあげよう」


「あげようですって。自分の知識のフィールドでいい気にならないことね」


「はは……。辛辣だね。だが、そういう風に聞こえないように善処することとしよう」


「で、智慧の輪とはなんなの? 能力というからには、パズルの知恵の輪のことじゃないわよね?」


「一応は聞いてくれるんだね。荒唐無稽な与太話と切り捨ててくれてもいいのに」


「それをしたら話が進まないんでしょ。回り道は嫌いなの」


「確かに直進が好きそうだ。片親違いとはいえ実の姉である千慧相手にも、真っ直ぐ突き進んだしね」


 皮肉を言い、シニカルに笑う烏ノ。


「――っ!」


 何のことを言っているのかを理解した、慧理の顔がカーッと赤く染まる。


「拒絶されてしまったみたいだけど、もう少し丁寧に段階踏めば良かったかもね」


「――見たのね、変態!! 覗き魔!!」


 慧理が痛烈に罵倒すると、烏ノは心外だとばかりに肩を竦めた。


「別に疚しい気持ちはないよ。私は霊的な存在だからね。南家の守り神と言っても過言ではない」


「自信満々に言うのやめてほしいわね」


「保護者が増えて嬉しいだろう」


 と反抗期の娘を見るような目で見てくる烏ノを、「別に」と流して、慧理は「それに――、」と続ける。


「守り神というのなら、母を守ってほしかったわ……」


「さっきも思ったが、慧ヱの安否は気にならないんだね」


「あの婆が、そうそうくたばらないでしょ」


「その通りだが、お年寄りは労らないと駄目だ」


「分かってるわよ。あんた閻魔の使いじゃなかったのね」


 烏ノの眉が吊り上がった。


「まだ疑っていたのかい?」


「冗談よ。いちいち引っ掛からないでくれない?」


「冗談でも、閻魔の使い呼ばわりはやめてほしい。傷付く」


「ごめんって。もう呼ばないわ。続けて」


「私は霊的な存在だ。といっても存在が希薄すぎて、受け継がれている者の能力が発動している時、つまり死している間しか、この霊界ですら、こうして実体化できないのだがね」


「そうなの。ここは霊界なのね。そしてあんたが実体化している間は母が居なくなってるというわけね。なら早く消えなさい」


「それは無理な相談だ。あくまで智慧の輪が発動した後、霊界に揺蕩う慧奈の霊力を勝手に実体化に使わせてもらっているだけで、私からは慧奈に霊力を還すことはできないんだ。そして慧奈の霊力は、霊界に揺蕩い出したら還れない。智慧の輪をほどかれたのならば、話は別だがね……」


「なるほどね。そういえば智慧の輪の概要も聞いていないわ。早く聞かせなさい」


「智慧の輪は元は慧ヱが開眼した能力だった」


「どうして目覚めたの?」


「慧ヱの執念さ。私がこの一族に着くことになったのもね」


「執念……。女系一族を築くという思いね?」


「そうだ。昔、といっても、もう無かったことになっているが、男にひどい目に合わされてね。女系の一族を築くと決起したんだ。慧ヱもAIDの技術を見付けること、そして実用化を早めるのには苦労してたよ」


「で、今は能力が母に受け継がれていると」


「そうだね。いずれ必要になったときに発動するようにね。慧奈に自覚はないけどね」


「死なないと発動しないんでしょう?」


「そんなことはない。慧奈にとって困ったことが起こった時に発動するはず()()()


 引っ掛かる言い方だ。


「……だった?」


 慧理が聞くと、烏ノは眇めた目で慧理を見て――、


「慧理が発動させてしまった」


「どういうこと?」


「慧理の難で智慧の輪が組まれ始めたということさ」


「組まれ始めたということは、まだまだ組まれるということね。複雑に」


「そうさ。智慧の輪は歩んだ時間軸で組まれていく。始点は慧理が千慧とすれ違ったあの日――」


「……そう」


 慧理は苦い表情をする。

 烏ノは続ける。


「――終点は先日、千慧との決別の日だ。ただ、これには例外がある。慧理が死んだらそこが終点だ。自殺でもね。そうして歩んだ時間軸が増えれば増えるほど、智慧の輪は複雑になるがほどく手段は一つだ」


「手段って?」


 慧理が聞くと、烏ノは「そんなの決まっているさ――、」と答えをくれる。


「難を乗り越えること。そうすれば慧理の母親も戻ってくるよ」


「つまり、姉妹の仲を深めることと、千慧との決別をなんとか都合のいいようにすればいいのね」


「この智慧の輪を仕組んだ慧理にとってね」


「仕組んだ覚えはないんだけど……」


「だろうね。慧ヱが生きようとも、このまま南家はおしまいかと思ったが、偶発的だった。奇跡と言ってもいいかもしれない」


「母が死んだのに、奇跡って……」


「それもそうかもしれないね。なら気の利く私は、慧理の千慧への愛情が起こした奇跡と言い換えてあげよう」


「冗談はよして」


「結果的に一族を救ったではないか」


「まさか」


「そうだね。マッチポンプにも程がある。慧理の一族を断絶間近にしたのも慧理なのだから」


「……」


 断絶間近だったと聞いて、罪悪感が沸いてきた。


「……婆なら親族から養子を迎え入れてでも、南家を続けそうだけどね。それに、伯母さんもいるし」


慧美(さとみ)は南家を出ただろう。千慧のように」


「千慧……」


 慧理の脳裏に千慧との最後のやり取りがフラッシュバックした。

 ――もうあんなすれ違いをおこしたくない。

 気付けば、視界の先にゲートが開いていた。

 ほんやりと写るのは南家の外観だ。

 直感的に分かる。あれに潜れば、すれ違ったあの日に戻れる。

 ふと気付けば、自分の輪郭がぼやけていて――、

 姿が若返った。始点となるあの日の頃の姿だ。

 随分と昔に思えるその姿。


「あの日に戻れるのね……」


 噛み締めるように呟いていた。

 思った以上に感慨深かった。


「戦に赴く気持ちは、整ったかい?」


 ――戦。

 確かに、それは慧理にとっての戦いだった。


「覚悟は――、」


 慧理は確かめるように、自分の胸に手を当てる。

 胸中に強い意思の力が漲ってくる気がした。


「決まっているわ。絶対にうまくいかせる」


「そうかい、精々頑張ることだ」


 烏ノは、瞬きのうちに、どこかに消えていた。

 千慧は、それでも聞こえるはずだろうと、


「ええ。そろそろ行くわ。能力は有り難く活用させてもらう」


 そう告げ、ゲートの前へ。

 そして笑みを溢す。


「ふふ。千慧は、無限のチャンスを得た、慧理の攻めにどこまで抗えるのかしら……? その頑強に築かれた心の防波堤が崩れ落ちた瞬間が楽しみで楽しみで……」


 ――ズキュン。

 慧理が、それを想像するだけで、早まった身体が歓喜に震えてた。


「……ハァ……、ハァ……」


 痙攣する身体、溢れる熱い吐息。口端から、たらりと垂れる液体。


「脳が蕩けちゃう……」


 もはや、慧理には、自分の唾液ですら、甘ったるく思えた。

 想いが通じ合った時の感覚って、どれほどのものなのだろう。

 吐息を溢すように、呟いた。


「とってもソワソワしちゃう♡」


 慧理の好奇心は強く刺激されていた。

 心が兎のように跳ねていた。


「ああ、楽しみでしょうがないわ」


 どれほどの道程になるかはわからない。あっけなくキマるかもしれないが、いづれの勝ちが見えている戦い。――その勝利に、慧理は、ワクワクが止まらなかった。


「千慧は私のもの。遠くになんていかせるわけにはいかないの――」


 ――もうあんなすれ違いは繰り返させない。

 慧理は、早まる気持ちに従い、ゲートに飛び込んだ。

 ――決意を胸に慧理は動く、千慧からの愛情を手にするために。

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