平凡な人生、やり直しますか。
ある病院の一室で、一人の男がその人生を終えようとしていた。
男は妻との間に3人の子供をもうけ、子供達には合わせて7人の孫がいる。一番年上の孫には曾孫も産まれている。
ただ、男の人生は平凡そのものであった。何かを成し遂げたわけでもなく、何かを創り出したわけでもない。間違いなく歴史の教科書に載ることはなく、家族以外のもの、いや家族でさえも、いつかは男の名を忘れていくことだろう。
「ああ・・・どうやら、お迎えがきたようだな・・・」
男が閉じていた目を半分開いて、ぽつりと言った。
男の周りには「お父さん!」や「おじいちゃんと!」と、男を呼ぶ者が集まっていた。男が危篤となったという知らせを受け、集まっていたのだ。なお、男の妻は、5年前に他界しているため、ここにはいない。
「みんな来てくれていたんだな・・・、何も残すことは出来なかったが、みんな・・・仲良くな・・・」
男は周囲を見渡しながら一言述べると、男は再び目を閉じ、二度と開けることはなかった。
「パンパカパーン!!おめでとうございます!!あなたは厳正なる抽選の結果、『人生やり直し』の権利を手に入れました!!しかも、何と!!基礎ポイント振り分けまで出来ますよ!!」
唐突なファンファーレにビックリし、男が再び目を開けた場所は、真っ暗な空間であった。いや、目の前に浮いている何かが見えるので、暗いというよりは黒いのだろうか。男は目の前にいる羽の生えた金髪の子供のような何かに尋ねた。
「君は一体?それにやり直しとは?」
「ああ、私はサマエル。君たちの認識では天使というやつですね。さて、『人生やり直しの権利』というのはですね、そのものズバリ人生をもう一度やり直す権利ですよ!!し・か・も、今持っているポイントを「知能」・「運動神経」・「体格」・「ルックス」・「運の良さ」に割り振ることで、さっきまでの平凡な人生とは比べ物にならない、より良い人生を送ることができるアフターフォロー付きですよ!!」
サマエルという天使は身振り手振りをまじえながら、『人生やり直しの権利』とやらの説明をしてくれる。しかし、自身でも思っているとはいえ、人の人生を平凡などとは失礼なやつ、否、天使である。男は少し考えてから再び尋ねた。
「それは素晴らしいが、今ある記憶は持っていけるのかい?」
「それは色々と不具合が生じますから無理ですね。でもでも!!何と今あなたが持っているポイントは何と156ポイントで過去最高なんですよ!!これだけあれば、歴史を遡ってもいないような人類最高の男になることも可能ですよ!!今から考えても楽しみですね。「知能」に多く割り振って凄い発明品を作るのか、はたまた、「運動神経」や「体格」に振ってオリンピックの複数種目で金メダル取れるようにするか・・・いや、「運の良さ」に全振りしてとある漫画の主人公のようしてみるのも面白いですね。」
「そうか・・・それではその権利を『放棄』させて頂こう。私はやり直しを望まない。」
男がそう応えると、一人で盛り上がっていたサマエルは目を点にした。
「は?いやいや、ありえないですよ!!この権利って100億人に1人にしか当たらない、超絶レアな権利なんですよ!!これまでにこの権利を得て人生をやり直した人間はみんな歴史に名を残すような偉人になっているんですよ。その権利を放棄するとかもったいないですよ。言っちゃなんですが、これまでのあなたの平凡な人生を100回繰り返しても出来ないようなことが、この権利を使えば可能になるんですよ。」
「だが、妻と過ごした記憶もなくなるし、子供や孫達はいなくなるのだろう?確かに平凡な人生ではあったが、私は私の人生に満足しているし、子供や孫達を無かったものにしたくはないのでね。」
「ですが、やり直した人生では、もっと素晴らしい伴侶に恵まれるに違いないですし、子供や孫にだってより良い環境や遺産を提供できるようになりますよ。」
「私にとって最高の伴侶は妻だよ。それに、子供や孫達に最高の環境や莫大な遺産を与えることはできなかったかもしれないが、仲の良い家族を作ることはできた。それが私の人生の成果だよ。」
男の言葉を聞いたサマエルは目を閉じて何かを考えているようだったが、やがて、目を見開き言った。
「分かりました。あなたが得た『人生やり直しの権利』を放棄することを認めましょう。もうこれで、あなたの魂は無に帰すこととなります。最後に言い残すことはありますか?」
これまでの捲し立てるような早口の口調から一転して、落ち着いた口調でサマエルは尋ねた。
「いや、もう思い残すことも言い残すこともないが、ああ、最後に楽しい会話をさせてもらってありがとう。素晴らしい提案を断ってしまって済まなかったな。」
「いえ、これも選択の一つですし。私も新しい経験ができました。それでは、さようなら。」
男もサマエルに別れの言葉を告げると、男の意識は薄くなっていき、やがてその場にはサマエルが一人浮いているだけとなった。
「平凡な人生であったとしても、それが悪いというわけでは無いのですね。また、一つ人間のことを知ることができました。」
誰にともなく、自分に言い聞かせるようにサマエルがポツリと言った。
あなたは、自分のこれまでを全て捨てて、人生をやり直すことを選びますか?
初投稿となる拙作をお読みいただきありがとうございました。