女教師、JKカントクと百合映画を撮る
<1>
「先生! アタシの映画にヒロインとして出演してください!」
私は○×高校に勤める教師、染井吉乃。国語担当で映画部顧問。髪型はストレートロング。
文化祭を間近に控えた秋のある日、放課後の映画部部室で三年生の部長である春野雪さんが、深々としたお辞儀とともに唐突な提案をしてきた。彼女は長い髪をポニーテールにまとめている。
「え、ええ? 部員同士でやったらいいでしょう?」
映画部の部員は、春野さんと、茂部栄子さん、茂部備男くん姉弟の三人。本校では三人から部活として認められるので、ぎりぎりの人数。
「それじゃダメなんです! アタシが撮りたいのは、女生徒と女教師の二重の禁断の恋なんです。最後の文化祭の記念に、どうしてもこれを撮りたいんです!」
さらにお辞儀の角度を下げる春野さん。このままだと土下座までしかねない。
「それに……映画部としても、今年が最後の活動になると思うので」
弱々しい声になる彼女。今年は新入生が映画部に入らなかった。春野さんと茂部さんが卒業すれば、映画部は解散になってしまう。春野さんたちとはもう一年半以上の付き合いになるし、後悔を残させるの忍びない。
「わかりました。協力しましょう」
「ほんとですか! ほんとですよね!? やったー!! 撮れるよ二人ともー!!」
茂部さんと手を取り合い、ぴょんぴょんはしゃぐ春野さん。茂部くんもしんみりしている様子。承諾してよかったなと思わず頬がほころぶ。仕事の時間を圧迫してしまうけど、彼女たちの笑顔には代えられない。
<2>
「先生! アタシ、先生が好きです! 付き合ってください!」
文化祭まで残りわずか、私たちは人気のない夕陽差す屋上で、ラストシーンの撮影に臨んでいた。
目の前で深々とお辞儀している春野さんは、監督兼脚本兼主役。茂部さんがレフ板係と記録、茂部くんは撮影。部員三人の弱小部に予算が多く降りるわけもなく、家庭用ハンディカメラが私たちの持つ数少ない文明の利器。
「冬本さん、急にそんなこと言われても……えっと」
ずいぶんと練習してきたつもりなのに、またセリフをど忘れしてしまった。しかも棒読みで恥ずかしい。
「大丈夫です、先生! まだ日差しいけますから! リラックスしていきましょう!」
ハキハキした声で両拳を顎そばに構えるポーズとともに励ましてくれる春野さん。うう、生徒に元気づけられるとかさらに恥ずかしい……。
「じゃあ栄子ちゃん備男くん、もう一回お願い!」
もう一度脚本を確認したあと、春野さんの声に応えて二人が再びカメラとレフ板を構える。茂部くんの合図とともに撮影再開。
「先生! アタシ、先生が好きです! 付き合ってください!」
「冬本さん、急にそんなこと言われても……私は教師であなたは生徒。それに女同士なのよ?」
「でも、好きなものはどうしようもないんです! 先生の責任感があって優しいところ、すごく好きだなって思って」
すごい、今にも飲み込まれそうなほど情感がこもっている。役者としてもやっていけそうなぐらい迫真の演技。
「わかりました、お付き合いしましょう。でも、みんなには内緒ね」
二人で抱擁を交わす。茂部くんのカットの声とともに、最終シーンを無事撮影し終わった。
「みんなお疲れ様ー! 先生、ご協力ありがとうございました!」
春野さんと一緒に茂部姉弟も頭を下げる。
「みんなもお疲れ様。みんなに、いい思い出を遺してあげたかったの」
「本当にありがとうございました! さあ、帰ったら編集だー!」
もうすぐ陽が落ちるので、屋上から撤収する。文化祭が楽しみだな。
<3>
ついに文化祭当日。お昼前に仕事の傍ら、そろそろ上映時間が終わるはずなので様子を見に視聴覚室に赴き、そっと中に入った。
スクリーンには春野さんと抱き合っているあのラストシーンが映っていて、我ながらこっ恥ずかしくなる。
四人だけのスタッフロールならぬスタッフ一覧が表示されると、喝采……とまではいかないけど、結構大きな拍手が起こる。よかった、好評に終わったみたい。
「ちょうど、染井先生が来てくださいました! この映画は、先生のご協力なしでは作れなかったものです。みなさん、もう一度先生にも拍手をお願いします!」
明かりが点いて、拍手が私に向けて送られる。照れくさい。でも、みんなが楽しんでくれたという証明でもあるから同時に嬉しい。
「本日は、みなさんありがとうございました! これにて、『禁断の情愛』は上映終了となります」
春野さんの締めの言葉とともに、視聴を終えた生徒がぞろぞろと退室していく。
「先生、このあと一緒に文化祭めぐりしませんか?」
彼女がそばに寄ってきて、手を後ろに組み、ちょっと首を斜め前に15度ぐらい傾げるような角度で見つめてくる。
「いや、先生お仕事がまだあって……」
「ほんのちょっとでいいんです! 三十分、いえその半分でいいので! 最後の思い出をどうか!」
今度は両手を合わせて拝まれてしまった。うーん、そこまでされるとさすがに断りづらい。
「じゃあ、これからお昼休憩に入れるし十五分だけね?」
「やったー! ありがとうございます!」
両手を顎の下で組んで、口元をほころばせながら目をつぶり天井を仰ぐ彼女。前々から思ってたことだけど、本当に感情が仕草に出るタイプなのね。
「チョコバナナ食べましょう! やっぱり、文化祭といったらチョコバナナですよね!」
もっと色々選択肢があると思うけど、十五分という時間制限を付けた以上、彼女に手を引かれるまま校庭のチョコバナナ屋台に向かう。
茂部さんが弟さんと別に回りたいところがあるというので、二人とは別行動。
「最後の文化祭の思い出に、先生とこうやって一緒にチョコバナナ食べられるとか、本当に夢みたいです!」
そこまで!? 懐かれてるなあとは前々から思ってたけど。でも、私にとっても彼女が思い出深い生徒なのは確か。クラスの担任になったことはないけれど、国語の授業をすごく真面目に聞いてたっけ。
約束通り十五分で春野さんと別れて職員室に戻る。彼女は名残惜しそうにしていたけれど、私も今のうちに持参したお弁当をきちんと食べておかないと体が持たないので仕方ない。
そんなこんなで、忙しくも楽しかった文化祭もあっという間に終わり、夜の後夜祭を残すのみとなった。
<4>
夜空に大輪の花が咲く。幾重も、幾重も。
花火に見入っていると、肩を誰かに突付かれた。振り返ると、そこには春野さん。
「先生、とても大事なお話があるので少し離れた場所……そうですね、あの木のところに一緒に来ていただいていいですか?」
「大事なお話? 構わないけど……」
人混みを出て彼女が指差した木陰に行くと、こちらに決意の籠もった表情で向き直る。
「先生。アタシ、先生が好きです! あの映画に込めたメッセージが、そのまま先生への想いです! すごく真剣です!!」
深々とお辞儀する春野さん。その頭と肩が、花火の明かりでカラフルに照らされる。
どうしよう。生徒に、それも女の子に告白されてしまった。
「ごめんなさい、春野さん」
こちらも頭を垂れて言葉を返す。
「……ですよねー! こんなコドモに告白されても困っちゃいますよねー! 映画ではハッピーエンドだけど、現実は甘くないかー。あははは」
彼女が頭を掻きながらカラカラと笑う。でも、それが空元気なのだとわかる。春野さんは冗談でこんなことを言う子ではない。
「違うの、春野さん。卒業式の後、もう一回告白してくれる? まず、今OKしたら先生怒られるじゃ済まないことになるし、何より考える時間がほしいの」
「え! じゃあ脈アリですね!? 全然アリ寄りのアリですか!?」
「そこまではわからないけれど。真剣に考えさせてちょうだい」
花火が再び炸裂する。華やかなストロボに照らされた春野さんが、とても神秘的な美しさを見せる。
彼女は私が出会ってきた、そしてこれから出会う幾多の生徒の一人に過ぎないのかもしれない。
それでも、彼女には何かの魅力を感じないといえば嘘になる。今後、春野さんとどう関わりたいのか。この気持ちと真剣に向き合おう。光の花咲く夜空の下、そう誓いを立てた。
<5>
「姉ちゃん。カントク、先生連れて行っちゃったよ」
「うん、見てた」
春野と染井が、花火を見上げる輪から抜け出したことを姉に告げる備男。
「今ごろ、告ってるよきっと」
「だろね」
「姉ちゃん、ほんとにそれでいいのかよ! 好きなんだろ、カントクのこと!」
抑えつつも語気を荒げる弟に、栄子が自分の唇の前に人差し指を立てて「しー」と声を漏らし制止する。
「わたしじゃ、雪には不釣り合いだよ。カメラの腕前だって、あんたのほうがずっと上だし。わたしじゃ雪の夢の足を引っ張ることしか出来ない」
「でも、あんまりにも鈍感だよカントクは。姉ちゃんの気持ちも知らずにあんな映画撮らせて……。そりゃ、俺も姉ちゃんに頼まれたからきちんと協力したけどさ」
「雪だからね、しょうがないよ」
栄子の寂しそうな微笑と備男の真剣な表情が花火に照らされる。
「なんていうのかな、見守る愛っていうのもあるんだよ」
「俺にはわかんね」
「わかんなくていいよ。わかるときっと辛いから」
姉から顔をそらし、天を仰ぐ弟。
「今日ダチと外出てっからさ。家帰ったら好きなだけ泣きなよ」
「あんがと。ほんと気が利くよね、あんた」
姉弟を後夜祭最大の花火が照らす。こうして、○×高校文化祭は幕を閉じた。
<制作秘話>
毎度おなじみ無駄話です。
○×高校百合シリーズ五作目にして百合作品総合・十作目となる本作は、教師と生徒の百合書きたいなーという思いから当初「保健室登校生徒×養護教諭」という話を考えていましたが、調べた結果高校のシステム上これは難しいという判断になり、シンプルに「生徒×教師」の百合に立ち戻って、映画撮影というエッセンスを加えてできたのが本作です。
構想当初はいまいちひねりが効いてないなーと思っていましたが、茂部姉弟のやりとりをオチとして思いつき、「これはいい感じにひねりの加わったシュートボールになるのではないか!?」と書き上げました。
基本的に私の作風が湿っぽいため、本作もカカオ70%ぐらいのビターなエンドとなっております。
では、いつものキャラ解説いってみましょう。
・染井吉乃
最初、春野と彼女どちらに視点を置こうか随分迷っていましたが、ストーリは「変化」を描くのが重要なので、最初から先生に好感度MAXな春野より染井のほうが視点の主として適切だろうという判断で主人公になりました。
性格は、一見しっかりしてるはわわ系の残念美人にしようかとも思ったのですが、春野が好意を寄せる理由を考えた結果、シンプルに生徒思いな善人になりました。
名前の由来は春野ともども、この物語のざっくりした構想を考えた日である2020年3月28日に、桜咲く中季節外れの雪が降るというレアな光景が話題になったことから、記念的に名付けました。
・春野雪
いまいち魅力が描ききれなかったかな、と後悔の残るキャラです。特に、最後に栄子の気持ちに全く気づいていないという超鈍感ムーブを見せるため、下手するとヘイトすら受けるキャラになってしまったかも……。すごく真っ直ぐでいい子なんですけどね。
名前の由来は上述の通りです。
・茂部姉弟
モブだと思った? 残念、隠れ主役でした! というサプライズ要員。この姉弟、若くして人間できすぎじゃないでしょうか。
栄子の恋愛感情の描写はもっと段階を踏むべきかとも考えたのですが、あえてサプライズ性の高さのほうを選びました。
○×高校は普通に男子生徒も出てくる共学校ですが、これは「男女両方がいる状態で女が女を選ぶのが尊い」という「やがて君になる」の作者さんの思想に強く心を打たれたためこうなりました。
私の考えとして、百合作品において男性キャラは「ただのモブ」「理解者・支援者」「恋の敗北者」のどれかであれば存在が許容されるというのがあるので、備男くんは「理解者・支援者」ポジションの人物になっています。
名前の由来はまんま「モブA子」「モブB男」です。