世間は広いようで狭いです。
翌日、主要メンバーの顔合わせが行われました。
ドロッセルマイヤー役は同じクラスの九鬼君、フリッツ役はC組の間弓健太君、くるみ割り人形役のB組、坂根祐二君、ねずみの王様役はB組の代田冬馬君、それから……正面に美少女と美少年が座っています。
「C組の衛藤アンジェリカです」
「同じくC組、衛藤レイ」
もしや双子でしょうか。そう言えば、淡い茶色のウェービーな髪と、真っ青な瞳がそっくりです。これは、当然、王子様と王女様でしょうか。兄様たちに負けず劣らずの美貌で、今回はこの2人がメインの展開になるのだなぁと見惚れてしまいそうです。ふふ。
そう思っていたのですが、お互いの自己紹介が終わった後、アンジェリカさんがカバンから書類を取り出しました。
「竹田先生には事前にご相談させて頂いたのですが、今回、もし他に要望がなければこの台本でお願いしたいのです」
彼女の言葉の後、竹田先生が人数分プリントした台本を配って下さいました。う、結構、厚いと言いますか、予想外にしっかりした台本のようです。ぱらぱらと流し読みしてみますと、どこかで読んだ既視感に首を傾げてしまいます。
「どこか分からないところ、ある?」
いつの間にか、隣に座っていたイケメン王子様、レイ君が耳元で囁きます。いやいや、初対面だし、パーソナルスペースは守りましょう。咄嗟に空いていた隣の席に移ります。あ、九鬼君の直ぐ隣の椅子でした。狭くなってごめんね。
「こらー、衛藤レイ、自分の席に戻れー」
「仲良くしただけじゃん?ねー?」
「レイッ!てめー邪魔すんな、追い出すぞッ!」
あれ、美少女の口から思いがけない悪態が。レイ君はしぶしぶ自分の席へ戻りました。今の、本当にアンジェリカさんのぷるぷる唇から零れました?自分の視力が信じられません。
「あの双子のことは気にしない方が良いよ。見かけと中身が全然違う2人だから」
九鬼君の小声のアドバイスに、小さく頷きました。それから、何事もなかったようにアンジェリカさんが話を続けました。
「この台本は、私の伯父が10年以上昔に書いたもので、長らくお蔵入りになっていたものです」
アンジェリカさんたちの伯父さん。そう考えた時、私の中で咲良ちゃんが叫びました。
(演出家の衛藤鎮!)
咲良ちゃんは、アンジェリカさんたちの伯父さんと一緒に仕事をしたこともあったようで、ぱぱぱとその当時に映像が浮かびました。うわ、咲良ちゃん、すっごい嬉しそうに演技してます。突然の映像に気を取られてぼうっとしているところへ、アンジェリカさんの声が飛び込んできました。
「これは、伯父である演出家の衛藤鎮が菖蒲咲良のために書き下ろした台本です。結局、日の目を見ることなく、お蔵入りになっていたのですが、今回、私たちのために使用を許可して貰ったの」
おお~っ!とか、すげえっ!とか、みんなの歓声が聞こえますが、私は咲良ちゃんの記憶に縛られて、どこか他人事に感じてしまいます。
『そう言えば、マモと一緒にくるみ割り人形の舞台をしようって約束していたわ~。私が死ななければ半年後に上演だったんだけどね。うわ、すっごい偶然!!マモのお芝居、めっちゃ面白いのよ!』
「ちょ、ちょっと待って下さいっ!」
咲良ちゃんの歓声を遮るべく声を挙げたのですが、口に出していたようで、気が付けば全員が私に注目しています。
「あっ、あのっ、つまり、これって、プロの方、の台本ってことですよね?」
「そうよ。伯父は自らも劇団シュナーベルを運営しているわ」
劇団シュナーベルって私ですら聞いたことのある有名な劇団ですよね?無理無理無理ッ!
「え、と、私、素人で、何も知らないですが、だ、ダメですよね?」
もう頭の中がパニックで何を言っているのか分からないですが、兎に角、ダメ、ムリ、という言葉が一杯渦巻いています。
(ダメじゃないわよっ!)
「ダメじゃないっ!」
音声多重で否定されました。今のは、咲良ちゃんとアンジェリカさん?
「確かに、全部演じると3時間ちかいので長すぎるし、小難しいフレーズも多いので、その辺はちゃんと編集します。あと、勿論、私とレイでみんなにはちゃんと演技指導します」
名前が出て、レイ君も手をひらひらさせています。
「俺とアンジェは、伯父さんから仕込まれてるから大丈夫~カオちゃんも安心してねっ」
カオちゃんって、もしかしなくても私、でしょうか?
「でも、せっかくの良い台本なら、上手い人にやって貰った方が良いのでは?」
佳苗ちゃんたちは立ってるだけでも大丈夫って言っていたし、兄様たちのDVDを見ても素人感満載だったので、深く考えずに引き受けてしまいましたが、プロの、しかも、咲良ちゃん絶賛のスゴい人の台本を使うなら上手い人が演じたのを見たいですよね?人気投票ではなく、演技経験者を募れば私より上手な人って沢山いると思いますよね?
「それじゃあダメだっつーのっ!」
わわ、怒りのアンジェリカさん、降臨?!
ちょっと怖くて、あんまり聞いてなかったけれど、私が良いのだと力説されました。普通なところが良いのだと。周りのみんなも頷いています。
(主人公のクララは、内気な少女なのよ。人形遊びが大好きで、壊れたくるみ割り人形にも優しくしてあげられる良い子なの。だから、私も薫子にぴったりだと思うよ!)
う、私はそんなに良い子ではないけれど、気弱ではあるかもしれません。結局、みんなに流されてクララ役を引き受けてしまいましたから。本当に大丈夫でしょうか。不安しかありません。
それから、家に帰るとまたもや父様と母様が大興奮で、衛藤鎮さんのお芝居が見られると騒いでしました。またもや有哉兄様がリークしたのですね、もうっ!
「いや、こればかりは俺も知らねえし」
「父母会で連絡が回ったようだ。衛藤氏の本だから、それに相応しいセットや衣装を用意しようってことらしい」
「え、ちょ、ちょっと待ってください。ハードルが更に上がりましたけど?」
淡々と説明する啓和兄様の言葉に、へなへなと腰が抜けてしまいます。プロの台本に、父母会の総力を挙げた衣装とセット?え、主役は私なのに?
「気持ちは分かるが、これも勉強だと思えよ。所詮、学芸会と思ってさ!」
いやいや、既に学芸会の域を超えていますよね?下手で恥をかくのは私ですよね?思わず、涙目になっていると、啓和兄様がぐりぐりと頭を撫でてくれました。慰めてくれているのかもしれませんが、ちょっと首がもげそうです。
「失敗するのも経験だから、やってみろ」
失敗するの前提?!う、まあ、引き受けた以上は出来る限りのことをしますけども……無責任に投げ出すくらいなら最初から断るべきですし、何度も断る機会はあったのですから。
「はい、努力してみます」
「よしっ、その意気だっ!」
なぜか有哉兄様が腕組みをして、ふんぞり返っています。でも、兄様らしくて、ふふっと笑ってしまいました。啓和兄様も、調子いいなと有哉兄様を小突いて笑いました。何というか、仲の良い兄弟って感じですよね。間近で見られて嬉しいかも。何しろ自慢の兄様たちですから。