私の過去を思い出しました。
私、髙良薫子が自分の過去、というか前世のような記憶を思い出したのは、9歳の時。とある日曜日の夕食後、いつものようにソファに座ってテレビでニュースを見ていたら、仕事で多忙のはずの母様が来て、リモコンで録画機能を操作し始めました。
「母様、何を予約なさっていらっしゃるの?」
「昔の女優さんの特集番組よ。私、彼女のファンでとても大好きだったの。これから始まるのだけれど、薫子さんも見たい?」
過去形で話すってことは、今はいない女優さんなのかな。興味を惹かれて頷くと、母様が私の隣に座ってチャンネルを変えました。やがて華やかなオープニング曲と共に、整った顔立ちの若い女性の横顔と、『菖蒲咲良10周忌特別番組』のタイトル。
いかにも芸名っぽい、けれど、どこかで聞いたことのある響きに、心臓が走った後みたいにドクドク音を立てて、血液がものすごい速さで体中を走り回りました。それから、ぎゅっと締め付けられるように息苦しくなって、画面から目を離したいのに魔法にかけられたみたいに動かなくなりました。
私は動けないのに、テレビの中では、MCで有名な芸人さんが菖蒲咲良の思い出話を話しています。瞬きすら出来なくて見続ける画面には、彼女の赤ん坊の頃から30歳で亡くなるまでのショットが次々に映しだされました。
あどけなく笑う赤ん坊は、菖蒲咲良のデビュー作で、ほんの数秒のシーンだったのに可愛らしさが評判となり、瞬く間にCMやドラマに引っ張りだことなった。それからも途切れることなく出演が続き、『子役の女王』としての地位を不動のものにした。
やがて、子役から大人の女優へ成長する過程も、すべてカメラに収められ、誰もが知らない人はいないほどの人気女優になった。また、その清楚な美しさと確かな演技力の他、歌唱力も認められ、CDデビュー。更には本場ニューヨークでミュージカルに挑戦するなど、数々の世界的な賞を獲得した。
けれど、誰もが称賛するほどの華やかな芸歴を持つ彼女も、私生活では恵まれなかった。
子役時代の出演料はすべて両親の元へ入り、2人が管理していた。父親の年収より遙かに多い出演料は、家庭崩壊を招くのに十分だった。会社を辞め、キャバクラや賭け事にのめり込む父親。母親も子供の世話は家政婦に任せ、自身はブランド品を買い漁り、整形を繰り返して若いホストに入れあげていた。
独り家に残された弟は、子供にしては多過ぎるおこずかいを与えられ、学校へも行かず、不良グループと遊び歩くようになった。結果、菖蒲咲良1人が朝も夜もなく働き、稼いだお金は殆ど家族に搾り取られていた。
悲惨な私生活が当時の映像と共に語られると同時に、彼女のヒット作の1つ、援交する女子高生を演じる狂気じみた菖蒲咲良の画像が流れる。リアル女子高生の背後からの全裸ショットが話題を呼んだ。
『公開当時は秘められていましたが、改めて見ると彼女の苦悩が演技に反映されていますね』
(やめてっ!分かったように言わないでっ!)
頭の中で誰かが、叫んでいます―――ダレが?
そんな状況を見かねた事務所が、彼女の成人を機に、両親が管理していた出演料を事務所が依頼した経理事務所へ委託することになった。勿論、家族が黙っている筈もなく、泥沼裁判が繰り広げられた。マスコミは家族の証言から、あることないこと菖蒲咲良のデマを記事にしたが、彼女は決して家族の悪口を言わず、毅然とした態度を崩さなかった。
その真摯な姿から、マスコミに娘を売った家族の方が批難を浴びるようになり、やがて彼らが高級ブランド店などで買い漁った代金を踏み倒していること、周囲に高飛車な態度を取っていること、弟が暴力事件を起こしたことなどがマスコミにすっぱ抜かれ、次第に、世論は彼女を応援する風潮へと傾いていった。
(ファンもマスコミも大嫌い!味方になったり敵になったり、ほんと勝手!)
今度は、ぷんぷん怒っています―――だから、ダレ?
そんな経緯もあり、5年以上続いた家族との裁判に示談が成立。これからという時に、彼女の熱狂的なファンがストーカーとなり、スタッフに紛れ込み、
(ああっ!だめっ!やめてっ!)
心臓がどくどくした後、ぎゅうっと痛くなりました―――ダレの心臓?
番組の収録中に彼女を襲って殺害した。
(いやあぁぁぁぁーっ!!)
「いやあぁぁぁぁーっ!!」
「薫子っ?!どうしたの、薫子っ!!」
犯人の顔が画面に映った瞬間、私は彼女の死を追体験したのです。