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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

弓兵、ゾンビとなり魔王討伐する

作者: 山鳥月弓

 この町を守る城壁から見渡し、距離にして三百メートル程先には、魔王軍の兵達が見えている。

 魔族と呼ばれる奴等だ。

 こちらへ攻め入る機会を探っているらしいが、まだ動く気配はない。

 残念ながら俺の弓では、放ってもまだ届かないだろう。


 ふと、十メートル程離れて立っている、隣の弓兵を見ると、既に矢を放ちだしている。

 こんな所から届くのかよ。と思いながら、射られた矢の軌道を追って見ていると、見事に敵の頭へと命中したらしく、その魔族は後ろへと倒れてしまった。

 思わず近付いて話し掛けていた。

「すげえな。もしかして、あんたが弓神魔導具の持ち主さん?」

「え? あ、うん。持っているよ」

 そういうと、首から下げている棒状のクリスタルに見える魔導具を俺に見せてくれた。


 昔、噂話で聞いた話によれば、今から千年くらい前に弓神様から貰った魔導具で、その子孫に代々受け継がれている物らしい。

「俺も、そんな家に生まれたかったよ」

「でもさ、そんな気楽なもんでもないんだぜ。これを持っていることで、敵が見えている間は、撃ち続けなきゃならない。一日中、矢を撃ってなきゃならないなんて、どう思う?」

「ああ……。確かに、それはキツいな……」

 一日中、矢を射続けるなんて、その日の終わりごろには腕が上らなくなっているだろう。射る事は出来ても、矢はまともに飛ばなくなるはずだ。


「それにさ、実力じゃなくて、全て、この魔導具のおかげということになるから、褒められてもあまり嬉しくなかったりするしさ……」

 軍としては嬉しい人材ではあるが、個人としては辛いこともあるのだろう。世の中なんて、そんなものなのだろう。

「俺はアランだ。よろしくな」

 こんな魔導具を持っている奴とは仲良くしておいた方が良いだろう。俺は名乗って握手を求めてみた。

「ああ、俺はヴォロスだ。こちらこそ」

 こんな魔導具を持っているような家柄に生まれた奴だ。それなりの身分を持っているはずだが、俺のような下賎な者の握手を素直に受けてくれたのは嬉しかった。


 一人で奮闘しているヴォロスは、次々と敵兵の魔族達を倒していく。

 しかし、当然ながらそれだけ目立てば敵からの攻撃対象にされやすくもなる。

 相手は魔法攻撃を主な攻撃手段とする魔族達だ。遠いとはいえ、弓と違って、これくらいの距離を飛すことができる魔法攻撃もあるらしく、今度は逆に数体の魔族から集中砲火を受けることになってしまっていた。

 可哀想ではあるが、敵までの距離が遠すぎる。こちらの矢が届かない以上、援護することも出来ない。

 ヴォロスは射るのを一旦やめ、城壁に隠れて身を潜めることになってしまった。

 こちらを見て苦笑いを浮かべている。


 二時間程すると、魔王軍もじれてしまったのか、突然の雄叫びと共に、こちらへと突撃を開始した。

 射程に入ってくれれば、こちらとしても手が出せる。

 攻撃が分散した分、隣で城壁に隠れていたヴォロスも攻撃体勢に入ることができ、次々と敵を倒していた。


 射る矢が全て相手の頭へと命中していくのを見るのは、見物としても面白い。

 羨ましいと思いながら見ていると、突然、光の筋のようなものが、ヴォロスを貫いた。

 なにが起ったのか判らず、そのまま見ているしかできなかったが、ヴォロスが後ろへと倒れ出し、やっと撃たれた事に気付いてヴォロスの側まで駆け寄っていった。

「大丈夫か?」

 声を掛けてみたが、虚ろな目で俺を見るヴォロスの顔に生気はない。傷も、一面血だらけで、どこを撃たれたのかも良く判らない。

「これを、妹へ……」

 そう微かな声で俺に言うと、先刻見せてくれた魔導具を、下げていた首から引き千切り、俺へと渡そうとしながら、そのまま息絶えてしまった。


 つらい。

 ほんの数時間前に知り合ったばかりではあるが、気さくで人の良さそうな奴だったのに、あっけなく死んでしまった。

 血筋として、良い家の、それもこの魔導具を持っていたということであれば、長男だろうと推測されるが、そんな奴が、この魔導具の所為で死んでしまったのだ。

 俺のように目立つことが無ければ、それほど狙われることも無かったはずだ。この城壁の上に居る百人近くの弓兵の中から狙うとすれば、百発百中のヴォロスになるのは当然のことだろう。

「必ず渡すよ」

 そう言って、俺は持ち場に戻り、鬱憤を晴らすかのように矢を放ち続けた。


「すげぇな……」

 魔導具を受け取ってからは、射る矢、全てが敵の頭へと吸い込まれるように飛んで行く。

 狙いをわざとずらして射っても、目標を見ている状態であれば外れる事はない。この矢から逃れるには、相手から完全に姿を隠す必要があるだろう。

 調子に乗って矢を射続けていると、頭の横を何かが掠めるように飛んで行った。

「うぁ」

 驚いた反動で後ろへと尻餅を着いてしまう。

 このまま城壁を盾に身を隠し、攻撃が収まるのを待つことにしよう。


 あたり前ではあるが、今度狙われるのは俺になる。弓を構える時には、用心し、注意深く狙う必要がありそうだ。

 魔族達からの標的から外れるまで、少し休憩することにしよう。

 水筒を取り出し、水を飲もうとした瞬間、背凭れにしていた城壁が爆発し、崩れた。

 どうやら魔族は、城壁もろとも、俺を殺るつもりらしい。

 そして、その目論見は叶ったようだ。

 俺の意識はそこで途絶えた。


 目を覚ますとベッドの上に寝ていた。

 横には白衣を着た女が立っている。

 白衣の下は下着も着けていないようで、身体の線が影になってはっきりと判った。

「やったぁー。成功したわぁー。気分はどぉ?」

「俺は、どうなったんです?」

 頭がぼんやりとして、なぜここに居るのか、考えることができない。

「あなたはぁ、しんだのぉー。でもぉ、安心してぇー。生き返ったからぁー」

 頭の悪そうな話し方をする女だが、これが医者で、俺はこいつに治療してもらったということらしい。

 いや、まて。今、死んだとか、生き返ったとか言っていなかったか?

「死んだ? 生き返った? まぁ、生き返ったのならば良かったということか……」

 そう言いながら、城壁が爆発した時の事がぼんやりと思い出されてきた。そうか、あの時、死に掛けたのか……。

「そうなのぉ。死んじゃったからぁ。ゾンビとして生き返らせてあげたのぉ。わたしぃー、こう見えてもぉー、この国、一番のぉ、医療魔導師だからぁー」

 なにが楽しいのか判らないが、そう満面の笑みで女医は説明してくれる。

 この女医がなにを言っているのか良くは理解出来ないが、生き返ったのなら問題ない。

 ところでゾンビってなんだ?


 ゾンビといっても、これまでの生活と変わりはあまりなかった。

 普通に食べ、眠り、仕事をしていた。

 ただ、身体的には違うこともそれなりにある。


 大きい違いは、疲れないというのが日常生活では一番の違いになるだろう。

 というより、常時疲れているといってもいいかもしれない。

 いつも身体が怠く、歩くときは猫背になっている。それも、半端な猫背ではなく、その姿勢は老人のそれだ。

 面白い事に、なにかをやろうとするときは、それなりの姿勢に戻り、生活に支障が出ることはなかった。


 頭もぼんやりとしていて、常時、風邪を引いているような気分だった。

 周りの人からは、いつも虚ろな目をしていると言われるが、自覚はあまりない。


 一番驚いたのは、心臓が動いていないということだ。

 それでどうして生きていられるのかと、あの女医に訊いたが、「ゾンビだしぃ。わたしの魔法で動いてるしぃ。人と違うんだからぁ、心臓関係ないしぃ」と、よく判らない説明だった。魔法なのだろう。それしか判らない。

 こんな便利なのであれば、もっとゾンビとやらが居てもおかしくはなさそうだが、ゾンビとして生き返ることができる者は千人に一人くらいらしい。

 俺はかなり幸運なようだ。


 弓兵としては、この身体は便利だった。

 丸一日、矢を射続けていても疲れることはない。というか、初めから疲れていると感じる以上には疲れない。

 多分、限界まで射っていても疲れはしないのだろう。女医の話では、身体の限界が来れば、そのまま倒れて動けなくなるらしい。

 身体が回復すれば、また動けるようになり、元々死んでいるので死ぬこともないということだった。

 それじゃ、不死身なのかといえば、そうでもないらしく、怪我をすると人と同じように勝手に治る訳ではないらしい。魔法での治療が必要で、怪我をする度に、あの女医の助けを必要とすると言われてしまった。


 あの女医は色っぽいのはいいのだが、どうも頭のどこかに問題があるらしく、人の身体を物かなにかだと思っている節がある。

 退院する日に、ヴォロスの形見である魔導具が見当たらなかったので訊いてみると、突然、メスを手に取り、目にも止まらぬ早さで俺の腹を掻っ捌いてくれた。

 戦場に出れば剣の達人として通用するのではないだろうか。

「大切なものなんでしょぉ? そう思ったからぁ、ここに入れておいたのぉー」

 そう言って、メスで切り裂いた俺の腹の中に手を突っ込み、中にあった魔導具を引っ張り出してきた。

 驚いたまま立ち尽くし、腹からはどろどろとした黒い血のような物を垂れ流している俺を見て、「痛くはないでしょぉ? ゾンビなんだからぁ。あははははー」と、怖くなるような笑いと共に、魔法を掛け、切り裂いた腹を治療していた。

 あの女医とはあまり関りたくない。


 その魔導具だが、返すべき相手、つまり、ヴォロスの妹というのは簡単に見つけ出すことはできた。

 その屋敷まで行き、その妹とやらに会おうとしたが、今は軍の遠征中でこの屋敷には居ないといわれてしまった。妹も軍人らしい。

 他の肉親はいないのかと尋ねたが、この屋敷の主は死んだヴォロスで、両親も既に亡くなっているようだ。

 代々の軍人一家で、今ではその妹一人だけになってしまったようだ。

 なんだか哀れに感じてしまう。


 魔導具は使用人にでも預けようかと思ったが、なんだか直接渡さなければ、死んだヴォロスに悪い気がして、そのまま持って帰ってしまった。

 遠征軍は一ヶ月後に戻るらしい。その間は俺が活用させてもらうことにしよう。


 活用できる戦闘は直ぐに起きた。

 またもや魔王軍の襲撃だ。

 前回の襲撃、つまり俺が死んでから二週間後になる。


 いつものように魔王軍は、遠巻きに城壁から離れて近付く機会を待っている。この二年くらいは、毎度毎度、同じことを繰り返していた。

 攻略方法くらいは考えてから来れば良いものを、魔王軍といっても頭の良い指揮官が居る訳ではないらしい。

 結局はこれまで同様、結局じれて突撃してくるのだ。さっさと来れば良いものを、なにを考えているのやら。


 俺はこれまでと違い、魔導具を持っている。持っているからにはヴォロスと同じように見えている敵に対して攻撃しなければならないだろう。

 ヴォロスの意思を受け継ぐ訳ではないが、持っているからにはやらねばなるまい。

 前回の反省として、こちらの場所を特定されないように、一発射ってから、すぐに移動することにしよう。既に死んでいるとはいえ、何度も死ぬのは遠慮しておきたい。


 俺の上官にその事を話すと、あっさりと了承を得ることができ、この戦闘に限っては自由に移動することを認めてもらえた。

 距離は命中率には関係が無いので、城壁の更に内側から射るという方法も考えたのだが、この町の高い建物からでも城壁の外に居る魔族達を見ることはできなさそうだ。

 やはり城壁の上から射る必要がある。

 狙うのは、遠くに見える魔族の、それも結構後ろに居る偉そうな奴等だ。

 少ない攻撃で指揮官あたりを倒していけば、あっさりと引いてくれるかもしれない。


 目論見は見事に当った。

 一発射っては移動し、城壁をある程度移動すると、また指揮官らしそうな奴を見付けて射っていった。

 十体程を倒すと、魔族達の動きに慌ただしさを見ることができるようになり、浮き足立った魔王軍は逃げ出す者や、こちらへと突っ込んで来る者等で混乱しているようだ。


 こちらへと突っ込んで来るやつらは、気が短く、血気盛んな魔族なのだろう。

 無茶苦茶に魔法を撃ちまくっている。

 近づいてくる奴等は別の弓兵達にまかせて、俺はこれまでと変わらず、奥にいる、まだ弓の射程に入っていない、指揮官らしき奴等を射貫いていった。


 十六体目の魔族を射貫き、次は何方に移動しようかと敵の位置を見て値踏みしていた、その刹那、またもや城壁が爆発した。

 調子に乗りすぎたようだ。

 魔王軍も馬鹿ばかりという訳ではないらしい。俺の動きを追跡していたのだろう。

 城壁から落ちて行く途中で、意識は途絶えた。


 目を覚ますと、またもや例の女医が側に立って、こちらを見下ろしている。

「今回はぁー、右腕が取れてぇー、左足もぉ、あと少しで取れそうでぇー、大きな所だとぉ、そんな感じかなぁー」

 見ると右腕も左足も、既に問題なく接合されているようだ。人の身体とはこんなにも簡単に千切れてしまうものなのか?

「ゾンビってぇー、半分腐ってるようなものだからぁー、簡単に取れちゃうのぉー」

 なんだか嬉しそうにそう言って、ニヤニヤとしている。

「頭だけはぁー、注意してねぇー。頭が取れたりぃ、潰れたりしちゃうとぉー、さすがに二度と動けなくなっちゃうよぉー」

 つまり、頭が急所で、それは修復できないということか。

 普通に生きていても同じなのだから、あらためて気を付けるようなこともないだろう。

 半分腐っていて、どの部位も取れやすいという方が注意としては必要だ。


「それでぇー、先刻からぁ、英雄さんにぃ、お客さんがぁ、来てるのぉー。通しちゃってもいいー?」

「英雄? 俺のことか?」

「そうよぉー。魔王軍の幹部を十体以上倒した英雄さん」

 最後だけ、なぜかまともな口調になった女医は、珍しく真顔だ。笑顔も怖いが、その真顔も怖かった。


 女医と入れ替わりに入って来た女性は、美しく、凛々しい。

 白い鎧と、その上に羽織っている白い外套、それに携えた、これまた白く上品な飾りつけのある鞘に入った剣は、まるで伝説にある戦いの女神を彷彿とさせる。

「私は魔王討伐隊の隊長、レーヌと申します。あなたがアランさん?」

「はい。アランです」

 レーヌ……。どこかで聞いた覚えのある名前だ。

 魔王討伐隊が俺になんの用だというのだろう?

「私の留守中に家へと訪ねていただいたようで、今日はこちらから参りました」

 そうかヴォロスの妹だ。

 兄妹で、これ程違うものか?

 ヴォロスはどう贔屓目に見ても金持ちの中級弓兵くらいなものだったのだが、この女が妹であるとすれば、兄のヴォロスはもっと上位の将校にでもなっていそうなものだ。

「あなたがヴォロスの妹さん……。ヴォロスは勇敢に戦い、立派な最後を遂げられました」

 あれが立派なのかは判らないが、こういう時に言うべき言葉など、直ぐには思い付かない。

「兄の最後を看取っていただき、ありがとうございました」

「いえ……」

 気まずい。


「そうだ。これを預かっていました」

 そう言って、首に掛けていた形見の魔導具を取り外し、差し出す。

 この隊長さんがここへ来たのは、これが目的のはずだ。

「……」

 その魔導具を無言のまま見詰め、悲しそうな顔をするそのレーヌは、なんとも美しい。

 悲しい顔を美しいなどと思ってしまうのは不謹慎かもしれないが、やはり美しいものは美しいのだ。

「……それは、あなたが持っていて頂けませんか?」

「え? これは形見で、しかも代々受け継いでこられた物ではないのですか? 私のような下賎な物が持っている訳には……」

 威張るつもりはないが、今の俺は下賎も下賎、人ですらないゾンビなのだ。

「いえ、魔王を倒すまでは、それをあなたに使って頂くのが、一番良いと思っているのです」

「魔王?」

 唐突に出てきた魔王がどう関係するのだろう?

「ごめんなさい。説明しなければなりませんね。実は、今日、こちらへ参ったのには理由がありまして……。あなたに魔王討伐隊に入って頂きたいのです」

 断る理由もない俺は、そのまま了承することにした。

 魔王を倒す事ができるのであれば、ゾンビから本物の英雄に昇格だ。


 討伐遠征の出発は、それから一週間後だった。

 魔王の城までは一ヶ月を必要とするらしい。

 常時疲れている俺は、あまり出歩きたくはないのだが、これも英雄になるためだ。


「なんで、あんたまで居るんだ?」

 隊は総員十名で、あの女医までが隊の中に紛れている。

「簡単にぃ、死なれちゃー、つまんないしぃー。って、もう死んでるかぁー。キャハハ」

 俺専属、とまではいかないだろうが、医者がこんな遠征に同行するというのは珍しいのではないだろうか。

 要は千人に一人しか成功しない、ゾンビ化した人間を簡単に失いたくないという事なのだろう。実験体の観察という目的もあるのかもしれない。


「弓の名手なら、他にも沢山いたでしょうに。どうして俺なんですか?」

 行軍中に、たまたま隣り合ってしまったレーヌへ話し掛けてみた。

「その魔導具を持っているのであれば名手かどうかは、あまり関係ありません」

 確かにそうだ。

 相手が見えていれば外すことがないのだ。飛距離を考える必要すらない。

「あなたにお願いしたのは、先日の魔王軍による攻城時の、あなたの働きからです。あなたはその魔導具の問題点を把握しています。現時点で有効に使うことができるのはあなただけでしょう」

 買い被りすぎだろう。

 問題点というのは、命中させすぎて、逆に注目を集めてしまうことだろうが、そんな事は頭の良い奴に説明すれば簡単に解決策を捻り出すはずだ。

「それに……。いえ、なんでもありません」

 多分、ゾンビだからと言いたいのだろう。

 言葉を飲み込んだのは、ゾンビであることを俺が気にしていると思って、気をつかったのだろうが、俺自信はそれほど気にしていない。言ってくれても問題ないのだが。

 ちょっとした怪我くらいであれば、問題なく動ける俺は、不死身に近い。

 弓の名手も、頭の良い奴も、こんな危険な遠征に出すより温存しておきたいのだろう。


 城へ近づくにつれ、魔族達との遭遇が頻発するようになってきた。

 俺と女医以外の八名は、皆、手練れで、敵はあっさりと倒れていく。

 これだけ強ければ、俺の出番はほとんど無い。

 俺って必要か?


 弓兵の俺は、接近戦の時は後ろへ下がり、適当に弓を引いているだけだった。

 なぜか女医は俺の横に付くことが多いが、あのメス捌きは戦闘でも有効じゃないのだろうかと思ってしまう。

「あんたも戦闘に参加したらどうだい?」

 冗談で言ってみた、その時、後ろに隠れていた伏兵の槍が、俺の心臓を、貫く。

「あ……」

 痛くはないのだが、自分の身体から飛び出ている槍の頭を見るのは、やはり嫌なものだ。


 女医の方を見ると、いつの間にか俺を刺した伏兵の身体中を切り刻み、倒している。

 やっぱり、この女は戦闘に参加した方が戦力になるだろう。

「油断しちゃぁー、ダメだよぉー」

 武器にしたメスを懐に仕舞いながらこちらへと歩いて来る女医は、返り血を浴び、なぜか笑顔だ。

 そのまま俺の前に立ち、一気に刺さっている槍を引き抜き、言った。

「頭だったらぁー、死んじゃってるよぉー。って、もう死んでるかぁー。キャハハハハ」

 忘れていたが、頭を刺されていたらと思うと、ぞっとする。

 刺す方は、固く狙い辛い頭より、目標としては広い身体の、それも心臓を狙うものだろう。それでも頭を狙われていたらと思うと、やはり怖い。


 女医の血塗れの白衣姿に、怖い笑い声、それに死に掛けた恐怖と、俺はこの遠征が終わる頃には気がおかしくなっているかもしれない。

 女医の治療を受けながら、そんな事を思っていた。


 一ヶ月の行軍の末、なんとか魔王城まで辿り着くことができたが、この隊はかなり消耗している。

 俺の身体は疲れる訳ではないが、さすがに連日の戦闘を繰り返し、精神的にはかなりまいっていた。

 ここまでの道程で、人であれば三度は死んでいた。全ての傷は頭を避けてくれた。無事にここまで来ることができたのは運が良かったのだろう。


 陣取った場所は、魔王城の向かいの丘だった。

 ここからでは、かなりの距離がある。

 魔王を狙撃するには遠すぎるだろう。人影はぎりぎり判るかもしれないが、それが魔王かどうかの見分けはできない。

 初めて見る魔王城は、大きく、人間世界の城などよりも立派に見えてしまう。あの城へこの人数で攻め入るというのも無理なことだろう。


「どうやって魔王を倒すのですか?」

「忍び込みます」

 ここまででも思っていた事だが、この隊の奴等は、隊長のレーヌを含め、皆派手すぎる。

 行軍中でも敵との遭遇は避けたいはずなのに、だれもが派手な格好をしている所為で敵から簡単に見付かってしまっていた。

 レーヌは初めて会った時と同じ、白い鎧に、白の外套だ。

 他の奴等も原色が目立つ。

 こんな姿で忍び込むなど、見付けてくださいと言っているようなものだ。


「皆、その格好で忍び込むのでしょうか……?」

 さすがに、諫言めいたことを言わない訳にはいかないだろう。ここからが本番なのだ。

「え? ああ、この鎧や外套ですか。確かに目立ちますね」

 これまでそれに気付かなかったのだろうか?

「でも、大丈夫です。城の中は、けっこう閑散としていて、魔族達と会うこともあまりありませんでしたから」

 城の中に入ったことがあるのだろうか?


「それに、忍び込むのは、あなたと私だけです。他の方々は、ここで待機していただきます」

「はい、はーい。私もー、いきまーす」

 女医が跳ね回り、嬉しそうに両手を挙げながら同行を希望する。

 着ている白衣は、これまでの戦闘で浴びた返り血で赤黒く汚れている。元の白い部分はほとんど無かった。

 まあ、半分は俺の血なのだが。

 

 城の中はレーヌの言った通りに閑散とし、まったく誰かの気配を感じることができない。

 廃城の中を歩いているようだ。

 レーヌは前回の遠征で城に入り、魔王が居る、魔王の間まで突き止めていたらしい。

 そこまで行ったのであれば、そのまま魔王を倒せなかったのだろうか?


 魔王は最上階に居るらしい。

 十階ほどを上り、そろそろ最上階だと思われる場所まで辿り着くと、レーヌからこれからの作戦を聞かされた。

「この階段を昇り、そのまま真っ直ぐ進むと、魔王が居る部屋になります。扉を開け、私が魔王と対峙しますので、隙を見て矢を放ってください」

 なるほど、レーヌが囮になって、俺が魔王を射貫くのか。単純すぎて不安になる。

「そんな簡単にいきますか?」

「大丈夫です。その魔導具さえあれば、必ず射貫くことができます。――それと、矢はこれを使ってください」

 渡された一本の矢は、一見、変わった所もない、普通の矢に見える。

「その矢は魔王を倒す為に作られた特別製です。当りさえすれば、必ず魔王を倒すことができます」

 とうとう英雄になる時が来たらしい。


 レーヌは扉の前に立ち、俺と女医は部屋の中からは見えないように、通路の端へと寄り、レーヌの突入を待った。

 レーヌは大きく深呼吸すると、こちらを向いて軽く頷く。

 さすがの女隊長、レーヌも緊張するらしい。

 俺も緊張しているのだが、女医だけはいつものように髪を指に捲きながら、暇だというような顔をしている。この女の頭の中には、恐怖や緊張などというような感情は入っていないのだろうか?


 レーヌは真剣な眼差しになると、扉の方を睨みつけ、扉の取っ手を握り、大きく開いた。

 開くと同時に、部屋へと駆け込み、部屋の右側へと回り込む。

 魔王の視線を扉から外すため、部屋の奥へと向かうと言っていた。手筈通りだ。

「魔王。おまえを倒す。我が国の平和のために死んでもらう。どりゃぁーー」

 聞こえて来たレーヌの雄叫びと共に、戦いが始まったらしい。

 しかし、ベタな雄叫びだ。いつもの淑やかに見えるレーヌから出る声とは思えない。

 ここまでは問題ない。

 今度は俺の番だ。

 魔王へ矢を射るため、弓を構えつつ、部屋の中へと視線を移し、魔王の姿を確認しようとした。

 魔王は部屋の真ん中に立ち、レーヌの方へ身体を向けている。

 しかし、目に飛び込んできた光景は、俺の想像していたものとは違い、この計画は失敗ではないかという思いへと傾いてしまった。

 レーヌは部屋の右隅へ、壁を背にして、倒れていた。


「うたないのぉー」

 女医の言葉に、はっとし、弓を構えて矢を射ようとした、その瞬間。

 目の前の風景が回りだした。

 見えた部屋の中に、弓を構えた俺の身体らしき物も見える。

 その側に立っている女医が、「あららぁー」と言いながら、こちらを見ているのも見える。

 どうやら首を切られ、頭を飛されたらしい。

 魔王が動いたという様子は無かったが、これが魔王の使う魔法ということなのだろう。

 とてもじゃないが、人が敵うようなものではない。

 どさっ、という音と共に、床へと落ちた俺の頭は、痛みこそ無いが、なんだか息苦しい。


「なんだ。ネクロマンサーではないか」

 これは魔王の声なのだろう。初めて聞く声だ。

 これまで興味が無かったので訊くことすらしていなかった女医の名前は、ネクロマンサーというのか。変な名前だ。

「まおうちゃん。おひさぁー」

 名前を知っている魔王に挨拶しているということは、この二人は顔見知りらしい。

 上手く話しを付けて、この場を収めてくれないだろうか?

「アランちゃん、死ぬ前に魔王の顔をちゃんと見ておくのも悪くないわよぉー」

 どうやらこの女医は俺の視線を魔王へ向けたいらしい。


 俺の頭は、残念なことに魔王とは反対の壁を向いて転がっている。

 魔王の顔を、まともに見ようと、顔の筋肉だけで、頭を揺らしてみるが、難しい。

 その間、女医と魔王とで戦っているようだ。

 「ドン」とか「ガン」などと、あまり派手な音ではないが、戦っているらしい音だけが聞こえてくる。

 何度かやっている内に、なんとなく、コツが掴めてきた。

 あと少しで、魔王の顔を拝むことができそうだ。


 最後の力を振り絞る。

「ぬぅ……。――くっぅ……。――――だぁあああ」

 頭がごろんと魔王の方を向く。

 その刹那、こちらに気付いた女医は、俺の身体へと駆け寄り、持っていたメスで、矢を掴んでいる俺の右手の指、全てをスッパリ切り落としてくれた。

 なぜ、全部の指を落としたのだ。矢を掴んでいる人差し指か親指だけで良いはずだ。人の身体だと思って、勝手をしてくれる。

 まあ、首を撥ねられた俺の頭は、あの身体へ戻る事はないのだろうが……。


 放たれた矢は、見事に魔王の額へと命中した。

 魔王の身体は真っ白な光の塊となり、次の瞬間には、魔王の立っていた場所には焚き火で出来た灰の固まりのようなものが出来ていた。


 戦いは終わったらしい。

 女医は魔王の残骸を確認し、そのままレーヌの方へと歩いていく。

 レーヌを揺り起こすと目を覚ましたようだ。気絶しただけだったらしい。


 最後に魔王を殺れたのだ。悔いはない、とは言えないが、まあ面白い人生だったのだろう。最後の二ヶ月程はゾンビ生とでもいうのだろうか?

 まあ、死んでいるのだし、“生”ではないな。

 なぜだか判らないが、今の俺はおだやかな気分だ。俺の意識は、その安らいだ中で遠のいていった。


 目を覚ますとベッドの上に寝ていた。

 横には白衣を着た女が立っている。

 白衣の下は下着も着けていないようで、身体の線が影になってはっきりと判った。

「やったぁー。成功したわぁー。気分はどぉ?」

 デジャブといやつだろうか?

 まったく同じ風景で、同じ言葉を聞いた覚えがある。


 どうやら俺のゾンビ生は、また始まってしまったらしい。


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[気になる点] 誤字報告です。 ある弓兵が、ちょっとした切欠で、とある女医にゾンビにされ、魔王を討伐するまでの、物語→…切っ掛けで、… 以前、葛城も読者様に指摘された誤字で御座います。 因みに『切欠…
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