大学生カップルに個人的ニュースを聞いてみた件
「あのー、少しお話し伺ってもいいですか?」
マイクを持った男が話しかけた。街頭インタビューのスタッフだろうか、こんな夜中にお疲れ様である。
「うっわ、これって『深夜に』のやつですか!?」
「そうですよー、観て下さってありがとうございます。良ければ一緒にお話良いですか?」
大学生だろうか、若い顔つきの男の隣を歩いていた、ラフな彼とは対照的に可愛らしく着飾った彼女が嬉しそうに、興奮した様子で尋ねる。
『深夜に』とは、人気番組『深夜に失礼します』の略称で、良い具合にウケる毒舌の効いたコメンテーターと芸人さんの2人で進行する深夜番組のことである。
「ちょっとやばいって、ほら、郎太! 良いよね!? 受けようよ!」
「えぇ、待って。俺、な、なんか緊張してきたんだけど! えっと、お話なら大丈夫ですよ!」
彼女は昂ぶった様子で郎太と呼ばれた男の背中をバンバンと叩く。あまり痛そうではなく、ただ仲睦まじいようである。
不安気に笑って、男は丁寧に答えた。嬉しそうにスタッフが答えた。
「ありがとうございます! では最近起こった個人的ニュースとかってありますか?」
「個人的ニュースかぁ、……ええと。最近ずっと付き合ってた彼女と別れました」
「えっ? そうなんですか!?」
んー、と考えた後、情けなく笑って男は言った。スタッフは予想外、と驚いた表情で反応した。流石はテレビに関わる仕事である。リアクションは大きい。
今度は彼女が悪戯に笑って言った。
「郎太、引きずりすぎでしょー! 何ヶ月前よ?」
「う、る、さ、い。美香はちょっと静かにしてなさい」
彼は先生の説教のように美香と呼ばれた彼女に言った後、軽くデコピンをくりだした。これはまた、痛そうで痛くないちょっと痛いデコピンである。犬猿の様子に見えるが、その実かなり仲が良いのが伺える。
「それは何で別れたんですか?」
「あー、情けないんですけど、大学生になってから女の子って化粧、するじゃないですか? 彼女すっごい可愛くなっちゃって。俺なんかじゃ勿体ないなぁ。って」
「うっわぁ……面白くねぇ……」
彼女はぷるぷると笑いを堪え切れないように笑って言った。
「って言いつつすっげえ笑ってんなお前! バカにしてんだろ!?」
夫婦漫才のようである。淡々と毒を吐いた彼女にガバッとそちらを向いて反応した。スタッフがその漫才を面白そうに笑った。
「はー、しんどい。笑いすぎた。こいつ、今でもその子が好きで、すっごい後悔してんすよ」
「もー言うなってば! こんにゃろう!」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、男は少し怒った素振りを見せた。彼女は楽しそうに続けた。
「最近なんか筋トレなんか始めちゃってー」
「お前マジで一回デコピンな?」
「いたいっ!?」
真顔でデコピンをくりだすと彼女は大きく仰け反ってリアクションをした。先程よりは痛そう。その様子をにまにまと微笑ましく見ていたスタッフが、口にした。
「とても仲が良いみたいですね。僕はてっきりお二人さんが付き合ってるのかと」
「は、はぁっ!?」 「……」
「いやいやいや、こいつはただの大学の同級生ですよ、最近仲良くなって、よく遊びに行くんです」
今度は息のあった夫婦コントはせず、彼氏だけ……おっと失礼。彼だけが反応した。どこか恥ずかしそうに、頬を赤くして彼女は大人しくなった。
もじもじとした彼女の可愛らしい様子にスタッフも気づいたようで、なるほど、と笑ってインタビューを送った。
「僕はお二人さんがお似合いだと思いますけどね、どう思いますか?」
「ど、どど、どう思いますかって言われても……そ、その……」
突然しおらしくなってとても可愛らしく、その、と助けを求めるように彼の方を見た。
彼は「ここで俺かよ!?」とツッコミを入れては笑ってインタビューに答えた。
「あー、こいつはこんなんですけど、根は良いやつですし、笑うと意外と可愛いんですよ。まぁカッコよくてなおかつ、こいつのワガママに寛大に付き合ってあげられる男と幸せになって欲しいですね」
と、ゆっくり嬉しそうに話す。彼女は真っ赤になっては俯いてぷるぷると辱めを受けるように我慢しては、彼の背中をいい音で叩いた。普通に痛そうである。コメディ番組向けの音だ。
「こんなんってなんだ! ……ばか!」
「いって! 背中痛えっ!!」
はぁ、と少しすっきりしつつも寂しそうな様子で彼女はため息をつく。見かねたスタッフはまた彼女に質問を言った。
「あ、ではあなたの最近起きた個人的ニュースはありますか?」
「あー、私は……そうですね。何度アプローチをかけても一切振り向いてくれないクソ鈍感男がいるんですよ。草食系男子って本当に腹立ちますよね。本当に草しか食えなくなったらいいのにって思います」
「え、お前好きな人とか居たのかよ!? 衝撃の事実なんだけど」
「うっさい! ばーか! ばーかばーか!!」
「お前悪口の語彙力小学生かよ!?」
「ぶっ」
吹っ切れて淡々と毒を吐く彼女と素のリアクションをする彼に思わずスタッフが吹き出す。ごめんなさいと謝った。
スタッフが吹き出したからではなく、彼の言葉によって不機嫌そうに、その中でも悪戯に彼の方を見ては言った。
「まぁ? 今は女々しい女々しいこいつのお守りで大変なんで? 彼氏とかは全ッ然大丈夫ですけどね」
「お守りって何!? あと女々しい言い過ぎな!?」
また彼はおいっ、とツッコミを入れた。スタッフはあはは、と笑いつつも全てを悟ったように彼女に向けて言った。憐れみ、苦労しますね、といった同情の目である。
「もう本当に色々と頑張ってください」
彼女も『色々』の意味を理解したようにふふ、と自嘲気味に笑って答えた。
「はい、色々と頑張ります」
「では、インタビューは終わります。協力ありがとうございました!」
「いえいえ、こちらこそ!」
と、彼が笑って答えた。2人はまた先程までのようにお互いを弄り合って楽しそうに帰っていった。スタッフとカメラマンが憂鬱そうに話し合う。
「……良いもん見たな」
「……俺がもう失った大切な何かを目にした気がします。俺、今すぐこの仕事やめて彼らの特集したいです」
「……汚いこの語彙力では表現できない若い青春を感じた」
「……っすね」
「……よし、次のインタビュー行きましょ。なんか元気出てきました」
「……だな、ちょっくら頑張るかぁ」
カメラマンは、今のインタビューのデータを手慣れた手つきで消去しては、よっこいしょ、と声を出して清々しい様子で歩き出した。
スタッフ
「新しく恋したくなってきたっす」
カメラマン
「言いたいことは分かるけどお前いくつよ」
スタッフ
「いくつに見えます?(オカマ風)」
カメラマン
「うっわうぜぇ……じゃあいいわ……」
スタッフ
「ガチ引きやめません? ねぇ?」