ニーラの能力
昨日の昼から、今日の昼過ぎまでずっと寝ていた魔王の娘ニーラは、出された食事に大喜びしている。
最初に彼女は大きなエビを掴む。
バリボリ、モグモグ。
バッキィィィーーー。
ムシャムシャ、ムシャムシャ。
バリボリ、モグモグ。
丸一日寝ていたので、ニーナの食欲は分かるんだけれど……?
茹でたエビを丸ごと食べている……。
しかもそのエビは、伊勢海老と同じくら硬い殻を持っており、普通人間は殻ごと食べられない。
ニーラはそれを、頭から尻尾まで食べている。
歯が4本しかない俺は、美味しそうに食べるニーラが少し羨ましい……。
って言うか、何でそこまで硬いエビを食べれるの……?
近くで見ているリトゥルやエイル姉ちゃん達も、ニーラの異常なまでの食べ方に言葉を失っている。
魔族って、硬いエビを殻ごと食べるんだっていう目付きで!
ニーラが食べながら言う。
「このエビ、私の大好物なの、モグモグ。
人間の世界でも同じエビがあって嬉しい、モグモグ」
ニーラの教育係に任命されたリトゥルは、さっそくニーラに注意をしようとする。
「え〜〜、ゴホン。
ニーラや,人間は普通,エビの殻を食べないんじゃよ」
ニーラは驚くようにリトゥルを見て、高速に瞬きをしだした。
そして食べるのをやめて、俺を見る。
リトゥルの言葉が真実か確かめる為に。
人間の世界で、これから生きていかなければならないニーラに、目立つ行動を抑えるように言わなければならない。
目立ってしまうと、せっかく人間の女の子に変身……?
この場合、化けるか……?
魔族が人間の姿になっているのだから……。
いやいや、やはり変身か……?
……?
そ、そんなことよりも、ニーラが俺の返事を待っているので早く言わないと!
「にんげん、せかーい、えびのから、たべなーい。
なかみ、だけたべーる」
ニーラは、またしても高速で瞬きをしだした。
よほど驚いたらしく、身動き1つしていない。
エイル姉ちゃんが悟すように言う。
「目立たないようにする為には、人間と同じ振る舞いをしないといけないわ。
食事も、人間と同じようにして食べないと疑われる。
エビを殻ごと食べるのは、栄養的には良いかもしれない……。
けれど、私達人間は殻を食べないの。
好きな食べ物を目の前にして、食べれないのは辛いかもしれない。
でも、理解してニーラ!」
エイル姉ちゃんの説得に、ニーラは軽く頷いて言う。
「分かりました。
エビの中身だけ食べます。
でも、どうして人間はエビの殻を食べないのですか?」
エイル姉ちゃんは、思い出す様に言う。
「別の種類の小さなエビは、焼いて殻ごと食べることはあるわ。
でも、この種類のエビの殻は硬すぎて、人間には食べれないの。
たぶん、歯の強度が違うんだと思う」
ニーラは納得したみたいで、エビの中身だけ食べて言う。
「あんまり、美味しくない……。
でも、仕方ないですよね……」
ニーラは、クロワッサンを見て言う。
「これ、初めて見るパンです」
そう言ってニーラは、クロワッサンを取って匂いを嗅いだ。
「とっても良い香り。
フワフワで、外が少しだけパリッとしている」
そう言ったニーラはクロワッサンを一口食べる。
モグモグ、モグモグ。
ニーラはよほど驚いたらしく、再び高速で瞬きを始めた。
そして、俺を見て言う。
「こんなに美味しいパンを、今まで食べた事がありません。
このパンを、お姉様に食べさせてあげたい……」
ニーラはクロワッサンを握ったまま、魔城のある方角を向いた。
エイル姉ちゃんが言う。
「そのパンはクロワッサンと言って、トルムルが考案した新しいパンなのよ。
この生地を使って、さらに美味しいパンを夕食の時に出すから楽しみにして」
ニーラは俺を、尊敬の眼差しで見て言う。
「トルムル様は魔法だけでなく、パンを創造する才能もおありなんですね。
ぜひ、このパンの作り方を教えて下さい。
お父様を倒した後、お姉様に食べさせてあげたいのです。
きっと気にいると思います」
少し涙目になっているニーラ。
姉思いの、優しい気持ちが伝わってくる。
今まで、魔族は冷徹な種族と思っていたけれど、人間と変わらない心を持っている。
優しいニーラの為にも、魔王を倒さなければと思う。
「にーらに、おしえる。
いろいろな、ぱん、これからも、ぼく、こうあん、する。
エールねーたん、くろわったん、つくるの、とくい。
ねーたんから、おそわると、いい」
クロワッサンと、い、言えない……。
ほとんどの単語が言えるようになったのに……。
ニーラは笑顔で俺とエイル姉ちゃんに言う。
「トルムル様、エイル様、ありがとうございます。
こんなに美味しいパンの作り方を教えてもらえるなんて、とっても嬉しいです」
ニーラは今度、コーヒーミルクを手に持って匂いを嗅いでいる。
「これ、私の知らない飲み物です。
もしかして、これもトルムル様が考案した新しい飲み物なのですか?」
エイル姉ちゃんがビスコッティを指差して言う。
「トルムルが考えたコーヒーという飲み物で、ミルクと黒砂糖を入れて、子供でも飲みやすくしている。
そのビスコッティを、少しの時間浸して食べてみて」
ニーラは言われるままに、ビスコッティを1つ掴んでミルクコーヒーに浸して食べる。
モグモグ、モグモグ。
またしても、ニーラは瞼を高速で動かしている。
とても気に入ったみたいで、再びビスコッティをミルクコーヒーに浸して食べる。
モグモグ、モグモグ。
なん度も繰り返して、あっという間に食べ終わった。
そして、最後にミルクコーヒーを飲み干して言う。
「トルムル様って、天才です。
こんなに美味しいパンと、飲み物を考案できるなんて」
ニーラが言い終わると当時に、警告の鐘が鳴りだした!
カンカァ〜〜ン、カンカァ〜〜ン!
予め聞かされていた鐘の音色による違いで、魔物が遠くで居るのを発見したという知らせだった。
この船には巨大蛸足の超強力な攻撃魔法を付与した魔石を装備してあったので、魔物が襲って来ても何ら問題は無かった。
ニーラが初めて聞く鐘の音に心配顔で言う。
「この鐘の音は、何か異常が起きたのでしょうか?」
エイル姉ちゃんが、安心するように、ゆっくりとニーラに言う。
「大丈夫よ、魔物が襲って来ているだけ。
この船には、強力な攻撃魔法を付与している魔石があるから大丈夫よ、ニーラ」
ニーラは驚いて言う。
「魔物を殺さないで下さい!
お父様が、魔物を支配しているだけなんです!
アーテーによって魔力を高めたお父様は、人間世界に送り込む魔物達に、魔法によって意識を支配しているんです。
本来魔物は人間を襲わなく、心優しい生き物。
魔物が見える所まで、私を連れて行って下さい。
私なら、お父様に支配された魔物を元に戻せると思うんです」
え……?
マジなの!!
魔王によって支配された魔物を、ニーラは元の状態に戻せるって言ったよな。
人間の世界に来ている魔物は全て魔王に意識を支配されていたんだ。
でも、ニーラがそれを元に戻せるってどうゆう意味だろう。
もしかして……?
「まぞく、まもの、しはいできる、のうりょく、あるの?」
ニーラは軽く頷くと言う。
「私達魔族は、強制的に魔物を支配できる能力があります。
普通の魔族は、1匹ぐらい魔物の意識を支配できます。
でもこれは、忌まわしきものとして、封印されていた能力。
それをお父様が、狂気の神アーテーを召喚した事によって、その封印が解かれたのです。
それによって全ての魔族は、魔物を支配する能力が蘇ったのです。
忌まわしい能力ですが、逆に言えば支配から解放する事もできます。
魔物を助ける為に、私を魔物の見える所まで連れて行って下さい。
お願いします、トルムル様」
ニーラはそう言う、深く頭を下げる。
それを聞いた俺は、少なからずショックを受けた。
今までは、魔物を倒せばいいとばかり思っていた。
ニーラの言う通りだとすると、魔物には罪が無く、魔王に支配されている駒にしか過ぎない事になる。
とにかく今回は、ニーラの能力を確かめる必要がある。
俺はすぐにニーラに言う。
「ニーラ、えいるねーたん、ぼく、みはりだまで、いく」
ニーラは、綺麗に揃った白い歯を見せ、俺に笑って言う。
「ありがとうございます、トルムル様。
まだ使った事のない能力ですが、魔物を助ける為に全力を尽くします!」
ニーラに軽く頷くと、俺は重力魔法でエイル姉ちゃんの柔らかな胸に移動する。
エイル姉ちゃんは俺を強く抱きしめると、三人は急いで部屋を後にした。




