リトゥルとニーラ
翌日の昼、帆船は順風で予定の航路を進んでいる。
でも自然の順風ではなくて、エイル姉ちゃんの風の魔法によるものだ。
初級魔法である微風魔法でも、エイル姉ちゃんが発動すると、中級である強風魔法を通り越して、上級である突風魔法になってしまう。
それだと、常に突風が吹き荒れて、船の制御が難しい。
帆を広げて、程よい風にしなければならない。
エイル姉ちゃんは試行錯誤の末に、順風を魔法で発動する事ができた。
姉ちゃんは、俺に笑みを浮かべて言う
「やっと、順風を常に起こすコツを掴んだわ。
殆ど私の魔法を使わなくてもいいので、一日中でも大丈夫よ」
風の妖精と友好の儀式をしている姉ちゃんは、風の魔法を発動する時、少しの魔法でも大きな風を起こせるようになった。
凄いよね、俺だったら一日中は無理!
ドッガァ〜〜〜〜〜〜ン!!
突然、船の内部から爆音が聞こえてきた。
みんな大騒ぎになっている。
音がしたのは、俺とエイル姉ちゃんが寝ている部屋辺りからだ!
そこでは、リトゥルとニーラが言い争っている。
魔法で聴力を上げているので、船のどの場所でも会話は聞こえる。
ニーラが言う。
『貴方は誰なのですか?
それに、どうして私の顔を触るのです?』
ニーラは凄く怒っている声だ!
リトゥルが今度は言う。
『儂は元賢者の長、リトゥルじゃ!
おぬしの顔から汗が出ていたから、この布で拭こうとしただけじゃぞ。
それを、お前さんはいきなり起きてきて、儂に魔法を放ったんじゃ。
それで魔法をはねかえしたら、窓が吹き飛んでしもうたわ』
リトゥルも怒っている声だ!
今度はニーラが言う。
『寝ている人の体に触るというのは、攻撃をしているのではないのですか?』
すこし、困惑した声になっているニーラ。
魔族は、寝ている時に体を触ると攻撃と取るんだ。
人間と魔族の間では、習慣が違うから仕方ないか……。
でも、俺が泊まっている部屋の窓が吹き飛んだって……。
初冬なので、窓がないと寒いんですけれど。
あの二人を、部屋に残したのが間違いだった……。
エイル姉ちゃんに抱かれて、俺たちは部屋に急行する。
部屋の扉を開けると、二人は睨み合ったままだった。
ニーラが俺の顔を見ると、安心して言う。
「ハゲワシ様。
この人は本当に元賢者の長なのですか?
それに、寝ている私の顔を触ったので、攻撃だと思い反撃をしたのが、なぜ悪いのでしょうか?」
やっぱり、魔族と人間の習慣の違いだよ……。
善意から、リトゥルはニーラの顔の汗を布で拭こうとしただけ……、のはず。
窓を見ると、木っ端微塵に吹き飛ばされているよ〜〜!
そこから、冷たい冬の風が部屋の中に入っている。
船長をはじめ、ヒミン王女、ウール王女、スィーアル王子達も部屋に入って来た。
扉の外では野次馬が集まっている。
ニーラは攻撃態勢を崩していなくて、今にも攻撃魔法を発動しそう。
「ニーラ、おちつく。
みんな、ともだーち!」
俺は、小さな体で、できるだけ大きな声で言った。
俺の言葉を信じたのか、ニーラは攻撃体制をやめる。
さらに俺は、できるだけ優しい声でニーラに言う。
「リトールは、ぜんいーで、ニーラのかお、ふいた。
にんげんせかい、ふつう」
ニーラは高速で瞬きをしながら言う。
「人間の世界では、寝ている人の顔を触ってもいいのですか?」
ま、人間界でも他人から寝ている時にされると、警戒心は出るよな。
でも、いきなり攻撃はしないんだけれど……。
「ともだち、だいじょーぶ。
たにんだと、けいかーいする、おなじ。
ニーラと、リトゥル、ともだちになる」
エイル姉ちゃんが、リトゥルに少し不信の目で見て言う。
「リトゥル様は、寝ているニーラに引っ叩かれたのは昨日の事。
それなのに、なぜ同じ事を繰り返したのですか?」
そう言えば、そうだよな。
ニーラの手形が付くほど、強く引っ叩かれたのに……?」
リトゥルは悲しそうに言い始める。
「儂には、5歳の孫娘がいたんじゃ……。
しかし、流行病で亡くなった。
死ぬ間際に立ち会ったのじゃが、ニーラと同じ様に顔から汗をかいておった。
既に両親は流行病で亡くなっており、儂には残された最後の肉親じゃった。
衰弱していく孫に何もしてやれなかった。
治療師が来たのじゃが、この流行病に対して何もできないといったのじゃよ。
衰弱していく孫にできる事は、顔から流れ出る汗を拭き取るだけじゃった。
ニーラの寝ている顔を見ると、孫と同じ様に汗をかいていたんじゃ。
儂には、ニーラの汗を拭く事を止められなかった……。
孫とニーラを、儂は重ね合わせていたんだと思う……」
そうだったんだ。
だから、昨日と同じ様にニーラの汗を拭いたんだ。
それだったら、仕方ないよな。
たぶん、亡くなったお孫さんと重ね合わせた様に見えたんだ。
これからも習慣の違いで、ニーラは問題を起こしそう。
ニーラが人間の世界でこれから生活する為には、人間側の習慣を教える人が必要だよな。
えーと、誰がいいかな……?
リトゥル……?
今回の事は、リトゥルの親切心でこうなった。
彼は明らかに、ニーラに対して愛情を持っている。
それに、リトゥルは賢者の長をしていたから、人間世界の習慣は誰よりも知っている……、はず……?
すこしだけ、不安があるけれど……。
「リトゥルは、ニーラの、きょーいく、かかりに、なる。
にんげんの、しゅーかん、おしえる」
ニーラは高速で瞬きをしている。
リトゥルの方は最初、俺の提案に訳がわからない顔をしていた。
しかし、納得したみたいで、頭を縦に振りながら言う。
「ハゲワシ殿、それは名案じゃ。
年の功で、人間に関する習慣なら何でも知っておる」
え〜〜と。
自信あありげにリトゥルが言うと、かえって不安になるのは……、なぜなんだろう……?
でもこれで、取り敢えず一件落着〜〜!!




