出航
いよいよ処女航海に出航することになった。
船員に案内された部屋は、思っている以上に大きな部屋。
でも、俺1人ではなくエイル姉ちゃんと同じ部屋になる。
本来ならこの部屋は、船長の部屋。
船の後ろに位置するこの部屋は、海面から高い所にある。
後ろに突き出たバルコニーに出ると、素晴らしい景色に驚かされる。
今回はオーナーの俺をはじめ、多くの王族が乗り込んでいるので、船長は小さな部屋に移動になったらしい。
それを聞いた俺は、小さな部屋でお願いしますと言ったら断られた。
船のオーナーである俺を、小さな部屋にするのは、かえって船長が恐縮してしまうと……。
それは、理解はできる。
俺の素性を船長に知らせたので尚更だった。
船のオーナーでもあり、噂のハゲワシだと船長が知った時の顔を、今でもハッキリと覚えている。
何度も瞬きをして、俺を凝視していた。
そして、言葉を詰まらせながら聞いてきた。
『オッホッン……。
貴方様が、ほ、本当にハーリ商会の共同オーナーで、う、噂のハゲワシなのですか?』
嘘を言っても仕方ないので、俺は正直に言った。
『よろしゅ、く。
ぼくーが、オーナーで、ハゲワーシです』
まだ信じてない目付きだったので、俺はハゲワシに変身して、彼の周りを回った。
一周したら、元の赤ちゃんに戻った。
『し、信じられない事ですが、目の前で化けたので間違いがない……。
しかし……、それでもまだ信じられない……」
この船長も化けたと言った……。
何で皆んな、化けたって言うんだろうか……。
白髪が少し混じった髪の毛を、手でかきむしりながら理解しようとしている船長。
再度、横に居たスィーアル王子が言っても半信半疑の船長だった。
ま、仕方ないよな。
俺、まだ赤ちゃんだし……。
そんなことがあって、結局この部屋になった。
「新造船って、木の香りがして気持ちいいわね」
そう言ったのはエイル姉ちゃん。
できたばかりの船なので、木の香りが部屋中に充満している。
ふと、モージル妖精女王を見ると、いつもより元気が無い。
気になって聞いてみると、意外な返答が返ってくる。
『昨日、植物の妖精達の集まりがあって、杉の木と松の木の妖精に会ったのです。
彼らが言うには、種族の数が激減してきているので、何とかできないかと心痛な面持ちで相談されたのです』
え……?
それって、この新造船に使われている木だよね……。
新造船には、大量の木が必要。
この一隻だけでなく、世界中の港でたくさん作られている。
その為、杉の木と、松の木が大量に伐採されているんだ。
それって、俺のせいなの……?
ハーリ商会の共同オーナーである俺が、新造船を発注した。
その為、必要以上に木が伐採されていたんだ。
今の今まで、その事に全く気がつかなかった……。
俺が、杉と松を殺した……?
どうしよう……。
待てよ!?
元いた世界では、植林という方法があったよな。
苗木を植えて、育てる。
この世界では、木を伐採するだけで、後は自然に生えてくるのを待つだけ。
人間の世界が更に繁栄すると、木が大量に必要になる。
今回は、新造船を大量に発注したので、杉の木と、松の木の妖精が危機感を抱いたんだ。
この問題は、植林をする事によって解決するよな。
植林すると、苦労して山の奥深くに入って行き、港まで持ってくる手間も省ける。
それに、新たな産業が生まれ、そこで働く人達を大勢雇える。
まさに、一石二鳥……、三鳥にもなる。
我ながらいいアイデア。
投資したお金は、数年単位では回収出来ないけれど、2、30年単位で考えると十分に商売として成り立つ。
幸い、エイル姉ちゃんの彼氏は金持ち国のスィーアル第一王子。
王子に話せば資金を調達できる。
コーヒーの店を世界的に展開する話も、王子はその場で了解してくれたし。
もっとも、美味しいルバーブジャムの菓子パンを食べた後だったから……、か?
王子は美味しい物には目がなく、自他共に認める食いしん坊。
ま、それだからエイル姉ちゃんの彼氏になったんだけれど。
でもそれって、美味しい物で、王子に資金援助を了解させた……?
それに、モージル妖精女王の悩みが1つ減るしな。
さっそく、エイル姉ちゃんと、モージル妖精女王に言う。
モージル妖精女王がそれを聞いて、喜んでいる。
『流石は、トルムル様です。
瞬時に、私の悩みを解決できるなんて!』
モージル妖精女王は喜んでいるけれど、今度はドゥーヴルが困った顔になって言う。
『トルムルは凄いけれど、1ヶ月後に言って欲しかったよ。
何故なら、モージルが悩んでいる時は食欲が落ちるんだ。
つまり、お腹いっぱいたべれなくて、俺達の吐き気が無くなっていたんだ。
これだと、再びモージルは安心して、お腹いっぱい食べるよ』
……?
え〜〜と、それは3人で解決して。
エイル姉ちゃんの方を向くと、少し考えてから言い始める。
「分かったわ、スィーアル王子に植林という事業の資金援助を頼むのね。
付け加えるなら、松と杉だけでなく、檜や樫などの、私達が使う木も植林すればいいわね。
それにしても、トルムルはそんな事まで考えているなんて凄いわ。
木の妖精達も喜ぶし、新しい仕事が増えて人々も喜ぶわ」
エイル姉ちゃんは、今回も俺の考えを補足してくれた。
エイル姉ちゃんに合う妖精を本気で考えないとな。
エイル姉ちゃんは、風の妖精をお願いと言っていた。
風の妖精は、アトラ姉ちゃんにと以前は考えていた。
けれど、エイル姉ちゃんには、風の妖精が最も相応しいかもしれない。
風の妖精は精神を強化して、戦闘能力を底上げしてくれる。
そして、姉ちゃんが風の魔法を使う時、ランクが数段上がる。
更にもう一つ付け加えるなら、風の妖精はモージル妖精女王の右腕として、世界中を飛び回っていて、世界情勢を的確に把握している。
この世界で、最も金持ち国の王子を彼氏に持ったエイル姉ちゃんは、将来その国の王妃になりそう。
その時、影響力の強い国の王妃なので、一言一言が重みを増してくる。
風の妖精と友好の儀式をすれば、的確に世界情勢が分かって、筋の通った考えになる。
決まりだね。
「かぜの、ようちぇい、よんで。
エイル、ねーたんと、ぎしき、する」
それを聞いたエイル姉ちゃんは目を大きく開いて、両手で口を押さえた。
エイル姉ちゃんが、最も驚いた時に見せる動作だ!
モージル女王が言う。
『早速、妖精の国に帰って、風の妖精を連れてきます。
エイルさんには、風の妖精が良いと私も思っていたところでした。
それと、木の妖精達に先程の朗報も伝えたいと思います』
そう言って、王女は消えた。
◇
鐘が鳴って、いよいよ出航になった。
甲板にでると、埠頭には、見おくる人達で溢れていた。
風は順風で、滑るように埠頭を離れて行く。
船長が矢継ぎ早に指示を出しており、船乗り達がその指示に従って動いている。
ロープが網の目のように交差し、どのロープが、どの帆を動かすのか俺には分からなかった。
4本マストの帆船は港を出た。
少し波が荒くなり、船が上下左右に複雑な動きになっていく。
生まれて初めて味わう異変が、俺の体内で起こり始めた。
は、吐き気がしてきた……?
これって船酔い……?
更に吐き気が強くなって我慢ができなくなる。
抱いてもらっていたエイル姉ちゃんに緊急で言う。
「エイル、えーたん、きぶん、わるい。
せんしゅーつ、に、もどって!」
船室が言えなくて、せんしゅーつになってしまった。
イヤイヤ、今はそんな事を考えている暇はない。
吐き気が更に強くなっている……。
「トルムルは、もしかして船酔いなの?」
エイル姉ちゃんにそうだよと言って、すぐに船室に戻ってもらった。
まさか俺が船酔いするとは、想像もできなかった。
帆船の揺れが、ここまで激しいとは……。
今回、この船に乗った最大の目的がある。
将来、西の大陸に住んでいる魔王を倒すのは最終目的地。
その為には、俺が船団を率いて行く必要がある。
今回の最大の目的は、船の操艦に関する知識を得る事。
しかし、船団を率いて行くであろう俺が、船酔いとは……。
これでは、士気が上がるどころか、逆に下がってしまう。
俺に、こんな欠点があるとは……。
う〜〜ダメだ!
は、は、吐きそう。
俺は重力魔法で浮いて、トイレに飛んでいく。
トイレの中で浮いていると、急に吐き気が収まってくる。
……?
何で、吐き気が急に収まるんだ?
トイレから出て部屋に戻ると、部屋が上下左右に動いている。
でも、吐き気が収まっており、いつも通り。
そうか。
空中に浮かんでいるから、船酔を今はしていないんだ。
でもこれって、ずっと浮いていなくてはならないって事かな?
と、とにかく、しばらく浮いて対策を考えよう……。
ハゲワシに変身して、外に出てみようか?
そうすれば、操艦が少しは分かるよな。
それに、船員達の間に広まっている不安も取り除ける。
船員達の間では、魔物に襲われるのではと強く感じている。
今までに、多くの船が魔物に沈められたからだ。
でも、噂のハゲワシが船員達の前に姿を表すと安心をするはず。
エイル姉ちゃんにその事を言い、防寒の為に皮の防具を付けた。
この防具には、体が暖かくなる魔石を付与しているので、寒い外でも平気だ。
……?
念の為、もう一枚服を着る……。
ハゲワシに変身して、後ろの窓から外に飛び立った。
外は寒かったけれど、体は暖かい。
俺は更に上空に舞い上がって行く。
眼下を見ると、青い海原に浮かぶ帆船は、一枚の絵のように見応えがある。
俺は、船の周りを飛んで、船長の巧みな操艦を見始める。
船員達が俺に気が付きはじめた。
魔法で聴力をあげているので、船員達の会話がよく聞こえる。
「おい、あれは噂のハゲワシでは?」
「俺もそう思うぜ。
お前の言う通り、海の上に普通のハゲワシがいるはずないしな」
「王子が、この船は安全だと言ったのは、噂のハゲワシがこの船に乗船していたからなんだ」
「これで、安心して眠れるよな」
船員達の不安が、ハゲワシを見る事で無くなっている。
船長を見ると、笑顔で俺に小さく手を振っている。
ふと、下から何かが急速に接近している。
ウール王女が変身したハヤブサだ!
『トルムル、わたしも、いっしょにとぶ』
そう言ったウール王女は、俺の横に飛んで来て並んだ。
ウール王女もここが気に入ったみたいで、喜びの感情が伝わってくる。
気分は最高だ!!




