表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/195

出航

 いよいよ処女航海に出航することになった。

 船員に案内された部屋は、思っている以上に大きな部屋。


 でも、俺1人ではなくエイル姉ちゃんと同じ部屋になる。

 本来ならこの部屋は、船長の部屋。


 船の後ろに位置するこの部屋は、海面から高い所にある。

 後ろに突き出たバルコニーに出ると、素晴らしい景色に驚かされる。


 今回はオーナーの俺をはじめ、多くの王族が乗り込んでいるので、船長は小さな部屋に移動になったらしい。

 それを聞いた俺は、小さな部屋でお願いしますと言ったら断られた。


 船のオーナーである俺を、小さな部屋にするのは、かえって船長が恐縮してしまうと……。

 それは、理解はできる。


 俺の素性を船長に知らせたので尚更だった。

 船のオーナーでもあり、噂のハゲワシだと船長が知った時の顔を、今でもハッキリと覚えている。


 何度もまばたきをして、俺を凝視していた。

 そして、言葉を詰まらせながら聞いてきた。


『オッホッン……。

 貴方様が、ほ、本当にハーリ商会の共同オーナーで、う、噂のハゲワシなのですか?』


 嘘を言っても仕方ないので、俺は正直に言った。


『よろしゅ、く。

 ぼくーが、オーナーで、ハゲワーシです』


 まだ信じてない目付きだったので、俺はハゲワシに変身して、彼の周りを回った。

 一周したら、元の赤ちゃんに戻った。


『し、信じられない事ですが、目の前で化けたので間違いがない……。

 しかし……、それでもまだ信じられない……」


 この船長も化けたと言った……。

 何で皆んな、化けたって言うんだろうか……。


 白髪が少し混じった髪の毛を、手でかきむしりながら理解しようとしている船長。

 再度、横に居たスィーアル王子が言っても半信半疑の船長だった。


 ま、仕方ないよな。

 俺、まだ赤ちゃんだし……。



 そんなことがあって、結局この部屋になった。


「新造船って、木の香りがして気持ちいいわね」


 そう言ったのはエイル姉ちゃん。

 できたばかりの船なので、木の香りが部屋中に充満している。


 ふと、モージル妖精女王を見ると、いつもより元気が無い。

 気になって聞いてみると、意外な返答が返ってくる。


『昨日、植物の妖精達の集まりがあって、杉の木と松の木の妖精に会ったのです。

 彼らが言うには、種族の数が激減してきているので、何とかできないかと心痛な面持ちで相談されたのです』


 え……?

 それって、この新造船に使われている木だよね……。


 新造船には、大量の木が必要。

 この一隻だけでなく、世界中の港でたくさん作られている。


 その為、杉の木と、松の木が大量に伐採されているんだ。

 それって、俺のせいなの……?


 ハーリ商会の共同オーナーである俺が、新造船を発注した。

 その為、必要以上に木が伐採されていたんだ。


 今の今まで、その事に全く気がつかなかった……。

 俺が、杉と松を殺した……?


 どうしよう……。


 待てよ!?


 元いた世界では、植林という方法があったよな。

 苗木を植えて、育てる。


 この世界では、木を伐採するだけで、後は自然に生えてくるのを待つだけ。

 人間の世界が更に繁栄すると、木が大量に必要になる。


 今回は、新造船を大量に発注したので、杉の木と、松の木の妖精が危機感を抱いたんだ。

 この問題は、植林をする事によって解決するよな。


 植林すると、苦労して山の奥深くに入って行き、港まで持ってくる手間も省ける。

 それに、新たな産業が生まれ、そこで働く人達を大勢雇える。


 まさに、一石二鳥……、三鳥にもなる。

 我ながらいいアイデア。


 投資したお金は、数年単位では回収出来ないけれど、2、30年単位で考えると十分に商売として成り立つ。

 幸い、エイル姉ちゃんの彼氏は金持ち国のスィーアル第一王子。


 王子に話せば資金を調達できる。

 コーヒーの店を世界的に展開する話も、王子はその場で了解してくれたし。


 もっとも、美味しいルバーブジャムの菓子パンを食べた後だったから……、か?

 王子は美味しい物には目がなく、自他共に認める食いしん坊。


 ま、それだからエイル姉ちゃんの彼氏になったんだけれど。

 でもそれって、美味しい物で、王子に資金援助を了解させた……?



 それに、モージル妖精女王の悩みが1つ減るしな。

 さっそく、エイル姉ちゃんと、モージル妖精女王に言う。


 モージル妖精女王がそれを聞いて、喜んでいる。


『流石は、トルムル様です。

 瞬時に、私の悩みを解決できるなんて!』


 モージル妖精女王は喜んでいるけれど、今度はドゥーヴルが困った顔になって言う。


『トルムルは凄いけれど、1ヶ月後に言って欲しかったよ。

 何故なら、モージルが悩んでいる時は食欲が落ちるんだ。


 つまり、お腹いっぱいたべれなくて、俺達の吐き気が無くなっていたんだ。

 これだと、再びモージルは安心して、お腹いっぱい食べるよ』


 ……?

 え〜〜と、それは3人で解決して。


 エイル姉ちゃんの方を向くと、少し考えてから言い始める。


「分かったわ、スィーアル王子に植林という事業の資金援助を頼むのね。

 付け加えるなら、松と杉だけでなく、ひのきかしなどの、私達が使う木も植林すればいいわね。


 それにしても、トルムルはそんな事まで考えているなんて凄いわ。

 木の妖精達も喜ぶし、新しい仕事が増えて人々も喜ぶわ」


 エイル姉ちゃんは、今回も俺の考えを補足してくれた。

 エイル姉ちゃんに合う妖精を本気で考えないとな。


 エイル姉ちゃんは、風の妖精をお願いと言っていた。

 風の妖精は、アトラ姉ちゃんにと以前は考えていた。


 けれど、エイル姉ちゃんには、風の妖精が最も相応しいかもしれない。

 風の妖精は精神を強化して、戦闘能力を底上げしてくれる。


 そして、姉ちゃんが風の魔法を使う時、ランクが数段上がる。

 更にもう一つ付け加えるなら、風の妖精はモージル妖精女王の右腕として、世界中を飛び回っていて、世界情勢を的確に把握している。


 この世界で、最も金持ち国の王子を彼氏に持ったエイル姉ちゃんは、将来その国の王妃になりそう。

 その時、影響力の強い国の王妃なので、一言一言が重みを増してくる。


 風の妖精と友好の儀式をすれば、的確に世界情勢が分かって、筋の通った考えになる。

 決まりだね。


「かぜの、ようちぇい、よんで。

 エイル、ねーたんと、ぎしき、する」


 それを聞いたエイル姉ちゃんは目を大きく開いて、両手で口を押さえた。

 エイル姉ちゃんが、最も驚いた時に見せる動作だ!


 モージル女王が言う。


『早速、妖精の国に帰って、風の妖精を連れてきます。

 エイルさんには、風の妖精が良いと私も思っていたところでした。


 それと、木の妖精達に先程の朗報も伝えたいと思います』


 そう言って、王女は消えた。


 ◇


 鐘が鳴って、いよいよ出航になった。

 甲板にでると、埠頭ふとうには、見おくる人達で溢れていた。


 風は順風じゅんぷうで、滑るように埠頭を離れて行く。

 船長が矢継ぎ早に指示を出しており、船乗り達がその指示に従って動いている。


 ロープが網の目のように交差し、どのロープが、どの帆を動かすのか俺には分からなかった。

 4本マストの帆船は港を出た。


 少し波が荒くなり、船が上下左右に複雑な動きになっていく。

 生まれて初めて味わう異変が、俺の体内で起こり始めた。


 は、吐き気がしてきた……?

 これって船酔い……?


 更に吐き気が強くなって我慢ができなくなる。

 抱いてもらっていたエイル姉ちゃんに緊急で言う。


「エイル、えーたん、きぶん、わるい。

 せんしゅーつ、に、もどって!」


 船室が言えなくて、せんしゅーつになってしまった。

 イヤイヤ、今はそんな事を考えている暇はない。


 吐き気が更に強くなっている……。


「トルムルは、もしかして船酔いなの?」


 エイル姉ちゃんにそうだよと言って、すぐに船室に戻ってもらった。


 まさか俺が船酔いするとは、想像もできなかった。

 帆船の揺れが、ここまで激しいとは……。


 今回、この船に乗った最大の目的がある。


 将来、西の大陸に住んでいる魔王を倒すのは最終目的地。

 その為には、俺が船団を率いて行く必要がある。


 今回の最大の目的は、船の操艦に関する知識を得る事。

 しかし、船団を率いて行くであろう俺が、船酔いとは……。



 これでは、士気が上がるどころか、逆に下がってしまう。


 俺に、こんな欠点があるとは……。


 う〜〜ダメだ!

 は、は、吐きそう。


 俺は重力魔法で浮いて、トイレに飛んでいく。

 トイレの中で浮いていると、急に吐き気が収まってくる。


 ……?

 何で、吐き気が急に収まるんだ?


 トイレから出て部屋に戻ると、部屋が上下左右に動いている。

 でも、吐き気が収まっており、いつも通り。


 そうか。

 空中に浮かんでいるから、船酔を今はしていないんだ。


 でもこれって、ずっと浮いていなくてはならないって事かな?


 と、とにかく、しばらく浮いて対策を考えよう……。


 ハゲワシに変身して、外に出てみようか?

 そうすれば、操艦が少しは分かるよな。


 それに、船員達の間に広まっている不安も取り除ける。

 船員達の間では、魔物に襲われるのではと強く感じている。


 今までに、多くの船が魔物に沈められたからだ。

 でも、噂のハゲワシが船員達の前に姿を表すと安心をするはず。


 エイル姉ちゃんにその事を言い、防寒の為に皮の防具を付けた。

 この防具には、体が暖かくなる魔石を付与しているので、寒い外でも平気だ。


 ……?

 念の為、もう一枚服を着る……。


 ハゲワシに変身して、後ろの窓から外に飛び立った。

 外は寒かったけれど、体は暖かい。


 俺は更に上空に舞い上がって行く。


 眼下を見ると、青い海原に浮かぶ帆船は、一枚の絵のように見応えがある。

 俺は、船の周りを飛んで、船長のたくみな操艦を見始める。


 船員達が俺に気が付きはじめた。

 魔法で聴力をあげているので、船員達の会話がよく聞こえる。


「おい、あれは噂のハゲワシでは?」


「俺もそう思うぜ。

 お前の言う通り、海の上に普通のハゲワシがいるはずないしな」


「王子が、この船は安全だと言ったのは、噂のハゲワシがこの船に乗船していたからなんだ」


「これで、安心して眠れるよな」


 船員達の不安が、ハゲワシを見る事で無くなっている。

 船長を見ると、笑顔で俺に小さく手を振っている。


 ふと、下から何かが急速に接近している。

 ウール王女が変身したハヤブサだ!


『トルムル、わたしも、いっしょにとぶ』


 そう言ったウール王女は、俺の横に飛んで来て並んだ。

 ウール王女もここが気に入ったみたいで、喜びの感情が伝わってくる。


 気分は最高だ!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ