コーヒーとビスコッティ
元賢者の長であるリトゥルが、腰をさすりながらヒミン王女に言う。
「ところで、どうしてハゲワシ殿の所に、ヒミングレーヴァ王女が来られたのかな?」
ヒミン王女は俺を見る。
ビスコッティとコーヒーの試食に、リトゥルも参加してもいいかという打診をしてきた。
俺は少し考えて、軽く頷く。
老若男女の、あらゆる人達に食べてもらった方が良いと判断した。
リトゥルのような老人に受け入れてもらえれば、広い層で支持をもらえ、世界的に売る目安になる。
「最前線で戦う時に取る携帯食をトルムル様がお考えになり、それを作って試食する為に来ました。
栄養価が高くて、とても美味しいのではと言っています。
それと、眠気の為に今までコーヒーの豆をそのまま食べていたのですが、美味しく飲み物として変わるのではとも。
少し焦がして粉にし、お茶の様に飲んだらどうだと。
リトゥル様も試食なさいますか?」
リトゥルは、俺を見て言う。
「ハゲワシ殿は、戦闘用の携帯食までも考えるのか?
それに、あの不味いコーヒー豆が美味しく飲める……?
とても信じがたい。
興味があるので、是非ともお願いしたい。
今まで美味しい食べ物を知っている儂が、これから試食係になろうぞ」
……?
あのう〜〜。
すでに試食係は、俺の横に浮かんでいるんですけれど。
それに、生きている年数からしたら、モージル妖精妖精女王に比べると、比較にならないよ。
さっそく、ビスコッティを作り始める。
家庭用の石窯だったけれど、試食なので、ここにいる人達には十分にいきわたる。
モージル女王達の為に、小さなビスコッティも忘れずに焼く。
普通サイズだと、王女の顔と同じぐらいになり、到底食べれないから。
2度焼きしている合間に、コーヒー豆の焙煎を始める。
コーヒーの妖精によると、この大陸には7種類のコーヒーの木があると言っていた。
それらを焙煎していくと、懐かしい香りがしてくる。
でも、コーヒーの妖精が、エイル姉ちゃんを睨んでいる……。
姉ちゃんは、まだ妖精が見えないから、この殺気が伝わらないかも。
一応、妖精には説明はしたのだけれど……。
大事なコーヒーの木のタネを焙煎……、殺している様に見えるんだろうね。
やっぱり……。
焙煎しているエイル姉ちゃんが興奮しながら言う。
「なんて芳ばしい香り。
早く飲んでみたいわ」
近くにいた人達も、同意見みたいで頷いている。
コーヒーの入れ方には色々あるけれど、今回はペーパードリップ式で入れた。
紙は普段使っている紙で代用。
書くには荒いけれど、コーヒーのフィルターとしてはちょうど良い。
最初からブラックは苦いと思うので、ミルクと黒砂糖を入れる。
俺とウール王女には、ミルクたっぷり入れて、少量だけ飲んだ。
赤ちゃんには、コーヒーはあまり身体にはよくないので……。
でも、久し振りに飲んだコーヒーは、凄く美味しかった!
「これ、美味しいわ。
癖になりそうな飲み物ね」
エイル姉ちゃんはそれだけ言うと、堪能しながらコーヒーを飲み続ける。
今度はヒミン王女が、目を輝かせながら言う。
「こんなに美味しい飲み物を考えるトルムル様は流石です。
これだと誰でも好きになれると思います。
甘さの嫌いな方は黒砂糖を控えるか、ミルクだけにすればいいですね。
なによりも、これで夜の見張りで居眠りをする人達が激減しそうです」
リトゥルが、首を上下に振りながら俺に言う。
「儂は砂糖もミルクも嫌いで、このコーヒーだけを飲んでいるのだが、美味い。
苦味が程よくて、香りが何よりも心を落ち着かせる。
もっと、若い時にこれを知れば、たくさん飲めたのに……。
それだけが悔やまれる……」
あのね。
そこまで悲観的にならなくても、これからいっぱい飲めばいいよ。
あ、モージル女王も気に入ったみたい。
『流石、トルムル様です。
長年生きてきましたが、この様な美味しい飲み物は初めてです。
トルムル様に付いて来て、本当に良かったと思いました」
……?
やっぱり、美味しいものを飲む……、為に、妖精国に帰らないんだ。
そろそろ、ビスコッティが焼ける頃。
エイル姉ちゃんに言って、2度焼きしたビスコッティを石窯から取り出してもらう。
芳ばしい臭いが部屋中に再び充満する。
コーヒーとは違った香りに、心を癒される思いが……。
おっと、みんなに、食べ方を教えないと。
隣にウール王女が居るので、王女に最初に試食してもらおう。
俺はさっきのミルクたっぷり入れたコーヒーに、小さめのビスコッティを入れた。
余り時間を置くと柔らかくなりすぎるので、丁度食べ頃になった時に出す。
そして、ウール王女の口に近づける。
ウール王女は可愛い口を開けて、柔らかくなったビスコッティを食べる。
モグモグモグ。
すぐ近くにいるので、ウール王女がビスコッティを食べる音がきこえる。
ウール王女の顔が段々と笑顔になって言う。
「わたーし、これ、すきー。
まいにち、でーも、たべられーる。
トームルとおなじー、ぐらいすきー」
え……?
俺と同じくらいって……、それって褒めているの?
それとも、ビスコッティと俺は同じ価値なの?
う〜〜、複雑な心境。
たべ方が分かったので、他のみんなも食べ始める。
2度焼きした非常に硬いビスコッティを食べれるのかと、心配顔だった父ちゃんが笑顔になって言う。
「これは驚きだよトルムル。
まさか、あの硬いパンが、こんなにも美味しく、柔らかくなって食べれるなんて!
しかも、卵やナッツ、更には干しぶどうが入っているので栄養も十分補給できる。
これは朝ごはんにぴったりだね。
それに、このコーヒーとの相性も良い。
クロワッサンも美味しいけれど、これも同じくらい美味しいよ。
ナタリーにも食べさせたかったよ」
ギクッ、とした俺。
亡くなった母ちゃんに、本当は食べて欲しかった。
でも、もういない……。
母ちゃんごめんね。
これが終わったら、母ちゃんのお墓に、これらを持って行こう。
きっと、母ちゃんも喜ぶ。
エイル姉ちゃんを見ると、よほど美味しかったみたいで、最初のビスコッティを食べ終えていた。
さすが、食べるのが早い姉ちゃん。
次のを取って、2個目を食べ始めている。
モージル女王達も食べており、手が二本しかないので言い争いをしている。
『モージルばかり食べないで、俺たちにも食べさてくれよ』
ドゥーヴルがモージル女王を睨みつけて言っている。
珍しく、マグニも言っている。
『ぼ、僕も食べたいんだけれど……』
夢中で食べている王女が、一息入れて2人に言っている。
『もう少し待って!!
こんなに美味しいのは初めて……。
もう少し食べてから……』
更に食べ続ける、モージル女王。
ヒドラって頭が3つなのに、手が2つしかないので、モージル女王が手を動かしいるんだ。
それは、ドゥーヴルとマグニは不満が溜まるよね。
ドゥーヴルの歪んだ性格と、内気なマグニはここからきているのかな……?
とにかく……。
美味しいみたいだから良し、としよう。
そういえば、ハーリ商会のスールさんは?
スールさんは七種類のコーヒー全部試飲していたし。
今度は、それぞれにビスコッティを浸して食べている。
商品としての価値を見出そうとしているかの様だ。
「トルムルさんが考案したコーヒーとビスコッティは、どちらも画期的なアイデアです。
これらを最大限に生かすには、コーヒー専門店を新たにつくった方がいいと思うのです。
新たな資金源が必要なのが悩みの種ですが……」
夢中で食べていたエイル姉ちゃんが、突然食べるのを止めた。
スールさんの方を向くと、今まで見せたことのない様な、真剣な表情で言う。
「サンラース国のシィーアル王子がお帰りになられる時に言っていました。
『トルムル様が考案したコーヒーとビスコッティに、もし投資が必要ならば私に声をかけて下さい』と。
来月私達は、彼の国で完成予定の新造船での処女航海に招待されています。
その時に、スールさんの先ほど言われた事を彼に話せば、資金に関しては問題なくなると思うのです。
コーヒーとビスコッティを向こうの国で私が作れば、これだけ美味しいですから彼は了承すると思いますよ」
ほ、本当にこれがエイル姉ちゃん……?
信じられない!
王子を彼氏に持つと、本当に激変してしまった姉ちゃん。
今までだったら、最後まで脇目も振らず食べ続けていたのに!
「そうですか。
それは、是非ともお願いします。
これからは、新たにコーヒーの木を栽培する人達が激増するでしょう。
雇用も生まれますし、何よりも美味しいですし」
それを聞いていたコーヒーの妖精は、先ほどとは打って変わって大喜びしている。
種を焙煎した時と比べると、真逆だよね。
ただ、ウール王女と一緒にいるハヤブサの妖精だけは、この中でただ1人素知らぬ顔をしている。
肉食のハヤブサだからか……?
とにかく、コーヒーとビスコッティは、予想以上に好評だったのでよかったよ。
後は、新造船の処女航海の前に、やっておかねければならない事がある。
賢者の長に化けている魔物を倒す事!
元賢者長だったリトゥルが、命をかけて持ってきてくれた情報。
俺は頭を切り替えて、どうやって魔物を倒すかを考え始めていた。




