ババア
大きな音がしたので、父ちゃんが急いで駆けつけて来た。
「何か折れる音がしたけれど、トルムルは大丈夫なのか?」
父ちゃんに言われて、骨が折れてないか自分で確認すると、どこも折れていなかった。
本がぶつかった所と、頭の後ろが少し痛いだけだった。
口に入れていたオシャブリを手に持って、俺は父ちゃんに言う。
「バ、バッブー」
俺は右手を上げて、大丈夫と父ちゃんに言ったつもりが、やはり言葉にならなかった。
父ちゃんは俺を抱き上げてくれて、ベッドを見回している。
「格子が4本折れている。
それに、この本は確か本棚にあったのだが……?」
お父ちゃんは俺をジッと見た。
まるで、俺がこれをやったのではと疑っている。
「もしかして、トルムルがこれをやったのかい?」
「バブゥー」
俺は、正直にそうだと言った。
そして、折れた格子と本を右手で指し示して、最後に自分を指した。
父ちゃんは目を見開いて、俺をジーーーーと見た。
下顎が下がり始めて、父ちゃんが何かを言おうとしたけど首を振ってやめる。
父ちゃんは、再び決意したように俺に話しかけた。
「もしかして……、トルムルは父さんの言う事が分かるのかい?」
ここは、正直に言った方が良いと思った。
父ちゃんにとってはショックが増えるけれど、俺にとっては大賢者になる為の勉強ができる。
俺は右手を上げて言った。
「バブー」
父ちゃんは、まだ疑っているみたいだった。
俺は再び本を動かす事に決めた。
今度は元の棚に戻すことにした。
ゆっくりと移動するイメージも加えて、右手から重力魔法を発動した。
スーーーーーーーー。
コトン。
今度は思った通り、ゆっくりと本が空中を飛んで元の本棚に収まった。
「バブブーー」
父ちゃんは、ベッドと本棚を何回も見た。
「し、信じられない事だけれども、目の前で見ているから間違いのない事。
トルムルがこの魔法を使った!
そ、それに。……ト、トルムルは字が……、もしかして読めるのかい?」
「バブゥー」
「えーと?
そうだ! 父さんが字を書くから、それを読んでくれないか」
そう言って父ちゃんは、俺を抱いたまま作業机に座った。
近くにあった紙とペンで《鼻》と書いた。
俺はすぐに、右手の人差し指で、自分の鼻を指した。
今度は鼻の字の前に《父さん》と書いた。
続けて読むと、《父さん、鼻》になる。
もちろん父ちゃんの鼻を指し示した。
「これは驚いた!
トルムルは字が読めるんだ!
亡くなったお母さんが、胎内教育でお腹の上から話しかけてくれたからなんだね。
トルムルは、さっきの本が読みたいのかい?」
俺は、さっきの本を指し示して、次に自分の目を指した。
「そうか、トルムルはこの本が読みたいんだね」
そう言うと、父ちゃんは本棚からその本を取って、俺の前に置いてくれた。
「それにしても驚かされるよ。
この本は専門書で、学園を卒業した人達が読む本だからね。
……よし、分かった!
トルムルの好きな本を、好きなだけ読むといい。
でも、家族以外の前では、決して本を読まないこと!
分かったかい?」
俺は右手を上げて言う。
「バブゥー」
「右手を上げて返事をしても、未だに信じられない。
まさに、奇跡としか言いようが無い」
父ちゃんはそれから、赤ちゃん用の椅子に座らせてくれた。
初めて座った椅子には、小さな歯型がいくつもあって思わず笑った。
ここにも姉ちゃん達の痕跡があったのが、とてもうれしかった。
オシャブリを再び口に入れる。
体が赤ちゃんなので、オシャブリは精神安定に寄与している。
最初は拒否したのだけれど……。
体がすぐに馴染んでしまい……。
今では、これなしではやっていけない。
俺は赤ちゃんなのだと、再確認した瞬間だった……?
本を読み始める。
最初は心得とか歴史などの話だった。
読んでいくと、読みたい箇所が見つかった。
《手から魔法を発動するのは、その時の人の意思による。
しかし、魔石に付与された魔法は、一定条件下で魔法が発動する》と書かれてあった。
アトラ姉ちゃんに抱かれた時、息ができなくて死にそうになっても魔法が発動しなかった。
つまり、攻撃とか、不意のアクシデントしか防御魔法は発動しない。
そうすると、アトラ姉ちゃんが愛情を持って俺を抱きしめる行為には、魔石の防御魔法が発動しないことになる。
アトラ姉ちゃんの愛情、恐るべし!
更にページを読むと、肝心な箇所を見つけた。
《魔石に、スキルを付与する人の魔法によって決まる。
つまり、火炎魔法のスキルを持っている者のみが、魔石に火炎魔法を付与出来る》
《魔石に魔法を付与する時は、呪文を唱えなければ付与できない。
しかし、熟練してくると、呪文を唱えなくても瞬時に魔石に魔法を付与する事が出来る。》
次のページには、呪文が書かれてあった。
《天地の神々よ、私はこの魔石に魔法を付与します……》
スキルの意味は分かった。
呪文はどうやら、精神を統一させる意味合いが強いのでは思った。
「いらっしゃいませ」
父ちゃんが、大きな声で言った。
お客さんに言っているのではなくて、俺に言っているようだった。
父ちゃんとの約束を思い出して、本を読むのをやめた。
入って来たお客さんを見ると、かなり太った叔母さんだった。
「私が頼んでいた物はできているかしら?」
「はい。トルムルが座っている上の棚にあります」
父ちゃんがそう言って立ち上がろうとすると、そのおばさんが言った。
「いいわよ。私が持って来るから」
そう言うとおばさんが、俺の近くに来た。
おばさんが俺を見たので、父ちゃんを助ける意味で営業笑いをした。
「ばぶぶー」
「あらー、トルムルちゃんは、おばさんが好きなのね」
そう言ったおばさんは俺を抱き上げようとした。
若くてキレイなお姉ちゃん達に抱かれるのは好きだけれど……。
「ババァー」
……あ……?
嫌だと言おうとしたら、ババアに近い発音になってしまった。
おばさんは、凄い目で俺を睨みつけている。
「バブゥー」
俺は普通に言い直して、誤解を解こうとした。
「もしかして……?
トルムルちゃんは、最初にババアと言ったの?」
あ……?
やっぱり、そう聞こえたの。
どうしよう……?