そろそろ本気で
畏怖の目で見ている男の人に、俺はできるだけ優しく言う。
「だー、じょー、ぶー?」
うーー、これが精一杯だ。
これ以上、上手に言えない。
「あ、ありがとう。
君は……、人間だよね?」
え……?
ウッソォ〜〜〜〜〜!
俺は、どう見ても人間の赤ちゃんだよ。
どうして、そういう思考になるの……?
俺は自分を指さして言う。
「トームル。
おー、なの、こ。ぶー、じー」
女の子を心配していると思って俺は言った。
親だから、きっと安否を知りたいよな。
乳飲み子を抱えているお母さんが、男の人の前に出て来た。
そして、俺の近くに来て心配顔で言う。
「3歳の女の子なのですが、無事なのですね?」
意識をヒミン王女に向けると、女の子とこちらに歩いて来ているのが分かった。
「とう。ぶー、じー。
こっち、くーるー」
「本当ですか?
ありがとうございます。トームルさん」
お母さんは笑顔になり、俺に深々と頭を下げた。
えーと、トームルではないのだけれど……。
現状では仕方ないよな。
これ以上、上手く言えないからな。
でも、せめて自分の名前を言いたい!
「お母さ〜〜ん!」
女の子がお母さんの方に走っている。
嬉し涙を流しながら。
「エルナ、どこも怪我は無いの。
痛い所は?」
「お母さん、だいじょうぶ。
赤ちゃんがね、ゴブリンをやっつけたんだよ。
あっというまに、えーと。ま・せ・き、にかえたんだよ」
女の子は嬉しそうにお母さんに報告をしている。
嬉しいよな、女の子が無事で。
「トームルさんに、ちゃんとお礼を言ったの?」
「うん。もうしたよ。
泣いたけど、あのお姉さんがここまで連れて来てくれたんだ」
ヒミン王女が近付いて来て、挨拶をする。
「お久しぶりです。
スールさん、グナーさん」
ヒミン王女の知り合いなんだね。
良かった〜〜。
これで、ハゲワシに変身するのを忘れたのは何とかなりそう。
それに、ヒミン王女が俺を睨みつけてないしな。
男の人が背筋を伸ばしている。
突然王女が現れたのに驚いていたけれど、王族に対する礼儀は心得ているみたい。
「ヒミングレーヴァ王女、お久し振りでございます。
私達を助けて頂いて、本当に有難う御座いました」
そう言うと両親は、ヒミン王女に深々とお辞儀をした。
「私は何もしていないのですよ。
全てのゴブリンを倒したのは、こちらのトルムル様なのです。
女の子が危険と教えてくれたのも彼なのです。
もうすでに気が付いていると思いますが、彼は他に類を見ない程の圧倒的な魔力を持っているのです。
彼に関しては国家機密になりますので、何卒内密にお願いします」
スールさんとグナーさんは、再び俺を見て深々とお辞儀をした。
男性のスールさんが、何かを思い出していう。
「そのう〜〜。
まことに申し上げにくいのですが、もしかして噂のハゲワシはトルムル様ではないでしょうか?
まだ赤ちゃんなので……、頭の毛が薄いのでそう思ったのです。
いえいえ、悪気で言っているのは無くて。
それに、ゴブリンを瞬時に倒した圧倒的な魔力は、噂のハゲワシに通じるものを感じたのです」
正解だけれど、頭の毛……、ですか……。
やっぱり、育毛剤探そうかな?
「はいそうなのです。
彼がハゲワシになって、今までにミノタウルス、山賊、ワイバーンを倒してきました」
スールさんが目を輝かせなが俺に言う。
「実は私達、エル・フィロソファー国からの噂を耳にしたのです。
強大な魔力を持ったハゲワシが現れて、ミノタウルスを魔石に変えていったと。
ムルマルム国では、あのワイバーンでさえも1日のうちに全て叩き落として、魔石に変えていった。
ハゲワシが最初に現れたのがエル・フィロソファー国ですから、そこに住んでいるのではと推測をしたのです。
できるならその方に会って、港町の魔物を退治して欲しいと思っていたのです。
このままでは多くの人々が路頭に迷い、国の経済が大幅に悪化しているのです。
私たちが持っていた船の半数がカリュブディスと部下達によって沈められてしまいました。
これでは漁はもちろんのこと、各国との貿易も途絶えた状態になっているのです。
トルムル様、カリュブディスを倒して頂けないでしょうか?
謝礼は……、できないのですが……。
それで考えたのが、ハーリ商会の共同オーナーとして、経営を共にしても良いと私は思っているのです。
それで謝礼を払いたいと思っているのですが、如何でしょうか?」
予想以上にシブ姉ちゃんの国の経済は悪いみたい。
でも、カリュブディスを倒すことが、俺にできるんだろうか……?
それに、謝礼が共同オーナーだって!
俺、まだ赤ちゃんなんですけれど……。
「突然のお申し込みで、トルムル様が珍しく固まっています。
彼に、考える時間を与えて上げて下さい」
「勿論です。
こちらこそ、すみませんでした。
会って、すぐにこの様な話をしまして。
それで、ヒミングレーヴァ王女達はどちらに行かれるのですか?」
「彼のお姉さんが、スールさんの住んでいるスーキル国の治療師をしています。
彼女の要請で、国に広まりつつある疫病を調査しに行く所なのです」
「そうですか。
それも困った問題なのです。
私の知人も病気にかかって亡くなりました。
病の調査をお姉さまから依頼されたのは、トルムル様なのですか?」
「おっしゃる通りなのです。
彼は何人もの命を救いましたし、数多くの怪我人を治されたのです。
彼は治癒に関しても、並外れた能力を持っているのです」
「それは凄いですね。
もはや、賢者に相応しい働きぶりです。
それに比べ、賢者の塔の人達は……」
ヤッパリ、賢者の塔はおかしいんだ。
俺と、相性が合わなさそう。
エイル姉ちゃんがやっと来て、自己紹介をする。
スールさんがエイル姉ちゃんの名字を聞いて何か引っかかったみたい。
「エイルさんはもしかして、ドールグスヴァリ様の娘さんではないですか?」
「はい、そうです。
それと、トルムルは私の弟で、父さんと3人で一緒に住んでいます」
スールさんは、また俺を見て言う。
「実は、有名な付与師であるドールグスヴァリ様にも会いに行く所だったのです。
ゴブリンの魔石の上を、ツルが一日中飛んでいる商品を最初に見た時には驚きました。
これは、世界的に売れる商品ではと直感で思ったのです。
彼が新しく開発した商品の販売権を譲ってもらえないかと、交渉しに行く所だったのです。
ですが……、もしかして……?
失礼しました。
今までの話の流れからしまして、新しい商品を開発なされたのはトルムル様ではないでしょうか?」
エイル姉ちゃんは当然と言う感じで言う。
「はい。
この商品はトルムルが開発から製造までしています。
トルムルは今。ドラゴンが飛ぶ商品の開発をしているところなんですよ」
エイル姉ちゃん、それは余分な話だよ……。
まだ、上手く出来ていないんだよな。
実際に、ドラゴンが飛ぶ所を見ないと、細かな所まで再現できないんだ。
試作品はいくつか作ったけれど、父ちゃんが納得してくれなかった。
父ちゃんが納得してくれないと、店で売ってもらえないからね。
「それは素晴らしいです。
まさか、こんな奇跡が起ころうとは!
私が会いたがっていた2人の人物が同じ人で。
さらに、家族も助けて頂いた。
トルムル様。これからもお世話になります。
今後とも宜しくお願い致します」
スールさんはそう言うと、再び俺に深いお辞儀をした。
俺も、同じくお辞儀をする。
この人とは、長い付き合いになる予感がする。
今まで逃げ腰だったカリュブディス退治。
そろそろ本気をだして、カリュブディスを倒さないといけないよな。
人の為に、魔物を退治するのが大賢者を目指す俺の役目。
各国にいる姉ちゃん達を、呼ぶかな……。




