最後のお別れ
一週間後。
俺のぼやけた目線から見える景色はオッパイの洪水だった。
右を見ても左を見ても、そして前を見てもオッパイだらけ。
近くでこれだけたくさん見ると、嬉しいよりは恐怖を俺は感じている。
そして、一際大きなオッパイを見た。
長女のあまりの大きさに、俺は驚愕した。
もちろん、オッパイもだけれど、腕の太さは俺の胴体と同じくらいある。
背も高くて、お父さんが低く見える。
もしかして、母ちゃんは背が高い?
「この子がトルムルなんだね」
そう言うと、アトラ姉ちゃんは俺を抱き上げると、巨大な胸の谷間にぎゅっと俺を抱きしめた。
く、く苦しい!
う、嬉しいけど、これは苦しい!
ア、アトラ姉ちゃん、力入れすぎで、……い、息ができない!
あまりの苦しさに、俺は思いっきり大暴れをした。
エイル姉ちゃんが突然、アトラ姉ちゃんに怒り出した。
「アトラ姉さん、やめて!
トルムルが苦しがっているわ」
エイル姉ちゃん、怒ると怖い?
「エイル、何を怒っているんだね。
トルムルを抱いているだけだろう?」
そう言うと、更にぎゅっと抱きしめた。
さっきよりも更に苦しくなり、俺は意識を失いかけた……。
その時、エイル姉ちゃんがアトラ姉ちゃんから俺を抱き上げて救ってくれた。
「トルムルはまだ赤ちゃんなのよ!
優しく抱いてあげないと、死んでしまうわ!」
あ、ありがとう、エイル姉ちゃん。
し、死ぬところだった。
エイル姉ちゃんの気迫に負けて、アトラ姉ちゃんは肩をすぼめている。
そして、申し訳なさそうな顔に変わっていた。
「ごめんな。
つい嬉しくってさ、思いっきり抱いたんだけれど……?」
やっぱりアトラ姉ちゃん、思いっきり俺を抱いたんだ。
アトラ姉ちゃん、そのゴッツイ腕で俺を思いっきり抱かないで、お願いだから。
「トルムルが、まだ生まれたばかりだと忘れていたよ」
「アトラ姉ちゃん!」
「悪りぃー、悪りぃー。
もう一回抱かせて。今度は優しく抱くからさ」
思いっきり俺は、首を左右に振り始める。
「トルムルが首を横に振って、イヤイヤしているわ」
「お願い。頼む!
もう一回抱かせて!
明日になれば、……ここを離れなければならないんだ」
それを聞いた俺は、首を振るのをやめた。
そして……、一度だけ首を縦に振る。
「トルムル、首を縦に振ったよな……?」
アトラ姉ちゃんは、確かめるようにエイル姉ちゃんに聞いた。
「……、そうみたい。
今度は優しく抱いてあげてよ」
「分かった。
今度は大丈夫だ」
そう言ってアトラ姉ちゃんは、優しく、大きな胸の谷間で俺を抱いてくれた。
姉ちゃんの体から香水の香りがしてきた。
ゴッツイ体をしていても、アトラ姉ちゃんも女の子なんだ。
なぜだか俺は、安心をした。
もうすぐ、母ちゃんの葬式が始まる。
母ちゃんの葬式を、心に焼き付けたいと強く俺は思った。
しかし、このぼやけた視力では、母ちゃんの顔がハッキリと見えなかった。
イメージできれば、魔法は何でもできると母ちゃんが言ったのを思い出した。
俺は母ちゃんの顔をハッキリと見たい!
俺に、自分自身で視力を上げることができるのか全く分からない。
でも、何もしなかったら、一生悔やむと思う。
俺は意を決して、目の視力を上げることを決意した。
右手の中で、目と脳の神経が活発になり、視力を良く見えるイメージをする。
右手を目に近付けて、イメージ通りの魔法を発動した。
すると、目の中がむず痒くなり、徐々に視力が上がっていった。
遠くの山で鳥が飛んでいて、ネズミを足でつかんでいるのが見えてきた。
えっ……?
ちょっと待って!
見えすぎだろこれ。
し、しまった。やり過ぎた!
冷凍された母ちゃんが、墓穴の中に静かに入っていく。
初めて見る母ちゃんは、思った以上にきれいな人だった。
7人を生んだとは思えないような感じがした。
父ちゃんを始め、姉達も涙を流し始めた。
俺も、涙を止められなかった。
せっかく視力を上げたのに、涙で母ちゃんが見えなくなってきた。
母ちゃんが亡くなった日、あれほど泣いたのに。
父ちゃんが花を、母ちゃんに最初に投げ入れた。
最後のお別れだ。
俺も、抱かれているエイル姉ちゃんから花を渡された。
母ちゃんの方に、エイル姉ちゃんの手助けで投げ入れる。
母ちゃんの胸の所に落ちていった。
生まれてすぐに、母ちゃんのオッパイを吸った記憶が鮮明に蘇った。
俺は……、俺は我慢しきれずに泣き始めた。
「オギャー、オギャー、オギャー」
「いい子ね、トルムル泣かないで」
そう言って、抱いているエイル姉ちゃんも泣いているのが分かった。
少し経って、俺は泣き止む。
俺が泣いていると、姉達が更に泣いているのが分かった。
それに、このままだと母ちゃんの葬式を心に焼き付けられなかった。
俺は、根性で泣くのを止めたのだった。
弔問しに来てくれた大勢の人達が、母ちゃんに花を投げ入れてくれた。
こんなにも大勢の人達が来てくれて、母ちゃんの人徳を知った。
弔問に来てくれた人達が花を投げいれて全員居なくなると、家族だけの火葬が始まる。
墓穴の中に冷凍されている母ちゃんに、父ちゃんを始め、姉達が火の魔法を使って火葬を始めた。
俺も参加しようと思った。
対象が母ちゃんだから、特大の魔法で火葬して、今まで母ちゃんにお世話になった恩返しになればと思った。
俺は右手を出して、手の中で燃え盛る太陽をイメージした。
イメージで熱くなっても、実際に火傷しないことは母ちゃんから学んでいる。
俺の手の中では、一瞬で手が蒸発するぐらいの高温になった。
それを、母ちゃんに向かって魔法を発動した。
ドォッゴォーーーーーーーーーーン!!
超超高温の火が、俺の小さな手から出た。
一瞬で火葬が完了した。
母ちゃん。今までありがとう。
初めての火の魔法にしては、まずまずだよね。
ふと気がつくと、父ちゃと姉達が畏怖の目で俺を見ていた。
もしかして……、やり過ぎた……?
◇
母ちゃんの葬式の翌日。
アトラ姉ちゃんをはじめ、姉達はそれぞれの住んでいる国に帰っていった。
最後の別れ際。俺を優しく、胸の谷間でギューと姉達は抱いてくれた。
姉達に愛されているなと思える、とても幸せな時間だった。
母ちゃんが亡くなった後、改めて姉達を見ると、みんな美人でビックリした。
母ちゃんが美人だったので、遺伝子を受け継いだみたいだ。
それに、姉達が俺に接する態度が変わった。
葬式の時は畏怖の目で見ていたけれど、別れる時は期待の表情に変わっていた。
姉達がお互いに口喧嘩をしていたのを、俺は昨夜聞いた。
喧嘩の原因は俺で、近い将来俺を引き取って一緒に暮らしたいと姉達がそれぞれ言っていた。
でも……。なんで?
どうして姉達は、俺と一緒に暮らしたいのだろうか……?
俺は、まだ生まれたばかりの赤ちゃんなのに……?