山賊
ムルマルム国に馬車で出発する日になった。
「お父さん早くー。もう馬車が来ているよ〜〜!」
エイル姉ちゃんが、店の入り口で叫んでいる。
朝早くから準備ができている姉ちゃんは興奮気味だ。
「ちょっと待ってくれ、エイル。
昨日まで店が忙しかったから、旅行の準備ができてなかったんだよ。
それに、父さんとトルムルの二人分準備しなくてはならないし。
えーと、忘れ物ないなと。
念のために、ダイアモンドを持って行こうかな。
トルムルはどう思う?」
ダイアモンド……?
あ、そうか。旅行には、多少の危険が付きまとうと母ちゃんが言っていたよな。
たまに、山賊も出るらしい。
魔物も出るけれど、山賊はとても厄介だと母ちゃんが言っていた。
各国の軍に属していた荒くれ者が、国を追われて集団で山に隠れているって。
時々街道に現れては金目の物や、奴隷にするために旅人を拉致するって言っていた。
でも、このメンバーなら大丈夫だよね。
返り討ちにして、ギャフンて言わせたい。
……、でも、念の為に持って行きますか。
強い魔物が出るかもしれないしな。
「とーたん。バブゥー」
「そうか、持って行った方がいいよね」
父ちゃんはそう言って、ダイアモンドが入っている引き出しを開けた。
そして、布に包まれたダイアモンドをカバンに入れる。
「よし、これで準備完了と。
向こうの王族達のお土産も持ったし。
アトラは準備はもういいのかい?」
「私は元々荷物が少ないからね。
いつでも出発しても大丈夫だよ父さん」
「トルムルも準備はいいかい?」
俺の荷物は父ちゃんが用意してくれた。
もっとも大事なオシャブリは、予備と、その予備の予備も含めて3つあるから大丈夫。
「とーたん、バブゥー」
「そうか。
それなら出発だ!」
エイル姉ちゃんが興奮していたけれど、俺も興奮し始めたかも?
なんたって、初めての旅。
それに、馬車での移動だから楽でいいよね。
警護の人も、すでに顔見知りのラーズスヴィーズルを含めて4人同行しているし。
安全も万全!
楽しみ〜〜〜〜!
◇
だ、ダメだ!
き、き、き、気分が悪い。
道路が舗装されていないので、上下左右に揺られっぱなし。
景色は素晴らしいのに堪能できない。
ば、馬車の旅がこんなにキツイとは知らなかった。
他の人達は平気みたいで、楽しいおしゃべりをしている。
でも俺は、馬車酔いで気分が最悪!
ウール王女が、横にいて心配顔で俺を見ている。
は、吐きたいけれど、ウール王女の前では吐きたくない。
男としての意地がある!
それに、豪華な馬車の内部なので、王妃様に悪いし……。
◇
前の窓が開いて、馬車を操作している人が言う。
「予定通り、もうすぐ国境の検問に着きます。
お昼をそこで用意してもらっていますので、お昼休憩にします」
よ、良かったー。これで、吐かずにすむよ。
外に出て、気分転換しないとな。
馬車が止まると、ドアが開いた。
新鮮な空気が馬車の中に入り、吐き気が徐々に無くなっていく。
は〜〜〜〜。
なんて美味しい空気なんだろう。
外に出ると、山の山腹にいることを始めて知った俺。
しかも眼下には、琥珀色の綺麗な湖がある。
この世界に来て、始めて景色に感動する俺。
なんて、素晴らしい景色なんだろうか?
時間の許す限り、ずっと見ていたような素晴らしい景色。
「トルムル、はやくー。
もうみんな、建物の中に入って行ったよ」
ふと気がつくと、エイル姉ちゃん以外の人は全員いない。
え、みんな……。この景色に感動しないの……?
みんな、旅慣れている?
堅城な建物の中に入って行くと、警備兵が並んで立っている。
その中を、ヨチヨチ歩きの俺が進むと、警備兵の頬がゆるむのがわかる。
もしかして俺って、癒し系の存在なの?
確かめるために、笑いながら手を振ってみる。
さらに警備兵の頬がゆるんで、手を振ってくれる人もいる。
お、俺って、そういう存在だったんだ。
常連さんだけかと思っていた……。
大きな部屋に入ると、俺を待っていてくれていたみたい。
目の前に美味しそうな食べ物があるのに……。
ちょっとだけ後悔。
みんなを待たせたみたい。
俺が赤ちゃん用の椅子に座ると、食事が始まった。
俺の目の前には、離乳食とミルクが置いてある。
離乳食からは、俺の嫌いなミルキーモスラの匂いがしてくる。
すぐに、隣にいるウール王女の方に押した。
今これを食べると、間違いなく吐く。
ウール王女は、喜んでそれを受け取った。
王女は、俺の好意だと思っている。
本当のことは、俺の威厳に関わるので言えないなと思った。
◇
ここの国境警備のお偉いさんが来て言う。
「この先で、山賊が出没している情報があります。
念のために、戦える準備をした方がよろしいかと思います」
え?
話の中だけでなくて、本当の話?
王妃様を見ると、口がわずかに横に広がったのが見えた。
もしかして、笑った……?
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