3人目
ヒミングレーヴァ王女が横になっている部屋に入る。
そこにはエイル姉ちゃんにアトラ姉ちゃんもいた。
王妃様は、ウール王女を抱いたまま治療師の方に行く。
俺の意識はまだウール王女の中にあるので、王女の体を動かしているのは俺になる。
心の中のウール王女が、ヒミン王女を心配しているのが伝わってきた。
もちろん、俺も心配をしている。
て言うか、俺は多少責任を感じている。
ヒミン王女の願いを聞いたままで、未だに返事をしていないからだ。
だから、かなり無理をしてミノタウルスと戦ったのではと思う。
アトラ姉ちゃんと試合を始めた時の目付きが真剣そのものだった。
俺に対して、いい印象を与えようと無理をしていたような気がしてならない。
エイル姉ちゃんから聞いた話によると、ヒミン王女は努力家で真面目。
１つの目標に向かって、最大限の努力も惜しまないと言っていた。
もしそうなら、王女の願いである命力絆のためにはありとあらゆる努力をするであろうと。
そのために、ミノタウルスに多少の無理は承知で戦い続けたのではと……。
「……というわけで、ヒミングレーヴァ王女の治療はこれ以上私達では無理なのです。
広域治癒魔法でも意識は回復しないと思われます」
専門用語が多く使われていたので、俺には内容がよく理解できなかった。
母ちゃんの願いでもある大賢者になるには、治療に関しての知識も蓄えないといけないなと痛切に感じた。
目の前に横たわっているヒミン王女のケガの内容もよく分からない俺が、治療をしても本当にいいのだろうか？
命力絆で、今まで2人の命を助けたのは間違いはない。
けれど、今回も助けられるのかと聞かれると、正直言って俺には分からない。
でも、治療師がお手上げの状態ならば、最後に残された治療方法は命力絆だけになる。
気がつくと、ウール王女の親指をせわしなく吸っている。
お腹が空いたからではなく、精神的に俺が不安定である証拠だ！
すでに、甘い味とシナモンの味はしなくなっていた。
ただ、オシャブリのようにウール王女の親指を吸っている。
今……、心の底から思う。
俺の命を分けてもいいから、ヒミン王女を助けたいと！
王妃様が治療師の人達に退室を命じた。
治療師達は、申し訳なさそうに部屋をあとにする。
エイル姉ちゃんを見ると、大粒の涙を流している。
親友であるヒミン王女が重症なので、心配しているのが手に取るようにわかる。
アトラ姉ちゃんは、真剣にヒミン王女を見ている。
ヒミン王女と愛称で呼んでいたので、俺とはくらべものにならない繋がりを感じる。
ここにいる誰もが、ヒミン王女を心のそこから心配しているのだ！
「トルムルちゃん。宜しくお願いします」
そう言って王妃様は俺に頭を下げた。
エイル姉ちゃんとアトラ姉ちゃんがトルムルの名前を王妃様が言ったので驚いている。
ウール王女の中に俺が入っているのを、今の今まで知らなかったからだ。
ここにいる人たちは俺の能力を知っているので、重力魔法を使ってヒミン王女の方に行く。
途中王妃様に振り向いて、俺は言う。
「バブゥー」
そう言って、いつものように右手を上げて了解の返事をした。
王妃様は俺の返事に軽くうなずいた。
いよいよだ！
ここで全力を出し切れないと、生涯後悔し続けるのが分かっている。
すでに、大賢者が魔法力を蓄えたピンクダイアモンドをもらっている。
あれだけ広域治癒魔法を使ったにもかかわらず、それは半分しか減ってはいなかった。
これが持ち出し厳禁の家宝にする理由なんだとつくづく思う。
そして、この大賢者が直接入れた魔法力で、子孫のヒミン王女を助けられると信じる。
もはや時間がないのは分かっている。
俺は心を落ち着かせるために、ウール王女の右手をユックリと吸う。
意識を集中して、ヒミン王女の傷を治して体を活性化させるイメージを手の中で作る。
もちろん、俺の寿命を少し分けるイメージも加えた。
俺のために、その大きな柔らかな胸で何度も抱いてくれた。
優しいヒミン王女のためならば、少しぐらい俺の命が短くなってもかまわない。
それに、今それをしなければと、心の底から思う。
手の中でイメージができあがったので魔法を発動した。
ウール王女の手の中から、キラキラ光り輝く命の水みたいな透明なものが溢れ出した。
ウール王女とアトラ姉ちゃんにしたのと同じだ！
その水は、ヒミン王女の体に静かに入っていった。
ふ〜〜〜〜。
俺ができることはこれで終わった。
血が足りないのならば、生理食塩水をヒミン王女の体内に入れるのだけれど今回は違う。
あとは待つだけだ。
静かな時間が流れて行く。
この部屋にいる誰も、口を開こうとはしなかった。
静寂の中、ヒミン王女の様子を俺は穴の開くほど見ている。
けれど、変化はない。
さらに時間が流れて行く。
ん？
眼球が……、少しだけ動いた……？
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