セイレーンか?
昨夜からみんな、いつもと違う気がしていた。
イライラしたり、怒りっぽくなったり。
妖精達もいつもと違って怒りっぽくなっている。
特に、モージル妖精女王と左右にるマグニとドゥーヴル達が言い争っており、争いの内容が食べ物の事……。
特にマグニとドゥーヴルがモージルに対して、怒りをぶつけていた。
最近は仲良く一緒に食事をしているのだけれど、ひと昔前まで、モージルが独占的に食べ物を食べていたので、それに対して思い出す様に責めている。
頭は3っつだけれど、胃は1つなので誰が食べても俺は同じだと思うのだけれど、どうも2人には積年の恨みが爆発した感じ……。
お互いの行動を非難したり、蔑んだり。
ワイバーン達とも、俺達は不仲になり始めた。
ゴゴク将軍達を殲滅した俺達は魔王を倒すべく、仲間になった魔物達の軍が、ワイバーンの城に集結するのをここで待っている。
それなのに何で、今になって仲間割れの様相を呈してきたのか意味不明……。
◇
一夜明けて収まるどころか、益々負の感情がみんな支配しているんですが……?
いつもは優しい姉ちゃん達が、お互いを非難している感情で俺は目がさめた。
食堂に行く途中、向こうからエイル姉ちゃんが、娘のエッダを叱りつけながら歩いて来る。
エッダは今にも泣きそうな顔で、俺と目が合うと下を向いた……。
「あの時、私が食べたかった最後のクロワッサン、何でトルムルが食べたの!?
私の事、嫌いなのトルムルは!?」
……?
エイル姉ちゃんが突然、昔のささやかな出来事に対して、理不尽な質問を俺にぶつけて来る……。
その出来事から既に2年以上は経っているし、その時の俺は1才だったので食欲旺盛で、皿にあった最後のクロワッサンを食べただけなんですが……?
もちろん今でも俺は、食欲旺盛だけれど……。
その時、一応みんなに聞いてみたら、もういらないからトルムルが食べてってエイル姉ちゃんが言ったんですが……?
なのに何で、今更それを言うのか不思議……?
余りにも……、現実的でないエイル姉ちゃんの問いに、呆然とする俺……。
俺は何も言い返せず、黙ってエイル姉ちゃんの横を通り過ぎると、今度は向こうからイズン姉ちゃんがやって来る。
エイル姉ちゃんと同じ様に、俺を睨みつけながら歩いて来る。
腕に抱かれている娘のイビョークは両手で耳を塞いで、今にも泣きそうだ。
「トルムルにも言いたい事があるんだけれど、いいかしら……!?」
怒る様な声で言うイズン姉ちゃんを、俺は驚きの顔で見つめる……。
今までだと、どんなに姉ちゃんが怒っていてもどこか優しさを滲ませていたのに、こんなに激しく怒っているのを始めて見たからだ!
「私がせっかく丁寧に化粧をしたのに、トルムルの十文字灼熱龍刃のせいで化粧が乱れたのよ!
私に何か、恨みでもあるのトルムルは!?」
えーーーーーーーーー!
ゴゴク将軍を倒した最大最強の最終魔法である十文字灼熱龍刃は、あの時、とっさに考え出した最強魔法だった。
けれど、あそこまで周囲が真夏の様に熱くなるとは予想できなかった……。
ゴゴク将軍を倒して、イズン姉ちゃんも喜んでいたのに……。
エイル姉ちゃんといい、イズン姉ちゃんまで理不尽な問いに俺は完全に無視して横を通り過ぎる。
やはり、みんなどこかがおかしい……?
でも……、考えても、考えても結論が出ない……。
俺もおかしくなったのか……?
今度は向こうから、アトラ姉ちゃんが娘のアダラを抱きかかえて口論しながら歩いて来る。
口論の相手は抱いているアダラで、命力絆を使って激しくやり合っている。
『ママ、だからそれは、かんちがいだってば!」
『口答えは許さないわよ、アダラ!
証拠があるんだからね!」
え〜〜と、何の話か判らないけれど、いつもは仲が良い親子がここまで激しく口論するとは……?
俺と目が合ったアトラ姉ちゃんは、今度は標的を俺に向け、一緒に温泉に入った事に対して俺に不信の目を向ける。
思い出す様にして、鋭い目付きで俺を見て言う。
「トルムルさ、一緒に温泉に入った時に、私の胸を見たよな!?」
え〜〜〜〜!?
な、何で今、それを言うの……?
姉ちゃん達のでっかい胸は見たくなかったけれど、チラッと見えたのは事実……。
あの時は……、俺が拒否したにもかかわらず、姉ちゃん達が無理やり俺を温泉に入れたんだよ!?
しかも俺はその時、まだ1才にもなっていないんですけれど……?
アダラが命力絆を使って、優しく俺に言ってくる。
『ママってば、さくやから、おかしいの。
エイブやイビョークも、エイルおばさまや、イズンおばさまがいつもとちがって、おこりっぽくなっているっていっていた。
たの、いとこたちに、きいてもおなじ。
しかも、ヒミンおうじょまで、いつもとちがうって、ヒーヴァがいっていたわ。
トルムルおじさん、これってもしかして……、セイレーンの、せいしんこうげきなの……?
はなしだけきいたことがあるんだけれど、それにるいじしているきがしてならない。
もちろんおじさんが、ぼうぎょまほうで、セイレーンのまほうを、ふせいでいるのはしっている。
でも、じょうきょうからはんだんして、せいしんこうげきの、かのうせいがあるわ』
えぇーーーーーーーー!!!
ま、マジですか!?
そういえば、日頃から優しい姉ちゃん達が、一斉に激変したのが昨夜からだ!
何かが引っかかるとは思っていたけれど、それだったんだ!
どうやら俺も、姉ちゃん達までひどくはないけれど、多少影響さていたかもしれない。
何故なら、深く物事を考える事が出来なかったからだ!
アダラが普通と変わらないのは、乳児達は無垢なので負の感情が全く無いので、多分……、負の感情を増幅する精神攻撃にも影響されなかったのかも。
という事は、セイレーンが魔法を強化して発動しているか、或いは……?
ああ、ダメだ!
深く考えられない。
きっと……?
え〜〜と……?
負けるな俺!
えーと、何だろう……?
いま、何かをしなければならない気がする。
それは……、えーと?
……?
……?
そうだ!
精神攻撃の魔法を、防御する魔法を発動すれば良いんだよ。
こんなに簡単な発想も出来ないなんて、なんて強い精神攻撃だろうか?
俺はすぐに、あらゆる精神攻撃を防御する魔法を、俺自身に発動する。
シューー。
とても静かな音を出し、魔法が発動した音が聞こえた。
すると突然、俺の意識が鮮明になって行く……。
……。
……。
……?
な、何と!
アダラの予想通り、誰かが精神攻撃を俺達にしているのがハッキリと判る!
濃厚な霧の様で、ワイバーンの城全体を包んでいる。
出所は……、北だ!
真北の方角で、複数の気配を感じる。
セイレーンとは違って、どちらかといえば……、闇の神アーチの使い魔に近い。
という事は、この新たな敵は間違いなく闇の神アーチに仕えている最高幹部だ!
反撃をしないといけないのだけれど、この濃厚な霧を霧散させるには、俺の魔法力の殆どを使う必要がある。
そうすると、攻撃する魔法力が無くなるので、敵を倒せなくなってしまう……。
ふとアダラを見ると、俺の考えが判ったのか目を輝かせながら言う。
今でも俺を非難し続けているアトラ姉ちゃんの腕の中で。
『わたしたちも、つれていって、トルムルおじさん!
ママをこんなふうにした、てきを、やっつけたいの』
アダラ達、乳児部隊と一緒ですか?
でも、今回はそれがベストな選択かもしれない。
姉ちゃん達は今回、役に立つ要素が全く無く、かえって邪魔な存在になっているし。
アダラ達乳児は無垢なので、今回の様な負の感情を増幅する様な魔法には一切無関係ないみたいで、それに、日頃の能力を十分に発揮できる筈だ!
『行こう、アダラ!
みんなに連絡して、装備を整えたら城の上空で待ち合わせだ!』
『ありがとうトルムルおじさん。
みんなにれんらくしたら、きっとよろこぶ。
みんなママたちの、りふじんに、さくやからなやんでいたの。
それに、ひごろのせんとうくんれんを、じっせんできるし』
そう言ったアダラは重力魔法でアトラ姉ちゃんの腕から抜け出して、部屋の方に高速移動する。
「アダラ、待ちなさい!」
アダラはアトラ姉ちゃんが呼び止めても無視して行く。
「もう、アダラったら!
後で強く叱らないと!
お腹が空いたから食堂に行くけれど、トルムル!
まだ言いたい事が山の様にあるので、絶対に逃げるなよ!!!」
こ、怖〜〜〜〜〜〜〜〜!!
ごっつい体の姉ちゃんから、闘気を全開にして言われると身が縮む思いだ!
姉ちゃんに追い詰められる魔族達が、か、可哀想になってきた……。
◇
装備を整えて城の上空に行くと、アダラ、ジョヴン、イビョークそしてヒーヴァが待っていた。
4人の乳児達を見ると目が輝いており、戦闘意欲満々だ!
更に、お母さん達を正常な精神状態に戻してあげたいという感情が痛いほど俺に伝わっており、心から心配しているのが分かる。
俺達に近寄って来る気配を複数感じたので城の方を見ると、ディーバとヴォルム、そしてエッダ達だ。
ディーバが命力絆を使って、少し困った感じで言い始める。
『ママったら、わたしがいくのを、むりやりとめようとするからおもわず、しびれのどくの、まほうをつかったの……。
あとであやまれば、いいよね?』
えーーーーーーーーー!
ディーヴァがディース姉ちゃんに痺れの毒を使った……?
姉ちゃんはこの世界では屈指の強者で、しかも賢者としても超有名なのに、娘であるディーヴァが姉ちゃんを身動きできない様にしたって……。
娘だから油断していたとはいえ、ディーヴァの能力は俺が考えているよりも遥か上なのか……?
ヴォルムも同じ様に困った様に言う。
『ママも、わたしがいくのを、とめようとするから、おもわず、ぶっといなわを、まほうでだして、グルグルまきにした……。
ママったら、モゴモゴいっていたけれど、あとであやまればいいよね……?』
こ、今度は太い縄を魔法で作り出して、世界屈指の強者の1人でもあるヴァール姉ちゃんを身動き出来なくしたの……?
凄い魔法力だ!
まだ乳児なのに、将来が楽しみというか、どこまで伸びるのか想像できないくらい……。
ディーバとヴォルムが、お母さん達を身動きできなくしたので安心したのか、少し内気なエッダが言い始める。
『わたしのママもとめようとするから、おもわずへやじゅうを、いわでうめつくしたの……。
あとで……、いわをとればいいよね……』
え、え〜〜〜〜〜〜!
エッダは部屋を岩で満たして、エ、エイル姉ちゃんを身動きできない様にしたって、す、凄くない!
その発想と行動力、そしてそれを実行できる魔法力が、かなり強くないと出来ないよこれは!
ディーバとヴォルム、そしてエッダは俺の想像以上に戦闘能力を伸ばしているのは疑いの余地がない事実だ!
とすると、他の乳児達も同じ様な戦闘能力があるに違いない。
これは……、もしかして……、もしかするかも……?
姉ちゃん達の戦闘能力を、乳児である彼女達が同等か、或いはそれ以上である可能性が高い気がするんですけれど……?
ふと、城の方から猛スピードで迫って来る気配を感じる。
この気配は紛れもなくウールで、敵からの精神攻撃が俺と同じ様に軽度だったので、精神攻撃の防御魔法を強化して元の精神状態に戻してあげた。
ウールの気配を感じたかと思うと、次の瞬間には俺の横に並んでいる……。
隼の妖精と友達に儀式をずっと昔に……。
3年前にしたのだけれど、その時よりも更に早くなっているので内心驚く俺。
それに、いつも見ているウールよりも、超が何個か付くほど可愛くなっているのは何故……?
『ウールおねえちゃん、おけしょうしたんだね』
え……?
アダラがそう言うと、俺はウールを見る……。
『少しだけよ……、アダラ』
ウールが化粧をしたって……?
舞踏会以外では化粧をした事が無いのに、何で今なの……?
真横にいるウールの方を思わず振り向く俺。
ウールをよく見ると、薄化粧しており、それで超が何個か付くほど可愛く見える……。
でも、でも、俺の耳が熱くなっていくのは何故なの……?
「か、かわいい……」
おっと……、ウールにしか聞こえない様な小さな声で、思わず本音が口から出てしまった……。
「バ〜〜カ」
俺にしか聞こえない様な小さな声で、言い返してくるウール。
バ、バカって、俺を嫌いなのウールは……。
前にも言われた様な気が……?
でも、嫌いなのに何で俺の横に居るの……?
女の子の心理がよく解らない俺は、穴が空くほどウールを見ていると、ウールの頬が段々と赤く染まっていく……。
『おねえちゃん、かおが、あかいよ。
ねつでも、あるの?』
アダラが心配してそうにそう言うと、ウールは笑顔で言う。
「少し、厚着をし過ぎたみたい。
それよりも、みんな揃ったから行きましょう、トルムル』
なんか……、はぐらかされたような気がしている俺……?
でも今は、闇の神アーチから派遣された最高幹部をやっつけないと、非常にヤバイ状況が城の内部では続いている。
「ああ、そうだね。
みんな集合したから行こう、ウール」
後からウールの事は考えるとして……、俺達は敵の部隊を殲滅すべく、真北に向かって移動を開始しする。
冷たい北風が吹く、晴天の空の中を。
読んでくれて、本当にありがとうございます。
今回、戦闘が終わるまで書こうと思っていたら、いつのまにか字数が増えていました……。
次話も遅くなりそうです……。
気長〜〜に待っていて下さい。