闇の将軍
『トルムルおじさん、おきて!
ほくせいの、ほうこうから、きょうだいな、あくいの、かたまりが、くる!!』
アトラ姉ちゃんの娘で、乳児のアダラが寝ている俺に命力絆を使って、とても強い言葉で連絡をしてくる。
まだ夢の中にいた俺は、アダラに言われて北西の方向にボヤけている意識を向けると、眠気が一気に吹き飛んだ!
なぜなら、強大な悪意の集団が、こちらに来るのが判ったからだ!
魔物の気配ではなく、以前、一瞬だけ感じた悪意にとても似ている……。
闇の神アーチが瘴気を出し、この大陸にいる全ての生き物達から生気を吸い取っていたので、それを打ち消す魔法を百万年眠亀の魔石に俺が付与した事があった。
その時、一瞬だけれども魔王城の方角からとても強い悪意を感じた。
その出所は間違いなく、闇の神アーチだ!
瘴気を俺が打ち消したのを瞬時に判るのは、瘴気を出していたアーチ本人しかいないからだ!
でもこの悪意達は、アーチから感じた増悪とは少しだけ違う……。
どちらかと言えば、使い魔に似た感じがするんですが……。
でも……、桁が上で……、とても強い悪意を感じる。
とすると、迫って来るのは明らかに魔物では無く、闇の神アーチが召喚した闇の世界の住人か……?
ワイバーン族に新しくワイガー王が就任してから、彼の意識を乗っ取ろうとして使い魔が数回来たけれど、難なく捕まえる事が出来た。
でも……、闇の神アーチはそれを不審に思い、調査の為に強い敵をこちらに送り込んでくる可能性は有ると予想はしていたけれど、こんなに早く来るとは!
しかも、魔物が来ると思っていたのに、闇の世界からとは予想外……。
とにかく、戦闘態勢を取らないとヤバイよな。
かなり遠くだけれども、空を物凄いスピードで飛んでこちらに迫って来ているのは間違いない。
それにしても、アダラがいち早く感じたという事は、俺よりも感知能力が高いのかもしれない。
あの……、アトラ姉ちゃんの子供とは到底思えない程だ。
もっとも、姉ちゃんと結婚した王子は凄く繊細で、それこそ姉ちゃんとは真反対。
おそらくアダラは、父親のストゥルルング王子の遺伝子を強く引き継いでいるみたいだ。
王子は花を愛で、森の清涼な空気が好きで、アダラと一緒に森を散歩するのが好きだと言っていた。
アダラも笑顔で、父親と森の中を散歩するのが同じく好きで、その時の様子を楽しそうに俺に話していた。
姉ちゃんはどちらかと言えば、世界を数う為に戦闘訓練に明け暮れるのが好き。
母ちゃんの影響が強く、繊細さよりも、強靭さをこよなく愛している。
この2人が結びついたのは、この世界の結婚7不思議と言われており、俺もそう思う……。
でも、お互いに心の底から愛し合い、信頼しているいるのを近くに居ると良く分かる。
男女の仲って、本当に不思議……。
おっと、みんなに早く連絡しないとな。
俺は命力絆を使って、断崖絶壁に掘って作られたワイバーンの王城で、各部屋で寝ているみんなを起こす。
『みんな起きて下さい!
敵が迫って来ています!
北西の方向から闇の勢力と思われる集団が迫って来ているのを先程確認しました。
予め決めていた、緊急事態における各自の役割を速やかに始めて下さい!』
『分かりましたトルムル様。
直ぐに行動に移します』
最初に返事が来たのは、予想通りヒミン王女だ!
幼い頃から王女として英才教育を受けていたので、緊急の時には、どんなに深い眠りでも一瞬で目覚めて行動を迅速に行ってくれる。
ヒミン王女には、ワイバーン一族の王であるワイガーに連絡を入れて、この城に敵が迫っているのを伝え、娘のヒーバとウール達と共にワイガー王を警護する役目。
『『『『了解!』』』』
次に返事が来たのがアトラ姉ちゃん、ヴァール姉ちゃん、ディース姉ちゃん、イズン姉ちゃん達。
姉ちゃん達は実戦経験が豊富なので、深い眠りにいても素早く反応できたみたいだ。
『わ、わかった。
持ち場に行くわね』
そう言ったのは治療担当のシブ姉ちゃん。
再生治療にかけては俺と同じレベルで、世界でもトップクラス。
俺はもうすぐ4才だけれど……、戦闘で怪我をした人達の治療の経験が少ない……。
シブ姉ちゃんは戦闘による負傷を治す経験は俺よりも豊富で、とっても頼りになる。
とにかく怪我をして姉ちゃんの元に行かない様にしないとな。
あ……。
そういえば、あと1人からの返事が無いんですけれど……?
『トルムルおじさん。
ママ、やっとおきたよ』
そう言ってきたのは、エイル姉ちゃんの娘であるエッダだ。
眠たそうな声で、エイル姉ちゃんが言ってくる。
『トルムル〜〜、何かあったの?
エッダが言うには〜〜、敵が迫っているっていうんだけれど、本当なの?』
姉ちゃんてば、娘の言う事を信じていないみたい……。
エイル姉ちゃんは、姉弟の中では目覚めが最も悪い。
しかもここは、堅城で有名なワイバーンの王都にある断崖絶壁の難攻不落で有名な王城だ。
だから敵が攻めて来る事は無いと、みんなと昨夜話していたからなんだけれど……。
「間違いなく北西から敵が急速に接近しており、気配からして闇の集団みたいで、魔物では無いです。
かなり強力な個体も確認でき、今まで対峙した敵の戦力を軽く凌駕しているのが感じ取れます』
俺の話を聞いたエイル姉ちゃんからは、慌てふためく感情が伝わって来る。
『わ、わかったわ、トルムル!
戦闘服に着替えたら、すぐに城の右翼の守りに入るから!』
やっとエイル姉ちゃんが目覚めて、城の守りに入ってくれる。
これで迎撃態勢は整うのだけれど、ワイバーンの部隊もそれなりに攻撃力が高いので、苦戦する事は無いと思うんだけれど……。
でも……、迫って来る部隊の中でとても強い個体を感じ、武者震いが止まらないんですが……。
多分、この部隊を率いているのは闇の神アーチに仕えている幹部か……?
それに、これまで俺は様々な敵と戦ってきたけれど、この世界とは異質の感覚がして、しかも強大な魔法力感じる……。
俺はすぐに戦闘服に着替え、重力魔法で夜空に出ると外 は満天の星で、星々が光り輝いている。
しかし……、闇の軍団が来る方向の星々を見ると、星々の光りが徐々に消え失せていくんですが……?
彼らは、星の光りを吸収しているのか……?
いや違う!
広範囲に彼らは既に展開しており、思っていた以上に大規模な部隊だ!
断崖絶壁に掘って作られたこの城では、松明の光が辺りを照らしているのだけれど、敵側からすれば格好の標的にもなっている。
迫って来る闇の軍隊は使い魔と同じで、黒い靄が掛かったているみたいだ……。
俺は魔法で視力を上げているのだけれど、彼らは夜空に溶け込んで殆ど識別出来ない……。
感覚ではそこに居るのは判るのだけれど、視力に頼っている姉ちゃん達やワイバーンにとっては致命的だ!
勇猛果敢なワイバーンの精鋭達が、それでも闇の軍団の方に飛び立って戦いを挑む。
ドォーーん!
バゴォーン!
戦闘がはじまり、戦いの音が夜空に響てくる。
でも……、戦況は思わしくない。
命の炎が消えているのはワイバーンの方で、闇の側は殆ど無傷みたい。
一方的にワイバーンがやられていており、城に迫って来ている闇の部隊に、視力に頼っている姉ちゃん達でも反撃が望めないのは明らかだ!
どうする俺……?
ここで有効な戦法を取らないと、全滅の可能性が……。
昼間の様に明るかったら、こちらが優勢に戦う事が出来るのに。
ん……?
まてよ!
昼間の様にって、ここにはヴァール姉ちゃんと友達の儀式をした光の妖精であるライトが居るんだった。
彼女の能力を使えば、戦闘空域を昼間の様に明るく出来る!
俺は早速、光の妖精であるライトに連絡をする。
『ライト!
戦闘空域を、昼間の様な明るさに出来るか?』
『もちろん簡単にできますよ、トルムル王。
今すぐ実行に移しますか?』
『お願い。
このままだと、苦戦を強いられるので」
『わかりましたトルムル王」
ライトがそう言った途端に、戦闘空域どころか、城の周辺までも昼間の様に明るくなっていく。
明るくなるにつれてワイバーン達は驚きながらも、闇の軍団の位置を正確に把握できたので、彼らの反撃が始まった。
急に戦闘空域が明るくなったので、闇の軍団からは戸惑いが感じられ、ワイバーンの攻撃を避けようと空中を右往左往している黒い靄が見える。
彼らの正体は未だに黒い靄の中にあるけれど、少なくともワイバーンの攻撃は有効で、黒い靄が多数霧散して彼等の命が散っていくのが判る。
これで優勢に戦えると思ったら、少しずつ再び薄暗くなって来るんですが……?
ライトから、切羽詰まった声で緊急連絡が入ってくる!
『何者か判りませんが、光りを吸収している者がいます。
私1人の魔法力では長く持ちこたえられません!』
何だって!
このままだと再び真っ暗になり、闇の軍団側が夜空に溶け込んでしまって、彼らの場所を特定するのが難しくなる。
明るさが最も無くなっている空域に意識を向けたら、最大の悪意を吐き出している個体で、この軍団を率いている軍団長みたいだ!
俺は巨大な魔矢を、魔法力を使って作り出し、この個体に射る。
シューー!
高速で飛び去る音だけ残して、魔矢が目標に向かった。
ザクゥ〜!
鈍い音が聞こえて来たかと思うと、魔矢は霧散した……。
どうやらこの個体は無傷みたいで、魔矢によるダメージを受けていないみたい……。
この魔矢は巨大な塔でも崩壊させる事が出来るのに、どうやら向こうの防御を突破できなかったらしい。
かなり手強い魔物でも、これで一撃で魔石に変える事ができたのに、やはりこのこの個体は相当に強い!
それに、さらに戦闘空域が暗くなり始めた。
俺はライトに、魔法力を注ぎ込んだ。
すると、暗くなり始めた戦闘空域が再び昼間の様に明るくなり始める。
「おのれ〜〜!
オレ様の魔法力を上回る奴が、この中かにいるのか!?」
怒声にも似た声でがなり散らしたのは、闇の部隊を率いている個体だ!
先程、俺の巨大な魔矢を難なく防御したけれど、ライトと俺が協力しているので、暗闇に変える彼の能力を凌駕したみたい。
「魔物如きが、アーチ様に仕えるゴゴク将軍に勝てると思っているのか!?
これを喰らえぇ〜〜!!」
ゴゴク将軍から急速に魔法力を使う意識を感じたので、俺は即座に、前面に展開しているワイバーンの個体全部に防御魔法を作り出した。
ゴアァ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
ゴゴク将軍から猛火が、前面に展開していたワイバーン達を襲った。
しかし、俺が彼等の前面に出した盾が猛火を塞いでいる。
でも、このままだと盾は猛火に耐えきれなくなってワイバーン達が焼け死んでしまう。
俺はヒミン王女に命力絆を使って連絡を入れる。
『ワイガー王に、前面に展開している部隊を撤退させるように言って下さい。
代わりに、僕が前面に出て戦います!』
『了解しました。
トルムル王を信じています、ご武運を』
キィィーーーーーーーーーン!!
ヒミン王女がそう言ったすぐ後、甲高い音が戦闘空域に響き渡る。
ワイバーンしか解らない指令みたいで、前線に居たワイバーン達が一斉に城の方に引き返して来る。
それと呼応するかの様に、ゴゴク将軍も城の方に移動して来る。
それとは逆に俺は、城に帰還して来るワイバーンを避けながら、ゴゴク将軍の方に近付いて行く。
俺が近づいて行くと、ゴゴク将軍の動きが止まった。
『子供が何故ここに居る!?
もしかして……。
強大な魔法力を持つお前はトルムル王なのか!?
アーチ様が言うには、トルムル王がここに居るのではと疑っておられた。
人間どもが東の海岸に上陸したのは囮で、トルムル王は既に内陸部にいるのではと。
もしトルムル王なのなら丁度良い、ワシが退治してやろう』
ゴゴク将軍はそう言うと、猛火が俺を襲って来る。
でも……、以前戦ったテューポーンの超超高温の猛火に比べると、子供レベルであるのが魔法を発動した瞬間に判った……。
この程度の猛火ならば防御の必要は無く、俺は絶対零度の魔法を魔法力を使って発動する。
猛火に対してと、俺の周りを取り囲もうとしているゴゴク将軍の部下達に届く様に範囲を広げる。
ヒュ〜〜〜〜〜〜〜〜。
銀色の大きな塊が、猛火と、ゴゴク将軍の部下目掛けて四方八方に広がって行く。
塊の通った後には、ダイアモンドダストが冬の昼間の様な明るさを浴びてキラキラと輝いている。
カッキィィ〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!
四方八方で凍った音がする。
ダイアモンドダストが風に流されて視界が元に戻ると、猛火は消えて無くなっており、ゴゴク将軍の部下達は絶対零度の魔法に耐えきれなくて凍り、白い塊になって地上に落ちて行く……。
え……?
あれで、ゴゴク将軍の部下を一掃できたなんてラッキー。
そう思った瞬間、ゴゴク将軍から更なる悪意の炎が上がり、彼の周りが暗闇に戻って行く。
『おのれ〜〜!!
ワシの可愛い部下達をよくも〜〜!
貴様はやはり、トルムル王。
このままですむと思うなぁ〜〜〜〜!」
怒気のこもった声でゴゴク将軍はそう言うと、再び強大な魔法力を使うのを俺は感知する。
武者震いを再び俺は感じながら、ゴゴク将軍との死闘に突入していった。
読んでくれてありがとうございます。
更新が大幅に遅れました。
次話も遅れるかもしれませんが、宜しくお願いします。