食糧難
今回から新章の始まりです。
トルムルの国に移住して来た人が、予想よりも多かったので食料が底をつきかけます。
彼の取った行動とは?
おかしい……。
絶対におかしい!
俺の誕生日が過ぎても、セイレーンが戦闘を仕掛けて来ないのは何故なんだ!
何かを俺は見過ごしているのか……?
アトラ姉ちゃんが、こちらを見ながら言う。
「トルムルが怖い顔するのは分かるけれど、本当に、後2ヶ月で食料が底をつくから。
今の内に何か対策をしないと大変な事になるよ」
……?
あ、それも大事な案件。
この国に移住して来た人達が予想を遥かに上回っているので、深刻な食料問題が起きている。
各国から食料が届いてはいるけれど、それだけでは足らない……。
作物は作付け前なのでダメだし、山にあるキノコ類は冬だから殆ど見つからない。
狩を積極的にしているのだけれど、微々たる成果しか上げてないのが実情。
このままだと食料の価格が急上昇して、インフレになりそう……。
リヴァイアタンがいれば、大量の魚を取って来てもらえるのに、今は東の海岸に移動してもらっているので、それもダメ。
まてよ、魚……?
この世界は一本釣りが主な魚を取る方法で、投網をする人達もいるけれど小さな魚がほとんど。
えーと確か、前の世界では定置網で魚を取っている。
この方法だと、大型の回遊魚が定置網にかかって漁獲高が期待できる。
「りょうしの長、ダンをしきゅう呼んでくれますかアトラ姉さん」
「ダンを?
さっき下の階ですれ違ったから、まだ城にいるはずだよ。
えーと、城の厨房にいるな。
大きな声なので、ここでも聞こえてくるよ」
アトラ姉ちゃんは、命力絆であらゆる身体能力が劇的に上がっており、かなり遠くの音も聞こえる。
姉ちゃんは執事を呼ぶと、ダンをここに呼んで来るように指示を出した。
ダンが厨房にいるのが分かったアトラ姉ちゃんを、不思議そうに見て執事は退出する。
しばらくすると、大柄なダンが頭を下げながら執務室に入って来た。
「トルムル王、私に何かご用で?」
ダンに椅子に座ってもらって、コーヒーと、どら焼きをアトラ姉ちゃんが出した。
昨日試作して成功したどら焼きを、ダンは珍しそうに見て一口食べる。
「これ、うまいっすね。
今回もトルムル王がお考えになったのですか?」
「そうなんですよダンさん。
トルムルが考えて、私が作ったんですよ」
ダンはどら焼きを食べた以上に、アトラ姉ちゃんが美味しいどら焼きを作ったのにビックリしたみたい。
何たって姉ちゃんは、この国では知らない人がいない程の強者だから、まさか料理が出来るとは思わなかったみたいだ。
俺もコーヒーと、どら焼きを食べると本題に入る。
もっとも俺は、ミルクたっぷりのコーヒーだったけれど。
「漁の方はどうですか?
さいきん、ぎょかくだかがおちこんでいるようですが?」
「へえ〜。
その通りなんですが、この時期はどうしても落ち込むので仕方ありませんや。
それに、クジラが海岸から見えるはずなんですが、なにせ長らくこの国には人が住んでいなかったので、情報があまりなくて、一からやり直しているところでさ」
クジラだって!
定置網もいいけれど、クジラだったら数頭捕まえるだけで食糧問題が片付くよ。
とにかく、長期的に考えて定置網は必要なので、ダンに紙に図を描きながら説明をする。
彼は俺が説明をしていると、段々と興奮しだして、前のめりになって書いている図を見ている。
「これは凄いアイデアですよ、トルムル王。
魚の習性を利用しているので、漁獲高が増えるのは間違いない。
すぐに帰って、みんなとこれを作りますよ」
ダンはそう言って、慌てて執務室から出て行った。
これで多少、漁獲高が増えそうだけれど根本的な解決にはならない気がする。
とすると、クジラか?
モージル妖精女王に聞いたら、クジラの位置を教えてくれるかもしれないけれど……。
やっぱりやめておこう。
倫理に反する気がするし、食料になるクジラに悪いしな。
とすると、俺が自力で探し出すしかないか。
冬なので外は寒いし、外洋だから風も強い。
準備万端にしていかないとな。
アトラ姉ちゃんにクジラを捕まえに行く事を言うと、姉ちゃんは驚いて言う。
「クジラを捕まえるって、一体どうやって見つけるんだい?
それに、あの巨体をどうやって運ぶんだ?」
えーと、見つけるのは簡単だと思う。
哺乳動物なので、定期的に海面に息をする為に上がってくるから見つけやすい。
問題は、どうやってここまで持ち帰るかだな……?
取り敢えずは、クジラを捕まえてから考えよう……。
姉ちゃんに、クジラをここに持ち帰る予定だと言って、その為の準備を頼んだ。
何たってクジラは巨大なので、解体するだけでも一苦労しそう。
多くの人達の協力が必要なのは間違いない。
でも、みんな喜ぶだろうな。
俺は念入りに準備を始める。
魔物が外洋に居ないとはいえ、ペガサスと俺だけなのでもしもの時の事を考えないとな。
それに、寒いし……。
◇
外洋に出てしばらくすると、クジラの潮吹きが遠くで確認できた。
こんなに簡単に見つけられるなんて、ラッキーと思った。
でも多分、この世界では乱獲されていないので魚影はとても濃い。
って、クジラも魚影って言うのかな……?
もしかして、クジラ影……。
近くに行くと数十頭の群れで移動していた。
俺はその中で最も大きな二頭を、俺ぐらいある太さの大きな魔矢で殺す。
この魔矢は、城の外壁を壊す為に考えた秘密の魔法。
将来、魔王の城に攻める時に、あらゆる想定を考えて編み出した魔法だけれど、ここで役に立つとは思わなかったよ。
大量の血がクジラから流れ出したかと思うと、何かが急速に接近している。
魔物かと思って周りを見渡すと、沖合からサメの背びれが沢山見える。
クジラの血を嗅ぎつけて、サメがこちらに向かっているんだ。
俺は重力魔法でクジラを牽引。
更に、俺はペガサスに乗っているので、彼の1馬力も助けになっている。
でも、サメがこちらに向かう方が早い……。
2人で必死になってクジラがサメに食べられないようにする。
ふと気がつくと、海岸が目の前。
サメは今まさにクジラに襲いかかろうとしていたけれど、急に浅瀬になって、それ以上海岸に接近できなかった。
「やりましたね、トルムル王。
もうダメかと思いましたよ」
ペガサスが大きな息を吐きながら言う。
彼も全力で空を駆けてくれたので、何とか間に合った。
俺は彼にお礼を言った。
それから俺は、俺に似た岩石巨人を出現させる魔法を発動。
そして、クジラを1頭づつ片手に持って、城に続く街道を歩き出す。
ズゥーーン、ズゥーーン、ズゥーーン、ズゥーーン。
街道を移動している人達は、超〜〜驚きながらも岩石巨人に道を空けてくれた。
城に着くと、ダンを先頭にして多くの人が包丁を持って出迎えてくれる。
でも彼らは、半信半疑で集まって来た人達だったみたい。
で、目の前に横たわっている巨大なクジラを前に、持っている包丁が余りにも小さいので呆然と立ち尽くす人達もいる程。
城塞都市中にクジラが城にある事が広まり、更に多くの人が包丁を持って集まりだした。
でも、余りにも大きなクジラだったので、人々が山ほどクジラ肉を抱えて持ち帰っても、半分もクジラ肉は減らなかった。
残りはクジラを解体して、冷凍保存。
そして地方都市と、予備の食料として城の地下に貯蔵できる。
これでやっと、食料問題から解放された〜〜。
その夜は、城塞都市中がクジラ肉を焼いている音と、美味しそうな匂いが充満していた……。
読んでくれてありがとうございました。
次話もお楽しみに。