対抗手段
「扇子隊形で整列!」
アンナが号令を掛けると、あっという間に若い女の子達は扇子隊形になった。
さっきまで、あんなにバラバラにすわったり立っていたのに。
アンナに鍛え上げられていたみたいで、号令1つで表情までも一変している。
オレも出来る限り威厳を出すために仁王立になって、睨みをきかせる。
でも……。
彼女達から伝わってくる感情は、表情からは全く違うものに。
可愛いとか、私も人形欲しいな……、とか。
中には、仁王立ちのトルムル様は超可愛い……、などと思っているのが俺に伝わってきた。
やはり……、1才では威厳を出すのは難しいみたい。
でも足の長さは、赤ちゃんの時代よりは格段に長くなったので良しとしよう。
「トルムル様とエイル様は今回、視察の為に来て下さった。
日頃の訓練を忘れる事なく、身につけた技能を思う存分発揮して欲しい。
ミーラリの小部隊は、木刀を持って剣術訓練。
ウラウーラの小部隊は、匍匐訓練。
フワッフの小部隊は、木に登っての移動訓練。
アンナリアの小部隊は、胸で岩を飛ばす訓練。
訓練始め!」
胸で岩を飛ばす訓練……?
ど、どうりで、胸が鍛えられる訳だ……。
それは……、それとして……。
今回の実験を知っているのは、この部隊長のアンナだけで、他の部隊員は誰も知らない。
それに、部隊を分けてもらったのには訳がある。
半分の部隊には、部隊員の良心に、あらゆる魔法を弾く防御魔法を掛ける。
小さな箇所なので、魔法力は殆ど消費しない。
そして今度は全隊員に、良心を魔法で麻痺させて、ヴァール姉ちゃんの声を聞かせる。
これによって、セイレーンがどうやって人間の動きを止めたかの検証になる。
実際に動きを止めることが出来れば、半分は成功したことになる。
そしてその対抗手段として、魔法を弾く防御魔法を掛けた隊員が歌声に動きを止めなかったら大成功。
俺は精神を集中して部隊の半分に、魔法を弾く防御魔法を掛ける。
そして今度は全隊員に、良心を一時的に魔法で麻痺させて、ヴァール姉ちゃんの声を脳内に直接聞かせる魔法を発動した。
『ゴブリン追いし彼の山、ピラーニャ釣りし彼の川〜〜』
ヴァール姉ちゃんの声が届き始めると、全体の動きが鈍くなっていく。
でも、魔法を弾く防御魔法を掛けた隊員達は、動きが鈍くはなっているけれど、動きが止まる事なく訓練が続けられている。
どうして「故郷」の歌が聞こえているのか不思議がっているみたいだ。
でも、アンナの命令を遂行する為に、止まる事は決してなかった。
良心に防御魔法を掛けていない豚員達は、動きが段々と遅くなっていく。
そして完全に動きが止まって、ヴァール姉ちゃんの歌に感動している。
ボォーっと立ち尽くしたり、座って聞く隊員達もいる。
涙を流す隊員達もいて、いかに音楽が、強力に心に作用しているのかが判る。
セイレーンの声による、動きを止める魔法の全貌がこれで明らかになり、対抗手段も手に入れることができた。
「トルムルの、予想通りになったわね。
これほど明確な結果が出るとは、正直思わなかったけれど……」
姉ちゃん……、少しだけ疑っていたの……?
ま、俺も、ここまで大成功するとは思わなかったけれどな。
横にいるアンナを見ると、落ち着かない様子。
今回の実験で、どのようになるのかは予めアンナに言っていたのだけれど、部下が命令を遂行しないのは、やはり落ち着かないみたいだ。
結果が既に出たので、痺れの魔法を解除する。
すると、動きの止まっていた隊員達が、我に帰った様な表情になり再び動き出す。
アンナもそれを見てホッとしたみたいだ。
予定通りの訓練が終わると、再び隊員達が扇型隊形に。
隊員達は、さっきの出来事がなぜ起きたのか、不思議がっている感情が心の中に溢れている。
アンナが説明を始める。
「今回、訓練の視察の為と、もう一つ、この国を救う為の壮大な試みをトルムル様が実行なされた。
そしてそれは、大成功を収めた。
詳しい事は国家機密なので言えない。
私から一つだけ言いたいのは、みんなの協力のおかげで、この国の……。
いや、セイレーンの攻撃から、世界を救うことの出来る手段をトルムル様が手に入れた事だ!
トルムル様から私達に、さっきの歌が入った魔石を4個寄贈されたので、いつでも聞くことが出来る。
以上、解散!」
アンナがそう言うと、部隊は騒然となった。
セイレーンの攻撃から、世界を救う手段を俺が手に入れた事と、魔石に歌が入っている事に驚いたみたいだ。
セイレーンに関しては、使い魔達がこの国で見張りをしている可能性があるので、秘密にしておきたい。
魔石に歌が入る事に関しては、ま、初めて聞く人にとっては驚くだろうな。
胸で岩を飛ばす訓練を指導していたアンナリアが、アンナに言う。
「アンナ隊長、魔石に歌が入っていると言いましたけれど、今までそんな事を聞いた事がありません。
どう言う意味でしょうか?」
「トルムル様が昨日、歌を魔石に入れる魔法を考案して下さった。
これは試作品で、まだ少数の人達しか知らない。
この魔石は、トルムル様の試みに参加してくれたみんなに、心ばかりのお礼の意を込めて私達に下さったという訳だ」
アンナの説明を聞いた部隊員達が、驚きながら同時に言う。
「「「「「「「「「「トルムル様って、凄〜〜い!」」」」」」」」」」
読んでくれてありがとうございます。
寒くなってきましたね〜〜。
風邪など引かぬように皆んさん、身体をあったかくして下さい。