ヴァール姉ちゃんの歌
翌日、再び城の地下にエイル姉ちゃん達と降りて行く。
ヴァール姉ちゃんの「故郷」の歌声が入っている7個の魔石を持って。
今回の目的は、歌だけで囚人達の行動がどう変わるのか試す為。
囚人の良心が機能していないのは、連続殺人犯の脳内を調べて分かったので。
地下に降りると、前と同じ異様な空間にエイル姉ちゃんは緊張が増している。
顔つきが真剣そのもので、今にも魔物が襲って来るのではないかと勘違いしそうなくらい神経を尖らせている。
最下層に降りると、そこで立ち止まり準備を始めた。
俺とエイル姉ちゃんが囚人達の目に触れると、今回の目的とは違った要素が入るので、護衛係の大柄なアンナにヴァール姉ちゃんの声が録音された魔石を渡す。
7個の魔石を通路に置いてもらって、地下のどの場所でも聞けるようにした。
囚人達に意識を向けると、様々な心の動きが読み取れる。
憎しみ、殺意、嫉妬、自虐、絶望、怒りなどだ。
今回の実験は、これらの心の動きがヴァール姉ちゃんの歌を聞いてどう変化するのか検証し、セイレーンが歌を届けていた真意を見つける為。
「トルムル様、魔石の配置を終わりました。
いつでも実験を開始しても問題ありません」
アンナが魔石の設置を終えて、俺に報告をする。
「ありがとう、アンナ」
俺がそう言うと、7個の魔石に音楽を再生するように魔法を送った。
魔石からはヴァール姉ちゃんの歌が聞こえ、地下にいる囚人達に歌を届け始める。
「おいおい、なんだよこの歌は」
「つまらねえ歌だな」
「どっから聞こえてんだ、これ?」
囚人達は段々と騒々しくなってゆく。
静かに聞くと思っていたのに、これでは大幅に予想が外れて、一から考え直さないといけなくなるよ。
ん……?
時間がたつにしたがって、囚人達が静かになっていく……。
曲の中程では誰も話さなくなっていった。
意識を伸ばして囚人達の心を読み取ると、全員がこの歌に感動して、負の感情が綺麗に消えている……。
歌に感動して、聞くのに夢中になっているからか?
これは驚きの効果だ!
最初はあんなに文句を言っていたのに、だんだんとヴァール姉ちゃんの歌声に魅了されてる。
魔法を発動しておとなしくさせた訳でもないのに、歌だけでこうなるなんて……。
彼らは歌に感動したから、他の心が押さえ込まれたのか……?
多少は静かになるかな……、とは思っていたのにここまでとは!
更に驚くべきことは、泣いている感情が伝わってくる囚人が7人いる事だ!
人々から恐れられた囚人が泣いているとは……。
「彼等も、ヴァール姉さんの歌に感動したみたいね」
囚人達が大人しく歌を聞いているので、エイル姉ちゃんはさっきまであった緊張を解いている。
地下の異様な空間は完全に消えており、囚人達は音楽に夢中になって感動している空間に変わっている。
異臭は……、同じだけれど……。
よく考えてみると、この世界の人達は音楽に触れる機会が非常に少ない。
音楽を持ち歩ける手段が今までなかったので、何かの行事がある時にしか歌を聞く事ができないから。
幼い時に母さん達が子供に歌っている「子守唄」とか「故郷」は、その時代にしか聞けないので、大人になってからは聞く機会が極端に少なくなる……。
その意味においては、幼かった頃の純真な心を思い出して泣いているのかな……?
とにかく、今回の実験は大成功で、次の段階に入る事に。
今度はアンナの部隊に行って、訓練中の人達に対して実験をする。
ヴァール姉ちゃんの「故郷」が吹き込まれた魔石を重力魔法で取り寄せて、地下を後にした。
アンナの部隊は山岳訓練をしているみたい。
生まれてからずっと筋トレをしてきた俺は、大人と同じくらいのスピードで歩けるので、アンナの後を付いて行く。
城を出て、山岳訓練地帯に入ると若い女の子達の笑い声が聞こえてきた。
威厳を出しながら近くまで行くと、部隊は休憩時間みたいで、切り株や倒れた木に座って笑いながら彼女達は話している。
部隊をよく見ると、エイル姉ちゃんと同じくらい若い女の子達ばかりで驚く。
実戦経験があるこの部隊は、中核部隊の一翼を担っていると聞いていたので……。
まさか、若い女の子達だけとは驚きだ。
その中の一人が俺達に気が付いて近寄り、俺を抱き上げる。
柔らかな胸に抱かれ……、あれ……?
アトラ姉ちゃんの胸の様に……、鍛え上げられている。
余りにも予想とは違ったので、何も言えず抱かれるままに。
「わ〜〜!
この子、トルムル様の人形に似てとっても可愛い〜〜!」
えーと、人形が俺に似ているんですが。
それに人形の足の方が、はるかに短い気がするんですけれど……?
抱いている子がそう言うと、俺に似た人形を体に付けている人達が集まって来て、俺を順番に抱いていく……。
魔法剣士で構成された部隊みたいで、どの子も鍛えられた胸で、アトラ姉ちゃんに抱かれたのと全く同じ……。
体格も大きくて、中にはアトラ姉ちゃんよりも大柄な子がいる……。
その子の番になると、顔が胸の中にあって息がく、苦しい……。
余りにも苦しいので足をバタバタと動かすと、アンナがその子から俺を引き剥がしてくれた。
「幼い子供を思いっきり抱いてはいけないと、私が言ったのを忘れたの、あなた達は?
それに、この人はトルムル様本人ですよ」
「「「「「「「「「「「「マジですか、隊長!」」」」」」」」」」
読んでくれてありがとうございます。
負の感情がある時に気に入った曲を聞くと、その感情が消える事ってありますよね。
音楽は、現代における魔法の1つかもしれません……。