使い魔のいた場所
次の時代に行くと、真っ黒で何も見えない……?
いや、少しだけ光が漏れている。
どうやら建物の中にいるみたいで、外は昼間なのに何でここに居るんだ?
もしかして、追っ手から隠れているのかな……?
「私は何て事をしてしまったんんだ……。
殺すつもりはなかったのに……」
男の独り言で、どうやら親子を殺したのを悔やんでいるみたい。
建物の外から、女の人達の声が聞こえてくる。
「またかい!
これでケンギュルに怪我をさせられた子供は3人目だよ。
貴族様の息子とはいえ、庶民に手を出していいものかね」
「数日前に、怪我をさせられた子供の父親が屋敷に行って、ケンギュルの両親に文句を言いに行ったようだけれど、門前払いで会えもしなかったそうだよ。
役所に行っても、上からの圧力で取り合ってはくれないし。
誰か何とかしてくれないと、その内、死人が出るよ」
「全くそうだよ。
あの貴族の家族は、庶民の命をその辺の虫ケラと同じ様に考えているからね」
女の人達の会話を聞いた後、男は再び怒りに燃え始めた。
聞き耳を立てようと、壁に耳を近づけている。
どうやらケンギュルって子に対してで、先ほどまでの反省が吹き飛んだみたいだ……。
亡くなられた娘さんの様になるのを防ぐ為に、どうやらこの子を殺すみたい。
これで、なんとなく分かってきたよ。
娘さんを殺されたので、同じ様な境遇の子供達を助ける為に子供殺しを始めた。
それでどこかのタイミングで使い魔を呼び込んでしまって、子供を見ると殺してしまうようになったんだ。
やり方は完全に間違ってはいるけれど……、やっている行動の動機は理解できる。
でも、どうして歯止めがかからなかったのだろうか……?
どうやら、使い魔の居た場所に解答があるみたい。
俺の意識を、使い魔の居た場所に移動する事に。
◇
又しても……、真っ暗で何も見えない……。
今度は心の目で見ているのに。
ここにはもう、何も残っていないのか……?
いや待てよ!
僅かだが、光が見える。
ほんの少しだけれど、光が漏れている。
ゆっくりと近づくと、何かが周りを覆っていた。
そして僅かな光の中から、声が微かに聞こえてくるんですけれど……?
誰かが閉じ込められているみたい。
でも、誰が……?
光はその誰かから出ている感じで、清浄な、とても強い意志を感じる。
使い魔から出ていた邪悪な意志とは真反対で、善良な意志を感じるんですけれど……?
周りを覆っている物を取っても、俺に害はなさそう。
危険かもしれないけれど、俺は鎌鼬を発動する。
もちろん、表面の覆いだけを切り刻む事に。
普通に鎌鼬の魔法を俺が使うと、一段階魔法レベルが上がってしまって、死神鎌になってしまい、中にいる誰かを殺してしまいかねない。
魔法力を抑えて、少しずつ……、少しづつ切ることに。
ザク、ザク、ザク、ザク、ザク、ザク。
かなり丈夫な覆いで、縄を何重にするようにし、ぐるぐる巻きにした感じ……。
ここまでするなんて、やはり使い魔の仕業だろうか……?
覆いが取れ始めると、中から漏れていた光が強くなっていき、真昼のような明るさに周りがなっていく。
中からは、球体の様なものが光り輝いており、眩しい程に……。
「助けて頂いてありがとうございます。
これで良心を取り戻せます。
え〜〜と……。
こんな所まで来て下さった人のお名前を聞きたいのですが。
もしかして、神様でしょうか?」
男の中に、こんなにていねいに話せる人……、がいるなんて……?
こっちが聞きたいのだけれど、向こうを安心させる為には、こちらから名乗らないとな。
「ぼくは、けんじゃのおさ、トルムル。
このおとこの、こころにはいって、あるけんきゅうをしています。
あなたはだれでしょうか?」
光る球体からは驚きの感情が伝わってきて言う。
「賢者の長になられたトルムル様の噂は知っていましたが、まさかここに来て私を助けてくれるとは!
私は他の心から、良心などと呼ばれています」
良心だって!
だから光から、善良な意志を感じたんだ。
良心をがんじがらめにしたから、男の心が暴走して殺人を繰り返した。
でも、誰が良心をがんじがらめにしたんだろうか。
使い魔か……?
「あなたを、うごけないようにしたのは、だれですか?」
「憎悪、怒り、感情の心達なのですが、愛の心が後押ししました。
愛する娘を殺されて、同じ境遇の子供達を助けたいが為に。
愛の心は私の味方だったのですが娘を殺された後、いじめられている子供達を、亡くなった娘同様に愛し始めました。
その結果愛の心は、増悪、怒り達の側について私を封じ込めたのです」
妄愛、って言うんだろうか……?
愛する対象を救う為には、危害を加える相手が死んでも構わないと……。
とにかくここは良心の居場所で、ここを止める事によって、人の良心的な行動を阻止できるって事だよな。
魔物達を追撃しないといけないのに、行動に移せなかったのは、ここが考える力を失ったからか……?
セイレーンはこの場所に向かって魔法を使ったんだな……。
たぶん……。
「トルムル様にお願いがあるのですが、怒り達を動けないようにして下さらないでしょうか?
私達の死刑が決まっているのを知っているのですが、最後ぐらい、元の正常な心に戻りたいのです。
私一人では彼らに納得してもらえるはずもなく、多勢に無勢で勝ち目がありません。
どうか宜しくお願い致します」
え……?
俺に依頼ですか。
連続殺人犯人の心から、この様な依頼を受けるとは夢にも思わなかったよ。
ま、目の前にいる良心のお陰で研究が少し進んだので、ここを去る前に依頼に答えても問題ないよな。
意識を周囲に伸ばすと、増悪や怒り、そして愛の心から妄愛の心に変化している彼らの居場所を特定する事ができた。
俺は強力な眠りの魔法を、彼らに対してだけ発動する。
彼らの意識が薄くなり、最後には感じられなくなっていく。
眠りの魔法は、この男が死ぬまで続く様にしたので、2度と意識が戻る事はない。
「かれらを、きょうりょくなねむりのまほうで、ねむらせました。
もはや、おきることはないとおもいます」
男の良心は神経を伸ばして、俺の言ったことを確かめているみたい。
「流石賢者の長、トルムル様です。
あっという間に彼らを眠らせて下さるとは!
願いを叶えてくれて、本当にありがとうございました」
さて、ここでやる事は全て終わったし、そろそろ外の世界に戻りますかね……。
◇
目を開けると、エイル姉ちゃんの胸の谷間に、俺の顔が埋まっている。
姉ちゃんが俺を抱いていてくれたのは嬉しいんですが、ちょっと恥ずかしい……。
それに、エイル姉ちゃんと俺が姉弟でも、この格好は男の威厳が全くないんですけれど……。
でも姉ちゃんに抱かれていると、心が休まるのを否定できない自分が悩ましい……。
「良かったわ、無事に帰れて。
長い時間が経っていたので、みんなで心配していた所だったのよ」
エイル姉ちゃんが心配するほど、俺は男の心の中に長い時間を使っていたんだ。
でも、一応の成果があったのでエイル姉ちゃんと、姉ちゃんの彼氏でもあるスィーアル第一王子に男の脳内での出来事を詳しく報告する。
「そうなんですか……。
最愛の娘さんが殺されて、同じ境遇の子供達を助ける為に殺人を始めたんですね。
それで、男の良心が自由になった今、眠りから覚めた男はどう変わるのでしょうか?」
俺と同じ疑問を、王子が投げかけてくる。
良心を取り戻した男の行動は以前と比べて、どう変化するんだろうか?
「ぼくも、おなじぎもんなので、このおとこを、めざめさせます」
俺はそう言うと、男が掛かっている眠りの魔法を解いた。
もちろん、男の心の中にあった怒りや愛の心達を目覚めさせない様に気をつけて。
男は目を覚ますと、以前とはかなり違う雰囲気に変わっており、理性的な目で、考える様に俺を見る。
そして悲しそうに話し始める。
「何故だか判らないのですが、貴方が新しく賢者の長になられたトルムル様で、私の心を元に戻してくれたのを知っています……。
お礼を一回言ったような気がするのですが……、もう一回言わせて下さい。
元の私に戻してくれて、本当にありがとうございました。
しかし私は……、とんでもない事を、今までしてきたようです。
いくら私が悔いても、亡くなった子供達は帰ってきません。
私が死ぬ日まで、少しでも皆さんのお役にたちたいのですが、今の私に出来る事はあるでしょうか?」
予想通り、男の良心を取り戻せたみたい。
でも、今の彼に出来る事ってあるのかな……?
そうだ!
彼の魔法力は桁外れに高いので、魔石や宝石に沢山貯める事ができるよ。
セイレーンとの戦いで怪我をした人が多くて、魔石などに蓄えていた魔法力をかなり使ったと王子が言っていたよな。
今の彼なら再び魔法が使えても、二度と悪い事はしないだろうし。
「せんそうで、マジックパワーがおおくひつようです。
あなたのマジックパワーを、ませきにためて、ひとのやくにたつことができます。
スィーアルおうじ、どうでしょうか?」
「それは可能です。
罪を悔い改めた罪人達は、自らの魔法力を人の役に立つように魔石などに入れています。
貴方がそれを望めばですが……」
男が始めて笑顔になり、言う。
「本当ですか?
是非お願いします!
私の最期の願いを聞いて下さって本当にありがとうございます。
これもトルムル様のおかげです。
本当に、本当に有難うございました」
男は礼を言って、俺に頭を深く下げる。
それから男は、何度も頭を俺に下げながら独房に戻って行った。
キュー、グルグルグルゥ〜〜〜〜。
おっと、俺のお腹が鳴っている。
何で?
エイル姉ちゃんが笑いながら言う。
「うふふ、トルムルお疲れ様。
お昼の時間はとっくに過ぎているし、高度な魔法を沢山使って、トルムルはお腹が空いているのね。
私は待っていただけだったけれど、私もお腹がペコペコ。
トルムルは私以上に疲れているみたいだから、抱いて上まで行ってあげるわ。
大きな研究の成果があったし、姉からのご褒美よ」
そう言ったエイル姉ちゃんは、俺を再び抱きかかえてくれた。
階段を上る間だけだったけれど、俺の心を安らかにしてくれるエイル姉ちゃん。
過去の記憶だったとはいえ、俺は殺人現場を見て多少心が乱れていた。
姉ちゃんはそれを察してくれたのかな……?
ありがとう、エイル姉ちゃん。