黒い靄
朝食が終わって、ヒミン王女とウール王女を乗せたペガサスを見送った。
そのあと、エイル姉ちゃんと護衛の2人と共に、城の地下へと通じる階段を降り始める。
階層が下になればなるほど、湿気とカビ臭い匂いが増してゆく。
でもそれ以上に、狂気に満ちた気配が増大していき、異常な空間を作り出していた。
最下層まで行くと、狂気の渦の中に居るみたいで、普通の人だと1日で気が狂いそうになるだろう。
エイル姉ちゃんをみると、いつも以上に緊張しており、魔物と戦いを挑む前みたいだ。
それに異臭が酷くなり、まともに息ができないほど臭い……。
こんな環境で人間が居るなんて信じられないけれど、ここには重罪犯罪人達が多く居て、他の場所では脱獄の危険が高くなるのでここしかないみたいだ。
薄汚い重厚なドアを開けると、椅子と机がある部屋に通される。
護衛係の大柄なトームナが俺に近寄って、一枚の書類を見ながら言う。
「最初に連れて来る囚人は、こいつでいいでしょうか?」
囚人の中で、最も凶悪な連続殺人の罪で捕まっている男を最初の研究に使うと昨日から決めてあった。
国を移動しながら殺人を繰り返して、確認できただけでも30人を超えている。
実際はもっといるみたいだけれど、本人しか殺された人達の実数は分からない。
30代後半の男で、捕まった後は殆ど話していない。
殺された人達は子供がほとんどで、大人が殺された事例は、子供を庇おうとして犠牲になったと書類には書かれてあった。
家族構成も、名前すら分からないこの連続殺人犯を憎む人はあまりにも多い。
ゴト、ゴト、ゴト、ゴト。
何か重いものを引きずる音が部屋の外から聞こえてくる。
しばらくするとドアが開かれ、薄汚れた、痩せた男がトーナムに小突かれながら入って来た。
男の目を見ると無気力で、魂が抜け落ちた様に感じる。
両足はクサリで繋がれており、クサリには重い鉄球が繋がっている。
両手は魔石が組み込まれたクサリで繋がれており、魔法が発動しない様になっていた。
山賊退治の時に見た時とは違って、遥かに丈夫に作られているので脱獄は不可能に思える。
男の目が俺を捉えると、何かのスイッチがはいったように狂気の目に変わってゆく……。
「ウガァ〜〜!」
奇声を上げると、男はいきなり俺に襲いかかろうとしたけれど、女性の護衛係であるアンナによって無理やり俺の向かいにある椅子に座らせた。
痩せているとはいえ、大の男を簡単に椅子に座らせるって、アンナの力って思っていた以上に凄い!
って、アンナを関心するのではなく、男を観察しないとな……。
暴れている男の両肩を押さえつけているアンナが、俺を見て言う。
「トルムル様、こやつを暴れない様に縄で縛りましょうか?」
『トルムルだって!』
俺の名前が出た途端、男の頭部から微かに声が聞こえる。
魔法で聴力を上げてあるとはいえ、男の思っている声が聞こえるのが不思議なんですが……?
俺の名前を聞いた男は目から狂気が消えていき、無気力だった状態に戻っていく。
何か……、引っかかるんですが……?
さっきの声は、明らかに俺の名前を知っていた。
そして、名前を言った途端に男が狂気から無気力へと逆戻り。
もしかして、この男は操られているのか……?
意識を男に伸ばして頭の中に向けると、普通では感じられないドス黒い塊を感じる……。
俺の長い人生……、の中で、経験した事のない塊だ!
『ヤバイ!
奴が俺に気が付いた』
ドス黒い塊から、声が聞こえるんですが……?
どうやら、何かが脳内のこの場所に巣食っていて、感情をコントロールしているみたいだ。
「おとこの、のうないにいる、おまえはなにものだ!」
ドスの効いた声で俺が言うと……。
と思ったけれど、一才児がいくらドスの効いた声を言ってもたかが知れており、可愛い……、ドスの利いた声にしかならないんですけれど……。
それでも効果があったみたいで、黒い塊が言う。
『チィ〜〜!!
賢者の長に見つかったのなら、この男から離れるしかないな』
そう言った途端に、黒い靄の様なものが男の頭から出て来る。
黒い靄が逃げられない様に、俺はとっさに重力魔法で机の上に引きづりおろした。
「クッソー!
離せ〜〜!」
護衛係の2人と、エイル姉ちゃんが突然の出来事にビックリしている。
姉ちゃんが黒い靄を指差して、気持ち悪そうに言う。
「これって、男の頭から出て来たんだよね……。
今まで見たことがない物だけれど、これは魔物なのトルムル?」
魔物は体があるはずなのに、こいつには無いんですが……。
意識だけが、そこに存在している感じ。
妖精と同じで、意識のエネルギー体か……?
とすると、これは魔王側の何か……、だよな。
そういえば、ヴァール姉ちゃんがバラードで語っていた使い魔の箇所で、人間を操るのもいると。
使い魔は、闇の神々に仕えているとバラードで確か語られていたような……。
とすると、こいつは闇の神アーチの使い魔で、人間界を混乱さす為に男の精神を操っていたのか?
ん……?
俺……、こいつが男の精神を操っていたと思ったよな。
つまり、脳内のあの箇所で、人間の精神を操る事が出来るんだ……。
こんなにすぐに、精神を操る脳内の箇所が見つかるなんて、黒い霧に感謝……。
って、こいつが原因で、子供達の命が奪われたのは間違いない。
「おまえは、アーチのつかいまだな」
再びドスの効いた……、可愛い声で俺は言う。
俺がそう言うと、使い魔よりも聞いていた3人の方が超……、驚いている……。
「こいつが使い魔なの?
闇の神々に仕えていると、バラードで語られている?」
姉ちゃんが思い出すように言う。
「そうみたいです。
このくろいもやが、おとこのこころをしはいし、おおくのいのちをうばいました。
アンナさん、スィーアルおうじを、ここにつれてきてくれますか?
こいつのしょぶんを、けんとうしたいので」
アンナは頷くと部屋を出て行く。
しばらくすると、王子が急いで部屋に入って来た。
王子は部屋に入って来るなり、机の上にある黒い靄を鋭い目付きで見る。
「これが……、使い魔なんですね。
こんな短時間で使い魔を捕まえるとは、流石トルムル様です。
人類史上、使い魔を捕まえた事例は私は知らないのですが、これがそうなんですね。
魔王が侵略を開始してから、犯罪の増加率がうなぎ上りになった一因は、使い魔によるものだったのですね」
犯罪の増加率が上がったって事は……。
間違いなく魔王の後ろにいる闇の神、アーチによる仕業だ!
とすると、この地下牢に居る犯罪人の中には、この男と同じ様に、使い魔に精神を支配されている人達がいる可能性が高いな。
意識を地下にいる人達に向けると、この黒い靄と同じ感じが至る所でするのが分かった。
重力魔法で、1匹づつここに来て頂く。
ドアから黒い靄が来る度に、4人が驚きながらそれを見ている。
全部で9匹見つかり、机の上に一緒にいるけれど、暴れまくっているので重力魔法を強めた。
苦しいのか、最初にここに居た使い魔に文句を言い始めている。
「お前が、見つかったから、オレ達も見つかったじゃないか!」
「なんでオレ達に逃げろと言わなかったんだ!」
「もうオレは終わりだ〜〜!」
こんなにいるとは……。
とにかく、こいつらの処分を考えないと。
ずっと、重力魔法を使えないので……。
「つかいまの、しょぶんは、どうしますか?」
俺が王子に聞くと、困った表情に変わって行く。
「突然の出来事なので即答は無理なのですが、使い魔達を逃げない様にする方法はありますか、トルムル様?」
逃げない方法って言われても……。
あ、そうだ!
魔石を使って、絶えず重力魔法を発動するようにすればいいんだよな。
たぶん、ゴブリンの魔石では魔力が足らないから……。
ワイバーンの魔石なら、大丈夫そう。
「ワイバーンのませきをつかって、じゅうりょくまほうを、たえずはつどうできるはずです。
いちにちにいっかい、まりょくをきょうきゅうすれば、かれらはにげられないでしょう。
ねんのため、いしのいれものにいれておけば、にげることはふかのうです」
「ありがとうございます、トルムル様。
アンナ、ワイバーンの魔石と、この黒い靄が入るくらいの石の入れ物を宰相に言って、もらって来てくれないか?」
アンナは王子に返答すると、魔石を受け取るために部屋を出た。
エイル姉ちゃんが、黒い靄の集団を見ながら言う。
「この使い魔達は、魔法を使えるの?」
使えるんだったら、すでに重力魔法から逃げるために、何らかの魔法を使っているはず。
と言う事は……。
「こうげきまほうは、つかえないみたいです。
つかえるとすれば、ひとをあやつるまほうだとおもわれます」
使い魔達は急におとなしくなり、暴れもしなくなった。
もうダメだと観念したのか、あるいは情報をこれ以上俺達に渡さない為に、闇の神から捕まった時の対処方法を聞いているのか……。
後者の方が可能性が高いけれど、使い魔に聞いても何も答えてくれないだろうな。
アンナが、俺と同じくらいの大きな石の入れ物を持って来た。
軽そうにもっているけれど、それ全部、石なんですけれど……。
アトラ姉ちゃんに、勝るとも劣らない程の怪力だ!
って、また感心してしまった……。
アンナが机の上に石の入れ物を置いて蓋を開けると、布に包まれているワイバーンの魔石があった。
エイル姉ちゃんを見ると、俺が何も言わなくても、ワイバーンの魔石を俺の前に置いてくれる。
早速俺は、空いている左手で魔石に付与する為のイメージを開始。
最初に魔石を強化する為に、アトラ姉ちゃんの胸を……、チラッとアンナの胸を見た。
次は重力魔法と、魔法力を貯められるイメージを加える。
最後に、少しづつ魔法力を使って、使い魔達に重力魔法を発動するイメージを加えた。
全てのイメージが完了すると、俺は魔石にこれらのイメージを魔法力を使って魔法を発動する。
シュゥゥーーーー!
静かな音と共に、魔石に魔法が付与された。
すぐに検査魔法で確かめると、思っていた魔法が付与されたので一安心。
さっそく魔石に魔法力を入れると、魔法が発動して、使い魔達を重力魔法で虜にした。
横で見ていたエイル姉ちゃんが感心して言う。
「トルムルは、魔石付与のレベルがまた上がったみたいね。
1つの魔石に、こんなに魔法を同時に入れるなんて!
しかも、右手は使い魔達に重力魔法を使いながらでしょう」
スィーアル王子も感心して言う。
「流石、世界的に有名な付与師、ドールグスヴァリ様の息子さんです。
難易度の高い複数の魔法を、いとも簡単に片手でだけで魔石に付与できるとは!」
父ちゃんの下で修行したおかげで、王子に褒められたよ。
ありがとう、父ちゃん。
研究は始まったばかりだけれど、幸先はいいよな。