東海岸
天国にいる母ちゃんから、国王になる祝いの言葉を聞けた。
今までの努力が報われた気がして、父ちゃんに抱かれながら昨夜は涙を流してしまった。
母ちゃんの言葉で涙を流すという事は、俺の中でどれだけ重要な人なのかわかる。
これから先の人生も、母ちゃんの魂の存在が俺の心の支えになるだろう。
天国にいる母ちゃんが、俺を見ていているというだけで頑張れる。
なんたって母ちゃんは、この素晴らしい異世界に俺を生んでくれた人だからだ!
翌朝、母ちゃんのお墓に行った後、父ちゃんの店に行ってみる事に。
中に入ると店は荒らされた形跡が無く、昔のままだったので懐かしくて思わず立ち止まってしまった。
その時突然、表のドアが開き、中年のおばさんが入って来た。
どこかで見た様な……、顔と体型……。
おばさんは俺に近付き、懐かしそうにしている。
そして突然俺を抱き上げて、大きな胸で強く抱いた。
強く抱き過ぎて、く、苦しんですけど……?
でも、なぜか……、懐かしい人に抱かれている様な……。
「トルムルちゃんが、国王になる話は本当ですの?」
あ〜〜〜〜〜〜!!
この人は、父ちゃんの店の常連さんだ〜〜!
父ちゃんと一緒に住んでいた時に、よく店に来てくれていた常連のお客さん。
何回も抱かれた事があり、俺は常連さんに営業笑いでご機嫌を伺っていた過去がある。
「おひさしぶりです」
えーと。
常連さんの名前を知らない……。
「そのはなしはほんとうで、むいかごに、たいかんしきがあります」
俺がそう言うと常連さんは疑っていたみたいだけれど、その前に……、1才の俺が普通に話をするのにびっくりしたみたいだ。
「トルムルちゃんは……、まだ、1才ですよね……。
賢者の長になったと聞いた時は、別の人かと思っていたのよ」
「ちちが、たいへんおせわになっています。
このたび、ぼくがこくおうになるくにに、ちちもいくことになりました。
むこうのくにに、ちちのみせを、いてんするためです。
ながいあいだ、ほんとうにありがとうございました」
常連さんは凄く驚いた顔になり始め、父ちゃんを見て言う。
「トルムルちゃんの話は本当ですの?
そのう……、ここのお店をたたんで、西にある遠くの国に移転する話は」
父ちゃんは残念そうに……、常連さんに言う。
でも、内心は喜んでいる様な気がするんですけれど……?
「トルムルが国王になりますので私は重要人物になるみたいで、その為、魔王から狙われているのです。
私1人ここで店を開きますと、魔王に誘拐されかねませんので、より安全なトルムルの国にある城の中で店を出せることになりました。
あちらにおいでの時は、ぜひ私の店にお越し下さい。
今までごひいきにして下さり、本当にありがとうございました」
常連さんは父ちゃんの言葉に更に驚き、俺を抱きかかえたまま固まってしまう。
そして、何かを考えるような目付きに……。
「トルムルちゃんの国は、遥か西にある国ですわよね。
その国は、魔王軍によって殆どの建物が壊されたままだと噂で聞いていますが、それは真実なのですか?」
え……?
何で常連さんが、そんな事を聞くの……?
常連さんには、関係のない話の様な気がするんですけれど。
でも……、一応答えないとな。
「それはしんじつで、だいくさんのかずがたらず、おおはばにふっきゅうがおくれています。
ふゆがくるのに、すきまかぜのいえがおおくあり、ほんとうにこまっているのです」
俺が言った途端、常連さんの目が一瞬キラリと光る。
そして、何かを決断した目付きになり、俺に言う。
「とういう事は、大工の仕事はたくさんあるのは間違いないのですね。
それでしたら、私達もトルムルちゃんの国に移住しますよ」
え〜〜!
とういうことは、常連さんて大工さんだったの?
しかも、私達って言ったよな。
もしかして女棟梁なの?
「だいくさん、なのですか?」
アッといけない。
端的に聞きすぎた……。
「トルムルちゃんは知らないのも無理はないですわ。
私は弟子が8人いる棟梁で、彼らと一緒に仕事をしているのよ。
最近魔物がこの辺りに現れなくて、仕事が減ってきて困っていたの。
私達が行っても、問題はないですわよね?」
何と……、こんな所で必要と思っていた大工さんが俺の国に来てくれるなんて!
しかも9人も!
「ありがとうございます。
だいくさんは、のどからてがでるほど、ひつようなひとたちです」
「そうと決まったら、急いで旅支度を整えないといけないわ。
トルムルちゃんの戴冠式には間に合わないけれど、近いうちに向こうに行けると思いますよ」
常連さんは俺をもう一度強く抱くと、父ちゃんに軽く頭を下げて店から出て行った。
父ちゃんを見ると、常連さんの後ろ姿を見送ったまま動こうとはしない。
俺も驚いたけれど、遠くにある俺の国に、即決で行く事を決めた常連さんに父ちゃんは驚いたみたい。
でも……、それにしては……、驚きすぎでは……?
父ちゃんはハッと我に返って俺の方を向き、困った口調で言い始める。
「トルムルだけには真実を話さないといけないね。
実は……、ナタリーが亡くなって一年経った日に、さっき帰って行ったスキニーさんが店に来て、私に恋の告白をしたんだよ」
え〜〜!
ま、まじですか!
「私はナタリーを今でも愛しているから、誰ともお付き合いはできませんって言ったんだけれど……。
私は決して諦めませんって、スキニーさんから言われてしまって。
それから彼女は以前よりも店に来る回数が増えて……、その度に商品を買ってくれるんだけれど……。
良い常連さんなんだけれど、対応に困っていたんだよ。
遠くにあるトルムルの国に行けるので、スキニーさんから離れられると喜んでいたんだけれど……。
わかるだろうトルムルなら」
……。
わかるだろうって言われても……。
スキニーさんに俺の国に来るなとは言えないし……。
むしろ、大工さんを大勢連れてきてくれるのでスキニーさん御一行は大歓迎なんですけれど。
でも、父ちゃんの事情もわかるけれど……。
父ちゃんてハンサムな部類に入るから、中年の独身女性はほっとかないよな。
それに優しいし。
「とうさんが、かあさんをあいしているので、もんだいないとおもいます。
ふつうのおきゃくさんと、おなじたいどを、とればいいとおもいます。
まさか、とうさんを、ゆうかいすることはないでしょうから」
「誘拐は無いだろうけれど……。
トルムルには、女性関係の話は難しかったみたいだね」
え〜〜と。
既に、ウール王女とヤールンサクサ王女の間に挟まれて、かなり悩んでいるんですけれど……。
サンラース国に行っていたエイル姉ちゃんから、命力絆を使った緊急の連絡で、いつも以上の早口で緊迫した口調で言う。
『トルムル大変!
サンラース国に魔物の大群が押し寄せて来ている。
サンラース国軍の半分以上が、魔物と戦争をしていた西海岸に居るので苦戦をしいられているわ。
私も戦っているけれど、魔物の数が多すぎて……』
しまった〜〜!!
この世界も惑星なので、反対側の大陸から魔物が襲ってくることができるのを見過ごしていた〜〜。
奪われた三国を取り返したので、俺達は油断していたみたいだ。
すぐに対応しないと、超まずい事になる。
すぐにでもエイル姉ちゃんの体を借りて戦闘に参加したいけれど、先にやる事がある。
両面攻撃の可能性もあるので、魔王の娘ニーラと一緒にいるアトラ姉ちゃんはメデア国に居てもらおう。
グマル国とダルカン国には、ディース姉ちゃんとイズン姉ちゃん達が既にいるので、もしもの時の為にそこに居てもらわないとな。
魔物が襲って来たら、姉ちゃん達の体を借りて俺は戦えるから。
ウール王女にはペガサスに乗って東の海岸に行ってもらって、空からの偵察を頼もう。
ヒミン王女は、父ちゃんと俺の体の安全を確保してもらわないと。
リバイアタンには東海岸まで移動してもらって、船で海を渡って来る魔物達を沈めてもらう。
ジズも同じように東海岸に移動してもらって、空から来る魔物を撃退してもらう。
リバイアタンとジズは東海岸まで行くのに時間がかかる。
でも長期戦の場合、彼らは強い味方なので安心だ。
ベヒーモス、グライアイ、ゴルゴーン三姉妹も西海岸に留まってもらって、いざという時には戦闘に参加してもらう。
彼らも戦闘に参加したと俺に言っていたし。
モージル王女には、東海岸で戦闘に参加してくれる妖精達に連絡を入れてもらう。
妖精達の中には、強大な力を使える妖精もいるから。
それに、どの国に魔物が攻めて来たのか知りたいので、妖精達の情報力が必要だ。
モージル王女の情報力よりも、今回はエイル姉ちゃんの方が早かったので、まだサンラース国しか魔物達はたどり着いていないみたいだ。
命力絆で繋がっている人達とモージル妖精女王、それと、リバイアタン達の連絡が取れる魔物達に今回の緊急事態を伝え、それぞれの役目を言った。
『『『『『わかったわ、トルムル』』』』』
姉ちゃん達の息のあった返事に、いつも通りの緊急時での対応が似ているので思わず微笑む俺。
ヒミン王女は、馬車で父ちゃんと俺をすぐに迎えに来てくれる。
ウール王女は里帰りしたばかりだけれど、旅支度を整えてすぐに出発すると言ってくれた。
リバイアタンとジズは、快く俺の指示に従うと言ってくれたので、最悪は免れるなと一安心する。
ヒミン王女が店の前に馬車で来てくれたので、俺はすぐにエイル姉ちゃんの体に心を移動させる。
◇
目を開けると、目の前にエイル姉ちゃんの彼氏であるスィーアル王子が心配そうに俺を見ている。
「トルムル様が、本当にエイルさんの体に入っているのですか?」
姉ちゃんの達の体に心を移動できるのを王子は知っていたけれど、目の前で見るのは初めてなので心配そう。
王子がエイル姉ちゃんを愛している証で、弟の俺としても嬉しいよな。
「エイルねえさんのからだに、こころをいどうさせました。
まものたちに、きょうふをあたえるために、ハゲワシにへんしんしてたたかいます」
俺はそう言うと、ハゲワシに変身する。
エイル姉ちゃんの姿で戦うよりも、この方が威圧感がある。
髪の毛が沢山生えてきているので、俺は鷹などの鳥にも変身できるけれど、魔物が恐れるのは噂のハゲワシなので……。
昔、あれだけハゲワシに変身するのを嫌がっていた俺だったけれど、髪の毛が沢山生えているので今は抵抗が全くない。
人間、変われば変わるもんだと思う。
って、早く窓から出て、戦闘に参加しないと……。
「それではいってきます」
「お気を付けてトルムル様」
王子はそう言うと、ハゲワシに変身した俺を、愛おしい目で見ている。
王子は俺に、なにか……、とくべつの感情でも有るのか……?
恋をしているような目付きなんですけれど……。
あ、そうか。
エイル姉ちゃんの体を心配していただけなんだ……。
ホッとする俺……。
『右の窓から出てトルムル。
そちらの方に、魔物の主力部隊がいるわ』
おっと、いけない。
精神を集中して、戦闘に備えないと。
夏の暑い日差しの中、俺は窓から飛んで大空に舞い上がる。
下では激しい戦闘が繰り広げらている。
明らかに人間の数よりも魔物の数の方が多い。
俺はすぐに、魔矢で攻撃を開始。
シュ、シュ、シュ、シュ、シュ、シュ、シュ、シュ。
八本の矢がハゲワシの翼から放たれ、魔物達を襲う。
「グワァー」
「ギャー」
「グギギィー」
魔物達は悲鳴をあげながら倒れ、魔石変わっていく。
人間達が俺を見て言う。
「おい、あれは噂のハゲワシでは?」
「確かにハゲワシが魔物を攻撃した。
しかし、トルムル様は西海岸にいるのに、どうやってこちらにすぐに来られたんだ?」
「これで助かったよー。
間違いなく賢者の長トルムル様が、ハゲワシに化けて来てくださったんだ」
化けてって……。
ま、いっか。
とにかく間に合ったみたいで、味方が反撃を開始している。
この調子だと、なんとかなりそうだ。
『さすがトルムルね。
魔物達が撤退しだしたわ』
エイル姉ちゃんに言われて戦況を見てみると、魔物達は乗って来た船に押し寄せている。
俺は再び大空に舞い上がって、次の獲物を探して魔矢を放っていった。