究極魔法の欠点
「トルムル、もうすぐ大事な昼食会があるので起きて!」
エイル姉ちゃんにそう言われて目を覚ますと、心配そうに姉ちゃんが俺を見ている。
確か俺は、広域治癒魔法を使った後、眠くなって寝た記憶が……。
え〜〜〜〜!!
昨日の夕方から、今まで寝ていたの俺……。
もうすぐ昼って、軽く半日以上は寝ていた事になる……。
仲間の魔法力を使って、初めて大規模な広域治癒魔法を昨日の夕方使ったけれど、いくらなんでも寝すぎでは……?
これでは魔王と戦う時に、仲間の魔法力を使った後、何も出来なくなり俺は寝てしまうのか……。
もの凄い威力の攻撃魔法が使えても、これでは魔王には勝てない。
これを使ったが最後、魔王を倒せなかったら反撃を食らって、そこで俺の第二の人生も終わってしまう〜〜!
それに俺が殺されれば、この世界の人々が希望を失ってしまうのは明らかだ!
今後の課題として、これを克服しないと魔王戦ができない……。
何か手はないのだろうか……?
「トルムル……、本当に大丈夫なの?」
魔王戦について考えていたら、エイル姉ちゃんが心配そうに言う。
そうだ!
新しい料理を、この国の主だった人達に昼食会で食べてもらうんだった。
キュゥ〜、グルグルグル〜〜〜〜。
突然、俺のお腹の虫が大きな音を立ててなった。
エイル姉ちゃんは呆れた顔で言う。
「半日以上も寝ていれば、お腹の虫もなるわよね。
トルムルがお腹を空かせていると思って、スープだけ持って来ているわよ。
お腹いっぱい食べると、昼食会で食べれなくなるからね。
向こうのテーブルに置いてあるから」
「エイルねえさん、ありがとう。
おなかがすきすぎて、しにそうです」
俺はそう言ってテーブルのある方を向くと、既にモージル妖精王女達が、テーブルの上に正座して小さなスープ皿から小さなスプーンでスープを啜っていた。
ヒドラの妖精が正座して、スープを啜っているのは、少し……、可愛いかも……?
モージル王女と目が合って、王女が言う。
「トルムル様、お早うございます。
と言っても、もうすぐお昼ですけれど……」
でも何で……、モージル王女がスープを啜っているの……?
昼食会に参加するんだから、そちらで食べればいいのに……。
テーブルに行って赤ちゃん用の椅子に座ると、モージル王女の横の頭であるドゥーヴルが悲しそうに言う。
「昼食会で間違いなくお腹いっぱい食べるのに、モージルはこのスープの香りに負けて、エイルさんに頼んでこれで三杯目!
この大陸からトルムルが3つの国を奪い返したから、モージルは心配事がほとんど無くなり、昼食会ではお腹がはち切れんばかりに食べるのは間違いなさそう……」
三杯目って……。
ドゥーヴルとマグニは、モージル王女がお腹いっぱい食べると、吐き気がして気分が悪くなると以前に言っていたよな。
今日は間違いなく美味しい食べ物を用意したので、彼らにとっては苦痛……、かも。
モージル王女にも関係ある事で、呼ばないという選択肢はなかったので、2人には我慢してもらうしかないかな……。
エイル姉ちゃんが鍋からスープをスープ皿に入れてくれると、さっそく俺は赤ちゃん用の小さなスプーンで啜り始める。
エイル姉ちゃんが書類を持って来て、報告を始めてくれる。
「食べながら聞いて、トルムル。
昨日トルムルが行った広域治癒魔法は、三国の田舎の村までも行き渡ったと、グマル国に居るディース姉さんと、ダルガン国に居るイズン姉さんが報告して来たわ。
石にされた人達の健康状態が元に戻っただけでなく、失われた体の部分が生えてきて、とても衝撃だったと誰もが言っているわよ。
更に、三国に居る人達から、シミや傷跡なども治ったと報告が多数きているわ。
今回トルムルの行った広域治癒魔法は大成功と言いたいのだけれど、問題点も見つかったの……」
え、問題点だって!
俺が疲れて、半日以上寝てしまう事……?
「トルムルは今まで寝ていたけれど、それと同じ様にウール王女を始め、多くの妖精達も長い時間あれから寝ていたの。
強靭なアトラ姉さんは何とも無かったと言ったけれど、治療師のシブ姉さんと妊娠中のヴァール姉さんが倦怠感を訴えて、早めに寝たみたい。
私も少し倦怠感があって、全力で戦闘した後みたいな感じだったわ。
今回、広域治癒魔法で大きな奇跡を起こして、人々に感動を与えた。
けれど、魔王戦で使うには危険すぎるのではと、姉さん達やヒミン、それに私もそう思う。
トルムルも気が付いているとは思うけれど……」
俺だけだと思っていたら、ウール王女や妖精達も長い間寝ていたんだ。
どうりで、モージル王女が三杯もスープをお代わりするわけだ!
それと、エイル姉ちゃん……。
いつも以上に早口なんですけれど……。
「問題はそれだけでなくて、みんなの魔法力が完全になくなって、しばらくの間、誰も魔法が一切使えなかった事。
大きな奇跡を起こせるけれど、その反動も大きいわね」
魔法が誰も使えなくなったって……、それって……、魔法の世界であるこの世界では致命的だ!
「あと、ヴァール姉さんが奇妙な事を言っていたので真偽は分からないのだけれど、トルムルに確かめて欲しい事があるの。
それは、広域治癒魔法を使っている時にヴァール姉さんから魔法力がトルムルに流れたんだけれど、姉さんのお腹にいる胎児からも微量に流れたと言っているのよ。
もしかして、ヴァール姉さんのお腹の中にいる子とトルムルは繋がっているの?
私とトルムルが、命力絆で繋がっているように?」
え……?
ヴァール姉ちゃんのお腹の中にいる子が、俺と繋がっているだって!!
意識をヴァール姉ちゃんに向けると、もう一つ、とても小さな意識が感じられた……。
こ、こ、この意識って、ヴァール姉ちゃんのお腹に居る子の意識なの……?
そう言えば、ヴァール姉ちゃんが妊娠したと知った時に、思わず祝福の魔法を使ったんだった……。
もしかして、その効果で心で繋がったのか……?
「ヴァールねえさんに、いしきをむけると、もう一つのいしきをかんじます。
ひじょうにちいさな、いしきですが……」
エイル姉ちゃんは少し驚いて、目を大きく見開いて言う。
「ヴァール姉さんの言った事は事実だったんだね。
姉さんが言うには、お腹の中に居る子がトルムルと繋がっていたら、良いなって話していたわ。
もう少し成長すれば、トルムルに体内教育をしてもらえるだろうって!
それに、トルムルとこの子が心で繋がっているので、緊急の時には助けてくれるかもしれないからですって!」
え〜〜と、……。
これってもしかして、母ちゃんが俺に体内教育をしてくれたのと同じ様に、ヴァール姉ちゃんの胎児にしてくれって意味だよね。
しかも、遠く離れた場所からでも直接意識が繋がるので、簡単に体内教育ができるって事……?
「ヴァールねえさんには、私からこの事を伝えておくわ。
トルムルには昼食会で新たに加わって頂いたこの国の宰相で、この国の貴族の中では最も長い歴史と、王家に最も近い血筋のストゥルルング様が来られる事になったの。
で、ストゥルルング様が王様になるのは間違いなさそうだから、この国の統治の移行を速やかに行うために、色々と考えて欲しいのよ。
ストゥルルング様は広域治癒魔法で完治なさり、失われていた腕も再生されたって、とても喜んでいられたわ。
更にシミも消えて、潤いの肌になって若返ったと」
ストゥルルング宰相が完治して、昼食会に来られるんだったら、間違いなくこの国の王様に就任されるだろうから、この国での俺の役目が終わりになるな。
戦時体制で三国を俺は統治しているけれど、これで肩の荷が降りそうなので一安心。
その後エイル姉ちゃんは、三国の細かな報告を俺にしてくれる。
ここ、メデア国はストゥルルング宰相が王様になるけれど、グマル国とダルカン国は貴族同士て権力争いが始まっている報告を聞いて、少し悲しくなる。
でも、俺には口を出す権利はないので、静観するしかなさそう……。
グマル国とダルカン国の王様が早く決まって、母ちゃんの墓参りに行きたいよ。
「……になるわね。
報告は以上だけれど、何か追加で知りたい事はある、トルムル?」
……、ないです……。
それに、エイル姉ちゃんの早口に圧倒されて羨ましかったです、なんて……、本人には言えないな……。
「ほうこく、ありがとうエイルねえさん」
「どういたしまして。
それで、スープは美味しかった、トルムル?
トルムルの好きなミルキーモスラが市場で売っていて、初物だったから久しぶりに作ってみたのよ。
これからの季節、美味しくなるわよね」
さ、さ、さっきのが、ミルキーモスラのスープだったの……?
とっても美味しいとだけしか……。
蛾の幼虫で、俺が唯一食べれない食材……、だった……。
考える事が多すぎて、味がよく判らなかった〜〜〜〜〜〜!!
吐き気が、今のところしていないので、だ、大丈夫だ!
耐えるんだ〜〜、俺!
な、なんとか、持ちこたえられそう……。
俺……少しは進歩しているよね、母ちゃん……。