脇道その一、メデア国の宰相
今回初めて、主人公以外の視点で書いてみました。
石像から人間に戻ったのは良いが、節々が痛くて一人では歩く事もできない……。
それに、石像になっていた期間に右腕が壊されたみたいで、人間に戻ってもそのままだ。
国王一家がお亡くなりになられた今、この国の宰相として皆を導いて行かねばならぬのに、この体では宰相の激務にたえられず、引退をせねば皆に迷惑をかけてしまう。
賢者達が魔王からこの国を取り戻したというのに、一日中、椅子に座っているだけとは情けないものよ。
コンコン。
ドアを叩いているのは娘のアンゲイアだな。
それにしても、十数年ぶりに娘に再会して、大人になっていたので驚いたものだ。
幼かった時の娘の記憶しかないので、今でもどう話して良いものかと戸惑っておる。
亡くなった妻に似ており、最初見た時は、若い時の妻の夢を見たと思ったほどだ。
それに娘は、新しく賢者になられたアトラ様の部下として、最前線で戦っていたと聞かされた。
私の時代は終わって、娘の時代になったのかもしれぬ。
娘が部屋の中に入って来ると、コーヒーの良い香りで、思わず深呼吸する。
十数年間、石像にされていた間に、こんなに美味しい飲み物ができるなんて長生きはしてみるものだ。
「お父様、夕食をお持ちしました。
お加減の具合はいかがですか?
明日、診察の予約ができましたので、これでお父様も少しは楽になると思います。
それに、診察にあたってくださる方がシブ様なので、もしかしたら、お父様の失われた右腕も再生できるかもしれません」
右腕を再生……?
そんな事が……、本当にできるのか?
「アンゲイアや、さっき言ったのは本当なのかね?
そのう……、腕が再生できる話なんだが……」
娘は夕食を机の上に置くと、思い出すようにして言う。
「アトラ様の下で戦闘をしていた時、戦友のミーネの腕が魔物によって切り落とされたの。
でもね、お父様。
四日後には彼女は復帰して、腕が再生して元のように戦闘に参加していたわ。
腕を見せてもらったんだけれど、再生された腕の皮膚が、まるで赤ちゃんの肌みたいになっていた。
それにミーネは、トルムル様から化粧品の試作品を渡されて使っていて、再生されてない方の腕や顔も潤いの肌になっていたの。
ミーネは少しだけ私にも下さり、顔だけ試したんです。
すると、数日後には効果が出始め、元の潤いの肌に戻ることができました。
この試作品はもう少しで無くなってしまうので、もっと欲しいと思うのですが、そうはいかないのでとても残念で……。
いけない……。
化粧品の話は余分でしたね、お父様」
娘から聞かされても信じがたいが、どうやら真実みたいだ。
腕を再生できるとは、凄い賢者が現れたものだ!
それに、賢者の長になられたトルムル様は、戦闘能力だけでなく、化粧品までも開発しているとは、底知れぬ能力を感じる男だ……。
しかし、トルムル様は赤ちゃんを連れているそうで、それだけが気がかりだが……。
危険な戦線に赤ちゃんを連れて来ていたとは、常識的に考えても間違っておる。
それとも、特別な事情があるのだろうか……?
「アンゲイアや、一つ聞きたいことがあるのだがいいかね?」
「なんでしょう、お父様」
「賢者の長になられたトルムル様が、赤ちゃんを連れ歩いていると聞いたのだが、何か深いわけでもあるのかね?」
娘は私の問いに、突然笑い始める。
「うふふふ。
お父様は、何かを勘違いなさっているようですよ」
「私が勘違いを……?
一体何を……?」
「トルムル様が赤ちゃんを連れているのではなくて、トルムル様が赤ちゃんなのです」
……?
今……、娘は何て言った……?
確かに、トルムル様が赤ちゃんと言った気が……?
いやまさか、そんな事は絶対にありえない事だ!
赤ちゃんが、賢者の長になれる訳がない!
娘は、私をからかっているのか……?
「アンゲイアや、私をからかうのを止めて、本当の事を教えて欲しいのだが……」
娘は笑うのを止めて、真剣な表情になり静かに話し始める。
「お父様が信じられないのは分かりますが、これはまぎれもない真実なので申し上げます。
トルムル様は神の化身とも言われる程、あらゆる才能を秘めた方なのです。
お父様に少しお話しましたが、トルムル様の戦闘能力は桁外れに強く、メデゥーサを始め、今まで数多くの魔物達を倒しております。
伝説でしか登場しなかったジズやベヒーモス、更にはリバタリアンも倒して、彼等は今では私達の味方になっているのです。
お父様が先程飲まれたコーヒーもトルムル様がお考えになり、今朝の朝食で食べて頂いたクロワッサンも、彼が考案した新しいパンなのです。
トルムル様は一才ですが、内に占めた能力は計り知れません。
お父様がトルムル様に会えば分かると思いますが、彼の目は聡明で、常に何かを考えていらっしゃる目付きをしています。
先程、トルムル様のお姉様であられるエイル様と少しお話をしたのですが、トルムル様はお父様の容態が良くなれば、この国の将来について話し合いたいそうです。
国王一家が亡くなられているので、今後の事を相談したいと」
……。
な、何と、トルムル様が本当に赤ちゃんだとは!
しかも……、私の好物になったコーヒーやクロワッサンまでも、彼が考案したとは驚くべき事だ!
「お父様、外がなんだか騒がしいようです」
そう言った娘は外に面している窓に近づき、驚きの声を上げ始める。
「お父様、大変です。
金色の何かが、人々を包み込んでいます。
早くここから避難しないと」
娘がそう言ったすぐ後、金色の何かが、戦争で壊れている窓から部屋に入り込んで来る。
あっという間に部屋は金色の何かに満たされ、私達を包み込んだ……。
せっかく娘に再開できたのに、ここで命を落とそうとは!
……?
ニョキ、ニョキ、ニョキ〜〜。
失われた腕が生えてきている……。
こ、こ、これはもしかして、再生魔法なのか……?
しかし、シブ様はここから遠い所の城に居るはずだが……?
いったい誰が、こんな奇跡を……?
娘が私に近寄ってきて、再生された腕を見て腰を抜かす程驚いている。
そして、城の方を見ると、閃くように言う。
「お父様、きっとトルムル様が広域治癒魔法をお使いになられたのですよ、きっと!
この金色は間違いなく、広域治癒魔法ですもの!
アトラ様が言うには、トルムル様は昔これを使って、多くの怪我人を一度に治したと聞いています。
再生魔法をこのように大掛かりに行えるなんて、彼しかいません!」
な、何と!
城から遠く離れたここにも、広域治癒魔法を使う事が出来るとは、凄い魔法力だ。
更に、再生魔法という超高度な治癒魔法を広域に使えるとは、もはや人間業とは思えない。
しかも、それが赤ちゃんがしたとは……。
……節々の関節も、完全に治っている。
それに、皮膚が乾燥していたのに、娘の顔みたいに潤いのある肌になっているとは……。
まさにこれは、奇跡としか言いようのない事!
こうしてはいられない、すぐにトルムル様に会いに行って、お礼をせねば。
それに、国を今後どうするか早急に相談せねばならぬ。
「アンゲイアよ、これから私と城に行ってはくれぬか?
トルムル様に会って話がしたいのでな」
娘は私の言う事に驚いて言う。
「お父様は、節々が痛くて歩けないのでは?
私1人ではお父様を連れて行けないので、誰か呼んできますね」
「アンゲイアよ、先程の広域治癒魔法で、全身の節々の痛みが消えたのだよ。
それに見てごらんなさい、私の皮膚が潤いの肌に変わって、しかも、シミが綺麗に消えている」
そう言って私は立ち上がって、娘の周りを一回りする。
娘は驚きのあまり、口を大きく開けたままだ!
妻の癖と同じなので、内心で思わず笑ってしまった。
「お父様は、本当に節々が痛くはないのですか?
それって凄すぎます!
よく見ると、私の腕も潤いのある肌になっているわ……。
それに、傷跡も綺麗に治っているし……」
娘の腕をよく見ると、戦闘で負った傷が綺麗に無くなって、潤いの肌になっていた。
私だけでなく、娘までも治して頂けたなんて、何て心の広いお方だろうか?
娘に案内されて城に行く途中、広域治癒魔法の話で町中が持ちきりだった。
城に着くと、同じ様にその話で大騒ぎになっている。
「お父様、こちらです」
娘は信頼されているみたいで、数カ所ある検問の人達がすんなりと私達を通してくれる。
階段を上って部屋に通されると、若い娘さんが机に座って、大きな桁の計算をしていた。
不思議な事に、石版を使ってないのに、木の玉を動かしただけで素早く答えを書いている……。
普通だったら、もっと時間がかかるのに、あんなに短時間で答えが解るとは……。
「エイル様、私のお父様が先程の広域治癒魔法で完治しました。
お父様が是非、トルムル様と会ってお話がしたいそうなのです。
トルムル様にお会いできますでしょうか?」
新しく賢者になられたエイル様は、娘よりも若いので驚いた。
それにとても美人で、若いのに品格が体からにじみ出ている……。
最後まで真剣に聞いてくださったエイル様は、立ち上がって私に向かって満面の笑みを浮かべながら話し出す。
「初めまして、ストゥルルング様。
トルムルはこの国について、ストゥルルング様とお話になりたいと申しておりました。
しかし、先程の広域治癒魔法を使ったので体力の限界を超えてしまい、シブ姉さんが言うには、明日のお昼頃まで寝ているだろうと。
せっかくお越しいただいたのに、明日の昼まで待ってもらうしかないのです。
明日のお昼に、一緒にお昼ご飯を食べながら話すのはどうでしょうか?
トルムルが考えた、新しい料理の試食も兼ねて。
この国の将来にも関係する、とても大事な昼食会なのですよ。
アンゲイアさんもお越しになって、新しい料理を舌鼓なされてはいかがでしょうか?」
「本当ですか、エイル様。
トルムル様の新しい料理を食べれるなんて、こんな幸運はありません!
お父様、私も一緒に出席してもよろしいですか?」
「もちろんだよ、アンゲイア。
エイル様。娘共々、明日の昼食会に参加させていただきます。
それで、少しだけ気になった事がありまして、質問があるのですがよろしいでしょうか?」
「はい、もちろんです。
それで、質問と言うのは何でしょうか?」
「石版を使ってないのに、木の玉を動かしただけで答えを書いていたのが気になりまして」
「これは、トルムルが開発した新しい計算方法なのですよ。
ソロバンと言って、この装置で計算をします」
な、何と!
もはやこれは……、神の技を見ているようだ!
トルムル様は赤ちゃんだけれど、彼の能力を次から次へと目の当たりにして、彼こそ、この国に絶対に必要な人材!
彼のような人が、王になって頂ければ良いのだが……。
……?
私は今……、何を……、考えた……?