ヒドラの赤ちゃんと……。
進軍を再開する為の、全体会議を開く事が決まった。
モージル妖精女王に連絡して、ヒドラの女王であるドラドラにも来てもらいたいと、俺が言うと。
『それが、そのう……、トルムル様。
難しいかもしれません』
言いにくそうに返事をしたモージル妖精女王。
何かを隠しているみたいだけれど、それが何なのか分からない。
「どういう、ことでしょうか?
ドラドラは、もしかしたら、びょうきなのですか?」
『違うのです。
女王は子育て中なので、夏にならないと戦場には戻ってこれないのです。
申し上げにくいのですが、他のヒドラ達も子育てでして、そのう……、同じく夏までは無理なのです。
これも、トルムル様のおかげなのですが、歯止めがかからなくなって、こうなってしまったのです』
え……?
「ぼくが、なにをしたのでしょうか?
よくわからない、のですが」
『ヒドラは人間の味方であると、トルムル様が公言されたので、私達は安全に育児が出来る環境になったのです。
今までは危険すぎて子育てができなかったのです。それで、そのう……、歯止めが外れて……、育児に夢中になっているのです。
そのような理由で、ヒドラ達は夏まで戦場には戻れないのです。
私がもっと強く言えば、来年まで出産ラッシュを抑えられたのですが、彼等は今まで抑制されていたので……、このような結果を招いてしまいました。
本当に申し訳ありません、トルムル様』
……。
なんと、考えもしなかったよ、俺。
『あかちゃんが、たくさんうまれて、おめでとうございます。
こちらはきにしないで、いくじに、はげんでください』
そういえば、人間以外の生き物は、繁殖する季節が決まっているのをすっかり忘れていた。
しかもヒドラ達は、魔物側と人間側の両方から攻撃を受けていたのに、今では安全に暮らしている。
戦力的にはかなり減るけれど、戦えない訳ではないし、ヒドラが繁殖するのは凄く良い事だと思う。
あ……。ワイバーン達や、ゴブリン達も同じ理由で来れないかもしれない。
もしかして、ベヒーモスも、か……?
俺は早速、ベヒーモスの王であるべモスに連絡をする。
彼にも、命力絆をしたので、遠く離れても心で会話ができる。
『べモス、げんきですか?
もうすぐ、さくせんかいぎを、ひらきます。
ベヒーモスたちは、さくせんに、さんかできますか?』
あれ、返事がない……。
もしかして、なにか困った事でも起きたのかな……?
少し経って、やっとべモスが返事をしてくる。
それも、申し訳なさそうに……。
『これはトルムル様。
すぐに返事が出来なくて申し訳ない。
実は最近、妃が双子を生んで、子育てをしているところでございます。
ベヒーモス族は、夫婦で子育てを一緒にする習慣があるので、3ヶ月は私はここから動けないのです。
他のベヒーモスも同じ理由なので、3ヶ月経ちましたら、トルムル様の元に馳せ参じます。
それまでは誠に申し訳ないのだが、我々は不参加という事でお願い致します』
予想通りの返事だ……。
でも、あのベヒーモス達が子育てをするって、想像もできない……。
しかし、彼らも生物だから、間違いなく子育てしているよな。
えーと、ここは祝福を言うべき場面。
『しゅっさん、おめでとうございます。
いそぐひつようは、ありませんから、いくじに、はげんでください』
『ありがとうございます、トルムル様。
この御恩、一生忘れませぬ』
一生忘れませんって、べモスは大げさなんだから。
でも……、親にならないと、俺には判らない領域だよな。
俺、1才になったばかりだし……。
◇
作戦会議が始まると、ヴァール姉ちゃんを今朝見かけたにも関わらず、出席していなかった。ヴァール姉ちゃんの婚約者で、エイキンスキャルディ王子が、喜び半分、申し訳ない半分で言い始めた。
「最近、ヴァールの調子が良くなかったので、治療師であるシブさんに先程詳しく観てもらったのです。
シブさんがおっしゃるには、これはツワリなので病気ではありませんと。
彼女は、ツワリがひどくて、会議に参加できないので申し訳ないと申しておりました」
王子がそう言うと、会議室が騒音に包まれた。
みんなが驚くと共に、王子に祝福を言っている。
ヴァール姉ちゃんが、妊娠したってことだよね……?
イヤイヤ、姉ちゃんは本当に妊娠したんだ。
「トルムル、叔父さんになったわね」
そう言ったのは、エイル姉ちゃん。
俺が叔父さんになったって!!
あ……、ヴァール姉ちゃんの赤ちゃんから見ると俺、叔父さんなんだ。
ヴァール姉ちゃんが妊娠して、赤ちゃんが生まれるのはとても嬉しい。
でも、俺まだ1才になったばかりなのに、叔父さんって呼ばれるんだ……。
俺もエイキンスキャルディ王子に、新しい命に祝福をした。
これから生まれる姪か、或いは甥の為にもこの戦いは負けられないと改めて決心をする俺。
会議の方は、新しい命がヴァール姉ちゃんのお腹の中にいる事で、いつも以上にみんなの士気が上がって行く。
ここに居るのは後継者会議のメンバーが殆どで、我が事のように喜んでくれているのが分かって俺は本当に嬉しかった。
会議も無事に済んで、姉ちゃん達と一緒にヴァール姉ちゃんの所に行く。
ツワリで吐き気がしているけれど、会ってくれることになった。
「ごめんなさい、みんな。
こんな大事な時、妊娠してしまって」
ヴァール姉ちゃんは申し訳なさそうに言った。
アトラ姉ちゃんがヴァール姉ちゃんに近寄って、笑顔で言いはじめる。
「何言っているんだい、ヴァール。
こんなに嬉しい事はないと、みんなで言っていたところだったんだよ。
天国に居る母さんが聞いたら、大喜びするに決まっているさ。
父さんも孫が生まれるって聞けば、喜ぶのは間違いない。
ヴァールの分は私達が頑張るからさ、丈夫な赤ちゃんを産んでくれ。
それで、赤ちゃんの心音が聞こえるってシブが言っていたけれど、聞いてもいいかい?」
ヴァール姉ちゃんはアトラ姉ちゃんの言葉に感動したみたいで、何度か頷きながら聞いていた。
「もちろんよ、アトラ姉さん。
トルムルからしてもらった命力絆の力を使えば聞こえるわ。
私のお腹に耳を当てて、お姉さん。
そうすると、今聞こえている音よりも、ハッキリと聞こえるってシブが言っていたわ」
「本当だ!
さっきよりハッキリと聞こえる、トックン、トックンて!
これって、感動的だよ!
みんなも聞いてごらんよ」
アトラ姉ちゃんは興奮しながら姉妹と俺に言う。
「新しい命の音がする。
初めて胎児の心音を聞いたけれど、こんなに感動するとは思ってもみなかったわ」
そう言ったのはディース姉ちゃん。
イズン姉ちゃんとエイル姉ちゃんも感動的な言葉を言っていた
「トルムルも聞いてみる?」
胎児の心音を聞いていないのは俺だけになって、ヴァール姉ちゃんが俺に聞いてくる。
もちろん俺は、重力魔法で姉ちゃんに近付きながら言う
「ぼくも、ききたいです」
俺はそう言って、姉ちゃんのお腹に耳を当てた。
『トックン、トックン、トックン、トックン』
ヴァール姉ちゃんの子宮の辺りから、規則正しい胎児の心音が聞こえてくる。
魔法で聴力を上げてあるのでハッキリと聞こえてくる。
心音の音だけなのに、凄く感動する俺。
小さな命が、まさに産声を上げて、一生懸命心臓を動かしている。
この新しい命に、心身共に健康で、聡明に育ちますようにと祈る。
すると突然、俺の手が光り始め、眩い光が球となってヴァール姉ちゃんの体内に入っていく。
周りで見ていた姉ちゃん達は驚きの声を上げている。
ヴァール姉ちゃんも俺をジッと見て、驚きの声で言う。
「トルムルは何をしたの?
凄く暖かくて、優しい何かが私の赤ちゃんの周りを包み込んでいるような感覚なんだけれど?」
なんと……、祈っただけなのに、俺は魔法を発動したみたい。
隠しても仕方ないので、正直に言うしかないよな。
「ヴァールねえちゃんの、おなかにいるこどもに、いのった。
しんしんともに、けんこうで、そうめいなこに、そだちますように、って。
いのったら、ぼくのてが、ひかりはじめた。
もしかしたら、しゅくふくのまほうを、しぜんに、はつどうしたのかもしれません」
ヴァール姉ちゃんは両手で口を押さえて、目は最大限に大きく見開いている。
姉ちゃんの癖で、非常に驚いた時に見せる仕草だ!
「祝福の魔法って聞いた事がないよ、トルムル。
でもこれで、この子は間違いなく心身共に健康で、聡明な子に育つよ」
そう言ったのはアトラ姉ちゃん。
エイル姉ちゃんが、思い出すように言い始める。
「お母さんのお腹の中にトルムルがいた時に、色々な話しを聞かせてあげていたわ。
ヴァール姉さんも、お母さんと同じ様に、お腹にいる赤ちゃんに色々な話しをすれば良いと思うの。
そうする事によって、ウール王女みたいな聡明な子に育つと思う。
トルムルがお腹の子に祝福をしたので、尚更そうした方が効果が上がると思うのだけれど……?」
ヴァール姉ちゃんは、エイル姉ちゃんの言葉を噛み締めているみたい……。
ヴァール姉ちゃんは俺の方を見ると、自然な笑顔で言う。
「赤ちゃんに、祝福の魔法をしてくれてありがとう、トルムル。
お母さんがトルムルにしたように、お腹の子供に毎日話しかけてみるわ」
俺は頷くと、胎児の心音を再び聞いてみる。
『トックン、トックン、トックン、トックン』
さっき聞いたのに、再び感動する俺。
この命が生まれる時には、平和な世界になっている様にと、強く思う。
俺まだ1才だけれど、頑張るぞう〜〜!!