春の息吹き
窓から外を見ると、雪解け水で城の外が浅い池になっている。
山には雪が残っているけれど、平野にはもう雪がない。
草木は気が早いのか、緑の色が少し見え始めた。
冬がもうすぐ終わり、春の息吹を感じる。
水が完全に引けば、南のダルガン国に進軍できる。
グマル国に再び戻って来た人達の話によれば、10日ほどで山間部の雪も溶けるとの事。
この国に戻って来た人達はそれ程多くはなく、100人にも満たない。
けれど、少しずつ復興の兆しが見え始めている。
石像にされた人達を一箇所に集めて、見張りを付けて安全を確保した。
メドゥーサが死ぬか、あるいは本来の彼女に戻れば、石にされた人達も元の人間に戻る事が出来るからだ!
魔王軍との戦いで破壊された家などは修理を始め、通りも人が通りやすいように片付けている最中。
雨水を排水する側溝が、多くの箇所が瓦礫で埋まっている為、王都も城内と同じで至る所に浅い池が出来ている。
排水をよくしないと疫病が流行しやすいので、手の空いている者は側溝の掃除をしている。
みんな泥だらけになりながらも、一生懸命頑張っている。
言い出しっぺの俺も、朝の時間だけ側溝を掃除する手伝いをしている。
もちろん、俺だけは泥だらけになっていない。
重力魔法で浮いて移動し、重力魔法で側溝の瓦礫を外に出しているからだ!
能率が良いし、体も泥だらけにならない。
周りの人達は『流石、賢者の長だ』と言って俺を褒めてくれる。
重力魔法を使える人達はいるけれど、長時間に渡って出来るのは俺だけみたい……。
側溝の掃除を終えると、お昼ご飯を食べに城に戻る。
「おひるごはん、できているよ、トルムル。
きょうは、ひらまめの、スープだよ」
食堂に行くと、ウール王女が声を掛けてきた。
冬の間中、王女はシブ姉ちゃんから料理を教わっている。
それもなんと、俺の母ちゃんが娘達に教えていた料理だ!
つまり、母ちゃんがシブ姉ちゃんに教えていた料理を、ウール王女が習っている。
生まれてすぐに母ちゃんが亡くなったので、俺は母ちゃん直々の手料理を食べた事がない。
エイル姉ちゃんが作ってくれていたけれど、シブ姉ちゃんの方が母ちゃんから教わった年数が長いので、料理の種類も多く、かなり美味しい。
公平に言えば、エイル姉ちゃんの料理も美味しい。
でも、シブ姉ちゃんの料理はさらにその上を行く美味しさ。
それをウール王女が習っている……。
何というか、俺のためにウール王女が作っているので、とても複雑な心境……。
「今回はウール王女が一人で作ったから、正直な意見を聞かせてあげて」
シブ姉ちゃんが真剣な表情で俺に言う
これを、ウール王女が一人で作ったって……。
もし、不味かったらどうしよう……。
不味いですって、正直に言えない気がする。
ウール王女とシブ姉ちゃんが真剣に俺を見ている。
近くにいたニーラまで、手を止めてこちらに注目しているんですけれど……。
見た目は今までと同じ、ヒラ豆のスープ。
いや、待てよ……。
緑の野菜が入っているけれど、これはネギか?
一口啜ってみる。
美味しい……。
今まで食べたヒラ豆のスープの中では、今回が1番美味しい。
もしかして、ネギを入れたから味が良くなった?
「これは、おいしいです。
ネギが、はいっているから、あまみがましていて、ぼくは、これがすきです」
俺が言うと、緊張していたウール王女が笑顔になって言う。
「ありがとう、トルムル」
シブ姉ちゃんが後ろに持っていた物を、俺の前に出して言う。
「これが今回使ったネギで、リーキと呼ばれているの。
煮ると柔らかくなって甘みがでるので、母さんがよく使っていたわ」
俺の腕ぐらいはありそうな、ぶっといネギ……。
あまりの大きさに、目が点になって行く俺。
「うふふ。
トルムルの、そんな顔初めて見たわ。
エイルも、リーキを知っていると思うけれど、ここ最近入手が困難になっていた。
ここグマル国は産地の1つで、今回は初物が手に入ったのよ」
リーキの初物か〜〜。
こんなに美味しい野菜があるなんて、今まで知らなかった。
それに、これはまさに春の味で、ヒラ豆のスープから春の息吹を感じる〜〜。
それから俺たちは、とっても美味しいヒラ豆のスープを堪能した。
◇
午後からは、冬中続けている魔法の訓練を始める。
その訓練は、魔矢を連射する。
ベヒーモスを倒した時に、魔法で作り出した矢が思っていた以上に効果があった。
それに改良を重ねて、移動している魔物にも当たるように訓練を積み重ねている。
訓練の相手は、ウール王女だ!
俺の次に重力魔法を上手に操れるので、標的を動かしてもらっている。
何個もの標的を同時に動かしているので、王女の訓練にもなる。
「トルムル、いくよ〜〜」
最初は、一個の標的を複雑に動かすのが精一杯だったウール王女は、今では6個まで同時に標的を動かせる。
俺も同じ事がいえて、最初、複雑に動く一個の標的を狙うのがやっとだった。
でも今では、6個の標的を短い時間内で当てる事が出来るようになって、今日は7個に挑戦だ!
お互いに若いので……、急成長している感じ。
ウール王女が7個の標的を同時に動かし始めた。
俺は意識を集中して、手の中にイメージを作り始める。
シュ、シュ、シュ、シュ、シュ、シュ、シュ。
手元から矢が発射する音だけが聞こえてくる。
全矢命中だ!
実戦では、矢じりに爆発とか痺れ、あるいは睡眠の魔法を同時に発動する事によって、戦略の幅が広がる。
雷撃、火炎、水流なども使えるかもしれない。
「凄いわね、貴方達。
いつの間に、こんなに上達したの?」
シブ姉ちゃんが俺の横で、ビックリしながら言った。
「でも、まだまだです。
もっとふやして、ぜんや、めいちゅうしないと」
「トルムルってば、本当に凄いよね。
真空を使って矢を飛ばしているって言ったけれど、その真空がいくら考えても分からない。
何もない無い空間が、真空だってトルムルは言う。
けれど、イメージが湧かないから、私が矢を魔法で作っても前に飛ばない。
私だけでなく、誰に聞いても分からないって言っていたわ。
元賢者の長だったリトゥルに聞いても、初めて聞いた言葉だと言って、頭を悩ませていた」
……。
それは……、理解するのは難しいかな……。
一応、真空の定義を姉ちゃんに言ったのだけれど、本当の意味で理解するには、科学の知識が必要になるからな。
それに昨夜、凄いことを思いついたので実験をしようと思っている
今までは、直線しか矢を飛ばさなかったけれど、標的を追尾するように真空魔法を発動したら良いのではと考えた。
こうする事によって、標的の間に障害物があっても問題なく当てる事ができるからだ。
「ウールおうじょ、さっきはなした、くんれん、おねがい」
「本当に出来るのトルムル、障害物の向こうにある隠れた標的を当てるって事。
とても私には信じられない……」
「りろんじょうは、できるはずです。
みていて、シブねえちゃん」
俺がそう言うと、ウール王女は標的を見える場所から障害物のある後ろへと動かした。
既にイメージが完了していたので、俺はすぐに魔法を発動する。
シュ。
どうだ……?
俺たちの見える方に、ウール王女が標的を移動させてきた。
やった〜〜! 見事に、真ん中に命中しているよ。
「トルムルはすごいです。
やが、まがってとぶなんて!?」
ウール王女が驚きの表情で言う
「まさか……、本当に見えない標的に当てるなんて!?
今までも信じられないわ……」
そう言ったシブ姉ちゃんは、浮いてるオレを引き寄せて抱いてくれる。
母ちゃんに褒められているみたいで、俺はとても幸せな気分になった。