ベヒーモス
ここ一週間、断続して雪が降っているので、俺の背丈と同じくらいの積雪になっている。
みんなの話によると、例年よりも雪が積もるのが1ヶ月近く早いとの事。
これでは、予定が大幅に遅れてしまう。
魔王に奪われた3つの国の内、1つは取り戻せた。
でも、南にあるダルガン国は、山岳地帯が多く、それでなくても軍を進めるのが難しい。
最も大きな道は谷間を通っており、雪崩で亡くなる人がいると教えられた。
北の国はさらに積雪があり、来春までは待った方がいいとみんなの意見。
ここまで順調に来たけれど、どうやら雪解けまで進軍できそうにない。
それに、ヒドラ達の食料が雪で見つけられずに、彼らは3日も食べていない。
俺は決断をして、ヒドラ達を解散させた。
魔王側も、こちらに大群を送り込めないのでお互い様になる。
ただ1つだけ、気になる情報がモージル妖精女王からもたらされ、ベヒーモスの部隊がダルガン城から出たとの事。
俺達の進行を止める為に、彼らの出城に向かった可能性はあるけれど、嫌な予感がしている。
もしかして、こちらに向かっているのではと……。
どこから来るか分からないので、要所の出城には姉ちゃん達を常駐させている。
もしもの時は、心だけ姉ちゃん達の体に移動して、ベヒーモスと戦う準備だけはしている。
他の地方都市には各国の部隊を派遣しており、その為、グマル国の王都に残っている部隊はスーキル国の第一王子の部隊だけだ。
シブ姉ちゃんは治療師でスーキル王子の婚約者。
治療師は姉ちゃんしかいないので毎日が忙しい。
それでも毎夜、バラードを歌ってくれて、みんなを楽しませてくれている。
そのバラードの中で、ベヒーモスに関しての箇所を今歌っている。
『ベヒーモスは魔法に強く、硬い皮膚はどんな炎にも耐えしのぎ。
炎の息吹は氷を瞬時に溶かし、蒸発させる。
長く鋭いツノで雷を受け止め、放電させ。
体液で毒を作り出し、敵に吐きかける。
神々の系譜に繋がるベヒーモス』
何度聞いても、俺が得意な魔法が効かないベヒーモスは、無敵に聞こえて来るんですけれど……?
歌い終えたシブ姉ちゃんが、俺の横に座って少し心配顔で言う。
「ベヒーモスに関しての箇所を、トルムルが何度も歌ってて言うけれど、勝機はあるの?
こう何度も歌うと、不安になってくるの……」
痛い所を突く姉ちゃん……。
俺は正直な気持ちを言う。
「たたかって、みないと、わからない。
ベヒーモスの、さいだいのぶきは、ちから。
ぼくはまほうで、きょだいな、がんせききょうじんを、うごかせる。
つまり、まほうで、きょうだいな、ちからをうみだせる。
ただ、そのちからが、ベヒーモスにつようするのかは、たたかってみないと、わからない」
俺がそう言ったすぐ後、アトラ姉ちゃんが命力絆を使って連絡してくる。
『敵襲だ、トルムル。
敵はベヒーモスの部隊で、交戦をしている
一際、大きなベヒーモスが居る。
5人がかりでも、全く歯が立たない。
私も戦ったけれど、遠くに投げ飛ばされた。
もう一度戻って戦うつもりだけれど、トルムルの作戦を実行してくれ』
いよいよ、その時が来た!
でも幸いな事に、アトラ姉ちゃんが居る出城にベヒーモスが現れた事。
人間の世界では、姉ちゃんの力に勝てる人がいない程で、その力を今回は利用できる。
俺の心に、恐怖を埋め込んだ人でもある……。
横で聞いていたシブ姉ちゃんが、大きな胸で俺を抱きかかえながら言う。
「トルムルの体は私が責任を持って守るから、頑張って!」
シブ姉ちゃんにこうやって抱かれるのは久しぶりで、母ちゃんに抱かれているみたい。
とても優しい感情が、俺を包み込んでいる。
「ありがとう、ねえちゃん」
俺はそう言うと、ウール王女に連絡して、ニーラを連れて、ペガサスでアトラ姉ちゃんのいる出城に来てくれと言った。
そして、アトラ姉ちゃんの体に俺は心を移動させる。
◆
目を開けると、周りは瓦礫の山で通路を走っている。
近くで戦っている音が聞こえて来る。
『一際大きなベヒーモスは、右側の階段を降りた所にいる。
既に、超音波破壊剣は使ったけれど、鎧を破壊できただけで、ほとんど無傷だった』
アトラ姉ちゃんの声が、俺の中から聞こえてきた。
っていうか、俺が姉ちゃんの体を動かしている。
それにしても、初めて姉ちゃんの体を動かしているけれど、何というパワーだ!
体から力が溢れており、今まで鍛えてきた肉体を感じる事ができる。
力だけでなく、体の柔軟性、反射神経もずば抜けている。
さらには、大柄な姉ちゃんの体が、軽く動く事に脅威さえ覚えた。
しかし、姉ちゃんの体でも投げ飛ばされたなんて、やはりベヒーモスは手強い。
階段を降りて行くと、数十人が一体のベヒーモスと戦っている。
この数でも苦戦しており、数人は地面に倒れている。
遠巻きにして弓矢で攻撃している人達もいるけれど、硬い皮膚で矢を全く受け付けていない。
もしかしたら、真空弓ならベヒーモスの皮膚を貫通するかもしれないと思い、俺は落ちている矢を一本拾う。
アトラ姉ちゃんは二刀流を使いこなすけれど、俺には真似ができないので、魔法で戦うしかない。
矢尻の先をベヒーモスに向けて、真空魔法を矢の先に発動した。
矢は真空に引っ張られて行き、あっという間にベヒーモスに突き刺さった。
グサァー。
鈍い音がして、矢がベヒーモスに突き刺さっている。
しかし……。
「オレの皮膚に、矢が刺さっているだと……」
そう言ったベヒーモスは、俺の方を見る。
ベヒーモスが少し動いただけで矢は地面に落ちた。
矢傷からは、ほんの少しだけ血が流れているだけだ!
「貴様は、先程オレ様の鎧を壊した魔法剣士。
魔法だけで矢を飛ばして、オレ様に傷を付けたというのか?」
ベヒーモスは自尊心が傷つ付けられたみたいで
、こちらに向かって突進してくる。
頭を地面すれすれに下げて来るので、俺は重力魔法を使いながらツノを両手で持った。
そして、魔法を力に変えてベヒーモスを後ろに投げ飛ばした。
ガラガラ、ガッシャァ〜〜〜〜〜〜ン!!
周りに居た兵士達が驚いた様に言う。
「「「「「「「流石、アトラさんだ!!」」」」」」」
ベヒーモスを投げ飛ばしたのはいいけれど……。
すぐにベヒーモスは起き上がって来て、ダメージを全然受けていないみたいだ。
矢で少しの傷を負わすのができたという事は、矢に何かをすれば、ダメージが与えられるはずだ!
ヴァール姉ちゃんが、ワイバーン戦で見せてくれた戦法を思い出した、俺。
矢を手の中でイメージし、その先には常に真空になる様にする。
そして矢じりには、ベヒーモスの体に突き刺さって大爆発するのを加えた。
イメージが完了したので、俺はベヒーモスに発動した。
手から離れた矢は、次の瞬間にはベヒーモスに突き刺さり、……。
ドォゴォォ〜〜〜〜〜〜ン!!
「グワァァーーーーー!」
予定通り矢は大爆発をして、先ほどよりは深い傷を負っている。
さほど魔法を消費しないので、俺は同じ矢の連射を開始。
ドォゴォォ〜〜〜〜〜〜ン!!
ドォゴォォ〜〜〜〜〜〜ン!!
ドォゴォォ〜〜〜〜〜〜ン!!
ドォゴォォ〜〜〜〜〜〜ン!!
さらに連射をして、12本の矢をベヒーモスに放った。
ベヒーモスは身体中傷だらけで、立っているのがやっとの状態。
「こ、ここまで、強力な魔法の矢を射るなんて、まるで……噂に聞いている、ハゲワシ、み、みたいだ」
俺が姉ちゃん達の体に移動できるのは秘密の中でも、取分け魔王側に知られたくない秘密なので、周りで聞いている兵士達も騙す必要がある。
「かれは、わたしの、おうとうとだよ!」
俺がアトラ姉ちゃんの声で言ったので、何だか妙な感じ……。
「き、貴様は、奴の姉貴なのか?
どうりで、強いわけ……」
そう言ったベヒーモスは、気絶して地面に倒れた。
「「「「「「「「ワァァーーーーー!!」」」」」」」」
周りの兵士達が大歓声を上げている。
命力絆を使って、近くに来ているはずのウール王女に連絡する。
『ニーラを連れて、降りてきてウール王女』
『わかった、トルムル』
上空から、ペガサスに乗ったウール王女達が降りて来る。
ニーラはすぐに魔法を発動して、ベヒーモスを元の彼に戻した。
しかし、爆発の威力が大きすぎたのか、ベヒーモスはピクリとも動かない。
もしかして、やり過ぎて殺した……?
すぐに治癒魔法を発動して、ベヒーモスの様子を見た。
傷口が塞がっただけで、動く気配がない……。
近くに寄って、ベヒーモスの体に触って脈があるか気配でたしかめる。
非常にゆっくりとした脈しか打っていなくて、明らかに死にかけている。
どうする、俺……?
最後の手段はあるけれど、魔物に使った事がない。
それは、姉ちゃん達にした命力絆だ!
迷っていては、ベヒーモスが死んでしまう。
俺は、体を活性化させるイメージを手の中で作り始める。
俺の寿命を、少し分けるイメージも加えた。
手の中でイメージができあがったので魔法を発動した。
俺の手の中から、キラキラと光り輝く命の水みたいな透明なものが溢れ出した。
姉ちゃん達にしたのと同じだ!
その水は、ベヒーモスの体に静かに入っていった。
ベヒーモスの体が少し動いた
ゆっくりと目を開けると、先ほどと打って変わって穏やかな表情になっている。
顔つきは、怖いけれど……
起き上がると、ニーラを見て言う。
「私は、どうしたのでしょうか、ニーラ様?」
「貴方は、お父様に心を支配されていたのです。
ここにいるアトラさんと、彼女の弟であるトルムル様のお陰で、貴方を元に戻せるようになりました」
ベヒーモスは俺を見ると、小さな目が大きくなって驚きながら言う
「貴女が私を治療してくれたのか?
信じられない事だが、以前より遥かに私の力が増している。
流石、賢者だけの事はある」
ここでベヒーモスに何か言わないといけないのだけれど、俺が言うと赤ちゃんだと分かってしまう。
アトラ姉ちゃんに、俺は言う。
『ここでぼくは、もとのからだに、もどります。
ねえちゃん、あとはよろしく、です』
『ちょっと待ってくれ、トルムル。
全てはトルムルの功績なのに、このままだと私の功績になってしまう』
『ひみつを、まもるためです。
それに、ねえちゃんの、からだがあったから、かてたのは、まちがいないですから』
『……。
分かったよ、トルムル。
今度、温泉に一緒に入る時は、私がトルムルの背中を流してあげるよ』
え……。
それだけは、遠慮したいんですけれど……。
◇
元の体に戻った俺は、シブ姉ちゃんに抱かれていたままだった。
「お疲れ様、トルムル。
今回も大活躍だったね
今回の功績はアトラ姉さんになるけれど、私達は知っているからね」
そう言って姉ちゃんは大きな胸で優しく、そして強く俺を抱いてくれた。