出城
1才の誕生日の翌日、夜明け前に窓の外が騒がしいので俺は起きてしまい、二度寝を試みたけれど眠れなかった。
本気で眠ろうとしても、姉ちゃん達のイビキと歯ぎしりも合わさり、魔法で聴力を上げているので騒音の中にいるみたいで眠れない。
窓の外から聞こえるのは、進軍する準備で多くの人が起きている声。
まだ出発する時間がたっぷりとあるにも関わらず、どうやら彼らは興奮しているみたい。
ま、彼らが興奮する理由も分かる気がする。
なんといっても、今日から人間の反撃が始まる!
でも俺は、もう少し寝ていたかった。
1才になったけれど、まだまだ体力的には最弱。
健康とお肌の為には、長〜〜い睡眠時間が必要だ。
それに、乳歯の為にも寝なくては……。
目が覚めてしまった俺は、仕方ないので重力魔法で窓まで移動する。
窓を開けて、夜明け前の冷たい空気を吸うと完全に目がさめる。
窓の下では、多くの人が出発の準備をしているのが見えた。
ペガサスが馬房から出てきており、俺を見ると窓まで飛んで来てくれる。
「お早うございます、トルムル様。
もうお目覚めですか?」
外の騒ぎで起きたとは言えないので、はぐらかして俺は言う。
「なんとなく、ねむれなくて、おきた。
ぺがさす、あさごはんを、たべたの?」
「先ほど、干し草と麦芽を頂きました。
一日中でも飛べますので、どうかご安心ください」
ペガサスには今日一日、3人乗せて飛んでもらうように頼んでいる。
騎乗するのは、魔王の娘ニーラにウール王女、そして俺。
戦況を見るのは高所が最適で、その為にペガサスにお願いしている。
それに、魔王軍の各部隊の部隊長を上空まで起こし願って、もし魔王に心を支配されているのならニーラの魔法で元に戻せる。
ウール王女は偵察が任務になり、分かれて偵察する時に必要だ。
ペガサスに次いで早く空を飛べるので、とても心強い。
ペガサスと朝の挨拶が終わって部屋の中を見ると、姉ちゃん達もそろそろ起き出してきた。
東の空は明るくなり、もうすぐ夜明けだ。
姉ちゃん達がみんな起きてきたので、朝の挨拶を交わす。
「ねえちゃんたち、おはよう、ございます」
「「「「「「トルムル、お早う」」」」」」
朝の挨拶が終わると、姉ちゃん達は身支度を始めた。
俺も壁際のベッドに行って、戦闘用の服に着替え始める。
姉ちゃん達の着替えを見たくなので壁の方を向いて、終わると姉ちゃん達を見ないように部屋を出た。
ふぅー。
いつになったら俺は、姉ちゃん達と別の部屋に寝かせてもらえるのだろうか?
賢者の長になったというのに、これに関しては以前と変わらないので少し残念。
でも……、まだ1才なので、しかたのない事と諦める俺……。
居間に行くと、戦闘用の服を着ている王族達がいた。
今回の戦いは人間の存亡がかかった戦いなので、王子や王女達も自国の軍を率いて戦う。
6才のヤールンサクサ王女も戦闘服に身を包んでおり、俺を見つけると笑顔を見せて近づいて来た。
流石に、6才の王女が軍の指揮を取る訳でないけれど、昨日の話では相談役として同行すると言っていた。
直接戦闘はしないけれど、他国の軍との情報交換の役も兼務すると言っていた。
6才にしては聡明な王女で、大人顔負けの政治的な手腕がある。
それに、昨夜のダンスパーティーで、俺と初めて踊った王女は凄く素敵だった。
背丈の違いがかなりあったにも関わらず、踊った後に周りかため息が聞こえるほど踊りが上手だった。
それに、薄化粧した顔はとても綺麗で、踊っている間中俺は見惚れていた気が……?
ウール王女とも踊ったけれど、ヤールンサクサ王女とも楽しい時間を過ごした。
「お早うございます。トルムル様。
昨夜はよく眠れましたか?」
「よくねむれた。
おうじょは、ねむれましたか?」
「はい、お陰様でよく眠れました。
昨夜言い忘れましたが、トルムル様と踊ってとても楽しかったです」
え……?
社交辞令かな?
俺は楽しかったから、王女も本心かもしれない。
どっちにしても、今度一緒になって踊るとすれば、この戦いに勝利した時だ!
「ぼくも、たのしかったです。
またおどるのを、たのしみにしています」
「ありがとうございます」
ヤールンサクサ王女が言った時、向こうからヒミン王女とウール王女が歩いて来た。
2人の王女と朝の挨拶を交わし終えると、ヒミン王女が言う。
「トルムル様、これを。
今回は、全ての戦いが終わるまで持っていてい下さい」
ヒミン王女が、布に包まれた膨大な魔法が入っているピンクダイアモンドを俺に手渡す。
俺は布ごとピンクダイアモンドを防具に装着する。
このピンクダイアモンドは、古の大賢者が当時の魔王を倒した時に使っていた。
大賢者の子孫であるヒミン王女の王族に代々受け継いでいる貴重な宝物。
門外不出と聞いていたのだけれど、魔王を倒す為に俺が使っている。
これがあるおかげで、俺は遠慮なく魔法を連発する事が出来る優れものだ。
ヤールンサクサ王女が気になったみたいで俺に聞いてきた。
「トルムル様失礼と思いますが、それは何なのでしょうか?
お答えにくいのであれば、言わなくても気にしませんから」
……。
王妃様から、秘密にして下さいと言われているので、俺の独断では判断できない。
ヒミン王女を見るとニコッと笑って、ヤールンサクサ王女に言う。
「我が王家に代々伝わっている、古の大賢者様が使っていたピンクダイアモンドです。
門外不出なのですが、トルムル様だけは特別に使用を許しているのです」
それを聞いたヤールンサクサは驚きすぎて、しばらくは動かなかった。
何か……、わざとヒミン王女がヤールンサクサ王女に言った気がするんだけれど……?
俺の気のせいか……。
ヤールンサクサ王女は我に帰ったみたいで、笑顔を作ってヒミン王女に言う。
「ピンクダイアモンドの噂は本で読んで知っていたのですが、実際に存在していたとは驚きです。
トルムル様のこれまでの大活躍の裏には、ピンクダイアモンドが関わっていたんですね」
なんだか、ヤールンサクサ王女とヒミン王女との間に、緊張感があるんですけれど……。
しかも、俺に関係あるような……?
ま、今は深く考えないようにしないと。
今日は大事な日だから、余計な事は考えたくない。
それからウール王女も交えて何気ない話題になった。
他の王族達とも朝の挨拶を交わし始めると、姉ちゃん達も加わった。
◇
朝日が東の空に登り始めたので、進軍を開始する。
俺達3人とモージル妖精王女は、ペガサスで先に戦場に。
ゴブリンの王であるゴゴブが元の優しい王に戻ったので、ゴブリン族が魔王軍から戦線離脱。
その為に魔王軍で混乱が生じており、人間側の国に侵攻できなかったみたいだ。
国境の川を過ぎて、最初の難関である出城が見えてきた。
出城といっても、魔王軍は増強を積み重ねていたみたいで、谷間を塞いでいるくらい巨大だ。
普通に攻めると、こちら側の被害が甚大になるのは間違いない。
ヒドラの大群でも、頑丈に作られた城壁を壊すのは大変だ。
そこで、今まで使ったことのない魔法を試したいので、俺達は先行して来た。
その魔法は最大土性魔法の更に上を行く岩石巨人だ!
最大土性魔法は魔法を発動した者が、最も怖いと思う人の部位が、巨大な岩の形となって上空に現れて敵を押しつぶす。
俺の場合、乳児の時に死にそうになった事があり、その原因であるオッパイが上空に現れる。
しかもそれはアトラ姉ちゃんで、今回の岩石巨人は間違いなく姉ちゃん似の巨人が出るのは間違いない。
アトラ姉ちゃんに見つかると、何か言われるかもしれない……。
でも、今回は人類の為に俺は最大土性魔法を発動する事にした。
リヴァイアタンを捕まえた時、水の妖精ウンディーネの体に心を移動させて海水を操った。
今度は、土の妖精ノームの能力を使う。
ただし、今回はノームの体に心を移動絵させるのではなく、ノームの能力を利用する。
モージル妖精王女を経由してノームと心が繋がるので、そこから土性を操る能力を利用させてもらう。
ノームに俺は話しかけた。
『のーむ、これからはじめるから。
きをらくに、して』
『トルムル様が昨日言った、私の能力を使う話ですね。
でも、こんなに遠く離れていても大丈夫ですか?』
『たぶん、だいじょうぶ。はじめてだから、しっぱいするかも。
でも、ためしたいので、おねがいします』
『こちらこそ、よろしくお願いします』
ノームはそう返事してくれた。
俺はいつものようにオシャブリを念入りに吸う。
あ……、そういえば昨夜、アトラ姉ちゃんが俺に言っていた。
『トルムルは1才になったんだから、オシャブリを卒業しないとダメだよ』って。
姉ちゃんの言うことは分かっている。
俺にとってオシャブリは、精神を統一するには必須アイテムだ!
でも、大人になってもオシャブリを吸う訳にもいかないよな……。
こ、今回は、その事を考えないようにしよう……。
精神統一が終わったので、俺はノームと心を1つにするようにする。
すると突然、俺とノームの心と心が完全に繋がって、彼女の能力を使えると確信できた!
神級土性魔法である岩石巨人を右手の中でイメージを始める。
すると、アトラ姉ちゃんの姿が手の中で……。
予測通りとはいえ、仕方ないよな……。
俺は勇気を出して、魔法を発動した。
ドッスゥ〜〜〜〜〜〜ン。
巨大な何かが、出城の真ん前に突然現れた。
しかし、土煙でよく見えない。
風が土煙を流すと、そこに現れたのは超巨大な岩石巨人。
しかも、アトラ姉ちゃんにそっくりで、衣服を着ていない……。
岩石巨人なので、服を着ていないのは当たり前だけれど……。
それにしても……、そっくりだ!
全身の体型もそのまま……。
予想通りだけれど……。
突然現れた岩石巨人に、魔物達は大パニック状態に!
いよいよ俺達人間の、大反撃が始まる!