1才の誕生日
この世界に転生して、俺が唯一食べれない物がある。
それは、朝食が並べられている容器の1つに入って、蠢いてるミルキーモスラだ!
ミルキーモスラは蛾の幼虫で、スープにすると凄く美味しい。
しかし俺は、蠢いている姿を想像してしまい、吐き気が止まらなくなっていつも吐いていた。
たまに……、何かに夢中になって食べた事はあったけれど……。
俺は生きて蠢いているミルキーモスラを1匹掴むと、大きく口を開いている口の中に入れた。
噛まずにそのままそいつが飲み込むと、隣の……?
確か、ブーキが俺に言う。
「今度はオレにくれよ、トルムル。
それ、俺たちの大好物なんだ」
メデゥーサのお姉さんで、ヘビの髪の毛を持っているユウリュアレーのヘビ達に俺は朝食をあげている。
俺が食べないので、蠢いているミルキーモスラも抵抗なく持てる。
ユウリュアレーは蛇の頭で見た目は怖いけれど、親しくなればヘビの1匹1匹に個性があり、彼らは無垢で知性的だ。
ただ、39匹にも及ぶ蛇の名前を覚えるのに一苦労した……。
次を掴むと俺は、ブーキの口にミルキーモスラを入れてあげる。
前に座って朝食を食べているアトラ姉ちゃんが俺を心配して言う。
「ヘビ達にミルキーモスラをあげるのはいいけれど、トルムルもしっかりと朝食を取らないと。
今日は大事な日なんだから、途中でへばらない様にしないといけないよ」
それはそうだけれど、ユウリュアレーのヘビ達って慣れると可愛いんだよな。
まるで、ペットを頭の上で飼っているみたいで。
でも、姉ちゃんの言うことも分かる。
今日は俺の一才の誕生日で大事な会議がある日。
王位後継者会議で俺は、賢者の長になる予定。
別室では王族達だけで朝食を取っており、その後会議を始めるみたいだ。
ヤールンサクサ王女の手回しで、俺が賢者の長になるのは間違いない。
気になるのは、数カ国が反対している……。
でも、それはある意味仕方ないと思う。
だって 、やっと今日で俺は一才になったばかりだから……。
そう言えば、ヤールンサクサ王女がビックリする事を言っていた。
それは、この会議で俺の姉ちゃん達を賢者に推薦すると言っていた事だ!
そして、ヒミン王女とウール王女も賢者に推薦すると。
なぜなら、みんな命力絆で繋がっており、尋常ではない戦闘能力を身に着けているから。
それに、瞬時に情報を共有できるので、この世界では非常に便利でそれも評価されたらしい。
緊急事態発生の時には、迅速な対応が取れるからだ。
賢者になることを聞い姉ちゃん達は大騒ぎになった。
けれど、世界の為に喜んで賢者の称号を受けると言っていた。
ユウリュアレーの反対側ではモージル妖精王女が、大きなビスコッティを抱えて悪戦苦闘しながら食べている。
この城の料理長に、モージル妖精王女用の小さなビスコッティを作ってもらうように俺が言い忘れたからだ。
俺もまだ若いよな、こんな初歩的なミスをするなんて……。
そう言えば、モージル妖精王女が集めた戦力は予想以上だったので、俺は久し振りに身震いするほど驚いた。
それは、ヒドラの大群を引き連れて来たことだ!
家ぐらいの大きさはあるヒドラ達は、強力な戦力だ!
しかし、メデゥーサの前では石に変えられてしまい無力になってしまう。
そこで今回の戦いでは、ヒドラ達はメデゥーサの居ない地域で戦う事になっている。
ユウリュアレーからの情報で、メデゥーサの居場所が分かったので、ヒドラ達は安心して戦える。
メデゥーサと戦うのは俺達人間で、石にならない対策も既にできている。
戦いに参加する人すべてに、潜望鏡型のメガネを装着してもらうので、メデゥーサと鉢合わせしても石になる事なく戦える。
遅い朝食を終える頃になると、執事が俺たちを呼びに来た。
「トルムル様、並びにお姉様方、会議室にお越しくださるようお願いします」
いよいよ賢者の長に、俺が正式になる時が来た。
それに、今日限りでハゲワシに変身する必要がない。
なぜなら、賢者の長になるには本名を名乗る必要があるからだ。
俺達を呼びに来た執事が、俺の顔を驚いた目で見ているのが分かる。
目は口ほどに物を言うとは、まさにこの事。
今度就任する賢者の長が、本当にこの赤ちゃんなのかと!
ま、執事が驚くのは無理もない。
会議の後、正式に賢者の長と賢者達を発表するために、城の広場に集まってきている大勢の人達に、城のバルコニーから顔見せをしなければならない。
俺が賢者の長になる事は王族以外では、今のところ少数しか知らない。
一才になる俺が、賢者の長になるにあたって人々の不安感を取り除くために、広場の一画を縄で囲いがしてある。
俺の本当の実力を示して、人々に安心してもらう為に!
会議室に入ると、顔見知りの王位後継者達が笑顔で俺達を迎え入れてくれる。
そして会議は順調に進み、正式に俺が賢者の長に就任した。
更に、ヒミン王女にウール王女、姉ちゃん達も正式に賢者に就任した。
気になるのは、反対していた国の代表が今回の会議に出ていなかった事だ……。
翌朝俺達は、奪われた3つの国に進撃する事が決まっている。
そして、総大将が俺になるので、彼らはそれが気に食わなかったようだ。
少し残念だけれど仕方がない。
俺の役目を果たすだけだ!
会議が全て終わったので、いよいよ城のバルコニーから、ハゲワシでない俺の本当の姿をあらわす時が来た。
バルコニーに続くローカを歩きながら、モージル妖精女王に言う。
『モージルおうじょ、ドラドラの、じゅんびは、いいですか?』
ドラドラはヒドラの女王で、もっとも大きなヒドラ。
そのドラドラを呼んで、広場に来てもらう計画を立てている。
連合国軍の士気を鼓舞する目的と、俺に対する不安を取り除いてもらう為。
モージル妖精王女は俺の横を飛びながら言う。
『昨日トルムル様と会った森で待機していますので、安心してください』
自己主張をしたくはないのだけれど、各国の軍を率いるのであれば誰もが強い指導者を求める。
赤ちゃんの俺がどんな素晴らしい事を言っても、殆どの人は不安がるのは目に見えている。
そこで、ヒドラを手足の如く動かせるのだと、公の場で見せれば誰もが納得をする。
いわゆる、百間は一見に如かずだ。
バルコニーでは、新しく就任した賢者の名前を言って紹介している。
ウール王女の紹介が終わると、王女は得意の重力魔法で集まった人達の上を高速で飛んで見せている。
それを見た人達の歓声が、ここまで聞こえてくる。
人間で空を飛べるのは、俺とウール王女だけなので、その能力を示せたわけだ。
最後に、賢者の長である俺の名前と、噂のハゲワシが同一人物だと紹介をしている。
しかし、今日が俺の一才の誕生日だと言った途端に、ざわめきが聞こえてきた。
ま、それは予想通りの反応。
俺は重力魔法でバルコニーに移動すると、人々の視線を集めると、更にざわめきが大きくなっていく。
俺はハゲワシに変身すると、集まっている人達の上空を飛ぶ。
一回りすると、俺は大空に向かって更に高く舞い上がっていった。
上空に行くと、森の方からドラドラ王がこちらに向かっている。
俺達は合流し、一緒になって旋回しながら舞い降りて行く。
優雅に、そして気高く!
下の方では大騒ぎになっている。
巨大なヒドラが襲って来たと勘違いしている人達もいるけれど、ハゲワシに変身した俺を指差して言っている。
「ハゲワシが、ヒドラを先導している……」
「さっきの赤ちゃんだよね、あのハゲワシ……?」
「あの赤ちゃんが噂のハゲワシで、ヒドラを従えているんだ」
「あの赤ちゃんが、本当に賢者の長になったんだ!」
ドラドラはロープで囲まれた広場に降り立った。
俺はドラドラの頭に舞い降りて、元の赤ちゃんに戻ると、広場に集まった人達の大歓声が沸き起こった。
「「「「「「「「ワァ〜〜〜〜〜〜」」」」」」」
俺は集まった人達に手を振って答えた。
そして、心の中で亡くなった母ちゃんに言う。
『母ちゃん、俺。
母ちゃんの夢に一歩近づいたよ』