38:お客様、馬車に招かれる
さて、なんて伝えるか。
まあ、さすがに護衛なしの状態で道端に放っておくのはよろしくないだろう。
それこそ処刑か?
じゃあ、この馬車に泊まらせるか?
……。
うう……。
処刑か、面倒事か。
「入れてやれば?」
「ぬわっ!」
わたし、言ってないよね?
言葉にしてないよね?
エスパーですか?
「なんでわかったかは、とりあえず置いといて、さすがに一人なんだったらほっとくのはひじんどーてきだろ。」
「そう、だよね。か、かくごを決めるわ。」
「何言ってんだよ……。」
「あ、そうそう、これから来る方は、きっと、高位のお貴族様だと思われるの。なるべく失礼のないようにね。私も言葉遣いとか変えるから、つっこまないで合わせて?それと、余計なことは言っちゃだめだよ。私たちの目的とか、私のこととか、聞かれても詳しくは分からない、で通して。」
「お、おお。がんばる。」
「あー、あとはもう少ししっかりした部屋にしないとかな……。」
「? なんでだ?」
「さすがにお貴族様にビジネスホテルはだめだよ。」
「びじねすほてる? まあ、よくわかんねーから勝手にやって?」
「まかせて!そうだなー、2-4かな。豪華すぎないけど、満足できると思う。よし、じゃあスイッチ――――――、オン!」
さっきと同じように広がったり、変形したりしていく。
先ほどは、ベッド二つと小さめのテーブルにイス二つでほとんど空間が埋まっていたが、今回は、それに比べ物にならないくらい広い。
「な、なあ、これって、ここまでする必要あんの?富豪の寝室くらいは、いや、客室くらいはあるだろ。」
この国は、というより、ユイヤロナ民主国とラステル神聖国を除いて、この世界のほとんどが、王族、貴族、平民という同じような身分制度がある。公国と皇国は、王族と呼ばれないだけでほとんど同じ。
富豪は、貴族、と平民の間のようなもので、財産が多く、明確には決められていないものの、一つの地位のようなものになっていたりする。低位の貴族よりも富を保有していることもあり、貴族社会とのつながりもある。実は、富豪も、自称ではなく、王からその名にふさわしいと認められる必要があるので、功績を持っている人も多い。
富豪の客室。
それは、貴族よりも豪華な場合がある。
貴族と違って、地位のような物にはなっているものの、社交界に出て交流をすることも誘われない限り難しく、いくら自分より財を持っていない貴族に対してであっても、下手に出なければならない。
そんな富豪が、自分の財を、見せつけられるのが客室なのだ。
言葉で語れないから、見せて感じさせる、というわけである。
さて、富豪の客室並み、とは言われたが、わたしは富豪の客室なんて入ったことがない。
だから、実際どうなのかはわからないが、さっきのビジネスホテル型よりお貴族様向けになったのは確かである。
ベッドは、馬車をつくる時に二人しか想定していなかったので二人分しかないが、さっきより少し大きく、また、布団もフカフカになっている。ソファーや、大きめのテーブル、イス、クローゼットも、空だがあるし、床には絨毯もひかれ、ランプは、シャンデリアの小さい版になっている。
鏡台も豪華になっているし、トイレは個室になって広くなり、シャワーだけだったお風呂は、4人くらいは入れそうな浴槽ができた。
なにより、全体的に装飾も少しながら増え、色鮮やかになっている。
「じゃあ、呼んでくるね。」
身なりをさっと整えてサト様を呼びに、外に出た。
「お待たせして申し訳ございません。どうぞお入りくださいませ。」
「ありがとう。感謝するよ。今は手持ちに礼ができそうなものはないが、近いうちに礼の品を渡すよ。」
「お心遣い、ありがとうございます。ですが、お気持ちだけで十分にございます。」
「そうは言わずに、楽しみにしておいて?そういえば、もう暗くなっちゃうけど、野宿の準備ははじめなくていいの?」
「ええ。心配はご無用です。一度馬車の中にお入りいただけますでしょうか?」
サト様を馬車の中に連れて行く。
いくら中が広くなったとしても、外からはそんな様子が見えないから、こんな時間なのに野宿の準備をしていないのは不思議にしか思えないのだろう。
「……ええぇ!?ちょ、ちょっといいかい?」
サト様は、せっかく入ったのにもう一度外に出てしまった。
なんで?忘れ物?
あー。うん。わかってる。外見とのギャップに驚いた、ってことかな?
あ、もどってきた。
「す、すまない。……ええぇ!?」
あれ?また出て行っちゃったよ?
一回でよくないですか?
あ、またもどってきた。
「……。」
あ、無言で出て行こうとするな!
もういい加減中に入れ!
しつこい!
……ゴホン。ええっと、失言でした。
「見間違えではございませんので、中にお入りになられてください。まずは、こちらにお掛けになられては?お茶でも飲みながら自己紹介でも致しましょう。」
「……。み、まちがい、では、ない、のか……。――――――そうだな。そうさせてもらうとしよう。おじゃましてすまない。」
「いえ、大丈夫ですわ。今夜限りの出会いですもの。大切にしなくては。」
うん、今夜限り、だからね!
「ここで出会ったのも何かの縁。これからも仲良くしようではないか。」
おおぅ。さりげなく反撃きたよ。
ライアン君も席に着き、3人で軽く自己紹介をする。
お互い踏み込んだことは聞かず、しゃべらずだったが、なんとなく、知り合い程度にはなったところで、夜ご飯にしよう、ということになった。
夜ポーションを飲もうとマジックバックからポーションを取出す。
「ん?エレナ、ケガでもしたのか?」
ライアン君、言葉遣い、ちょびっとだけ丁寧になりましたが、まだまだですよ!
「しておりませんよ?どうかされたのですか?」
「いや、ポーションを出したから、なにかあったのかと思って。」
ん?けが?ポーション?
……あ、普通ポーションで生活のエネルギー蓄えないんだった。
それは精霊だった……。
いつの間にか精霊界での生活が習慣になってたのかぁ。
そういえば、ごはんって久しく食べてないような?
2年前から食べてないのか。
それで大丈夫だった私、やっぱり精霊よりの人間なのか……。
栄養ドリンクだけで生きてるようなものだから、普通の人間では無理。
あと、人間界のポーションは、精霊の真似事から始まって、いろいろ伝わる過程で変わっちゃったりしているから、精霊界で使われているやつの劣化版。私のは精霊界から持ってきたものだから本家。
そうそう、最初にポーション作りの依頼受けて、下級ポーションのレシピで宝級に近いものができたのは、私の魔力が精霊に近いものだからなのだとソフィアナさんは言っていた。
あの時、聖水って言っていたのは、本物の聖水が何百分の一まで薄まったもので、精霊界と人間界が離れる直前に最後の最後に贈り物として、小さな聖水の池をつくってあげたものの名残みたいなもので、もう数百年したら普通の水のようになるだろうとのこと。精霊の森っていうのも、別に精霊がいるわけじゃない。
精霊草やマナ草も、今ほんの少し残っている精霊の影響のもので、そのうちは得なくなってしまうのではないか、と言っていた。
ポーションが人間につくれなくなったら、回復魔法や、治療魔法以外に医療が発達していないこの世界は、けっこう大変なことになるんじゃないかと思う。
ポーションが薬の代わり、というか、予防のような物だったりするのだ。
「考え事は終わった?」
「! すみません。え、ええと、ポーションを出してしまったのは、癖なのです。そ、育てていた植物にたまにあげていて、それが私の夕食のタイミングだったものですから、つい。」
いや、よく考え事終ったタイミングで話しかけられたね?
最近そういうことが多いんだけど、本当に私って顔に出やすいのかな?
気を抜いたらダメだね。
ていうか、後から考えてこの言い訳はないな。
うそっぽい。
んー、でも意外と効果あったりするのかね?
今度ためしてみよう。
「あのさ、僕、夕食、持っているんだけど、よかったら一緒にどうかな?」
サト様、用意周到!
でも、お貴族様、どうして自分で食料持ってるの?
いざとなったらそれで生き延びろ、みたいな?
「よろしいのですか?」
「もちろんだよ。これくらいしか僕には出来ないからね。」
「ありがとうございます。」
サト様は持っていたマジックバックであろうものから次々に料理を出していった。
コース料理なのかそれはもうたくさんの皿、皿、皿。
出し終えるころには、とても大きかったはずのテーブルは料理の皿で埋め尽くされていた。
……多すぎじゃない!?
三人でこの量、どうしろと!?
サト様、やっぱり高位の貴族だ。確信だよ。
お忍びならもうちょっと隠そうよ。
「これでは少し品数が少ないかもしれないが、このような場だ。これで我慢してくれ。」
いや、多いから、多すぎだからね?
「旅の途中でこのような料理を食べられるとは思っておりませんでした。十分でございます。本当にありがとうございます。」
「たいしたことじゃないよ。さ、食べようか。今日はマナーなど気にせず楽にしてよい。」
って、言われてもねぇ?
真に受けて気にしないのはよくないよね。
サト様も気にしないとか言いつつやっぱりやってるし。
あ、ライアン君が真に受けてる。
これはテーブルマナーを教えた方がいいかもしれない。
いやぁ、かーさまに感謝だよ!
かーさまの淑女教育、めちゃくちゃ役立ちます!
評価・ブクマ、ありがとうございます!