25:精霊の丘で見つけたもの
「さ、帰るわよ。」
「あの、ソフィアナさんの大切な人って、どんな人なのですか?お墓、ここにあるのですよね?」
話を聞いてからどうしても聞いてみたいと思っていた。
ソフィアナさんが大切に思う人なのだ。
「そうよ。折角だからエレナちゃんもお祈りしていってくれる?」
「もちろんです!」
石舞台のちょうど真反対の端に小さな石碑のようなものがあった。
周りには色とりどりの花が咲いていて、風が吹く度にふわふわと揺れるその光景はとてもきれいで、穏やかで、そしてなぜか、初めて見たはずなのに懐かしい気持ちにさせられた。
「ここよ。」
ソフィアナさんはやさしい表情で小さな石碑の前にしゃがんだ。
そして、石碑の文字をなぞるようにそっとなでる。
リエ=アラカワ
ハヤト=アラカワ
え……
私はその名前に見覚えが、聞き覚えがあった。
「あの二人はね、夫婦だったの。子供が一人いてね、その子のことが大好きだったんだって。でも、二人はどうしても仕事のせいで子供と関わることが少なくなってしまっていて、気づいた時にはどうやって接すればいいのかわからなくなっていたの。ある時、その子が自分たちの仕事のまとめを読んでることに気づいて、うれしくって余計に仕事に熱が入ってしまったのですって。それで入りすぎた仕事を、急いで片づけて、子供との時間をつくるために一生仕事しなくても生きていけるくらい稼いだんだって。最後の仕事の日、これが終わったら子供と向き合おう、幸せにしてあげられる親になろう、って家を出たら、もう会えなくなっちゃったそうよ。何をしているのかしらね、ホント。」
「でも、私はね―――――――――――――――――」
その言葉は、バカにしている様子はない。ソフィアナさんは慈悲のこもったまなざしで語る。
しかし、そんなことは今、私の目には入っていなかった。
言葉の続きも耳に入ってこない。
私は、その石碑の文字を見ることしかできないでいた。
かあさんととうさんなの……?
どうしてここに?
飛行機事故で亡くなったんじゃなかったの?
ねぇ、ソフィアナさんの言ってる”子供”って『私』―――――英理菜なの?
母さんと父さんは、『私』との時間をつくりたかったの?
……っどこまで不器用なの、ホントにっ
私だって、二人ともっと話したかったし、周りのみんなみたいに旅行とか言ってみたかったしっ
なんで、なんでかってにいなくなっちゃったのっ……!
どんどん涙が零れ落ちてくる。
涙を流さないようにするなんて器用なこと、今の私には出来なかった。
「エ、エレナちゃん!?どうしたの?!」
ソフィアナさんの焦った声が聞こえる。
答えようとしても声がふにゃりと消えてしまう。
私は、石碑の前までふらふらと近づいて行った。
正面まで来るとおもわずぺたりと座り込んでしまう。
石碑の文字に、母さんと父さんであろうその名にそっと触れる。
涙で視界がゆがんですべてがはっきりとした形に定まらない。
ねぇ、かあさん、とうさん、わたし、もっと仲のいい家族に憧れてたんだけどね、二人のこと、ひどいって思ってたんだけどね、二人はちゃんと私のことが好きだったんだね。二人とも、不器用すぎだよ。私、全然わかんなかったよ?ねぇ、わたしは二人を完全には許せないよ。いまさらだもん。もう会えないし、結局ちゃんと家族になれなかった。でも、二人のこと、今ならもう一度自慢のかあさんと父さんだ、って言える気がするよ。
「……かあさん、とうさん…………」
口からこぼれたその言葉にこたえるものはなかった。
ただ私の涙が零れ落ちて石碑にしみこまれる音だけが丘に響く。
「……かえりましょう。」
静けさを最初に壊したのはソフィアナさんだった。
なぜ泣き始めたのかもわからず、困惑していたが、そこはあえて触れずにいてくれているのだろう。
まだ涙が止まらない私に近づいて、転移の魔法を唱えた。
部屋に戻ると、ソフィアナさんは私の涙が止まるまで何もせずに背中をさすってくれていた。
その暖かい優しさに少しずつ涙が止まっていく。
「あのね、リエとハヤトがここで亡くなるときにね、『きっと娘に会うことはないだろうけどもしも会えたならこれを渡してほしい。でも100年たったらもう可能性はないだろうから、その時は好きにしてほしい。』って言われて預かっていたの。100年たった時にどうしようか悩んだけれどどうにもできなくてそのままだったのだけど、エレナちゃんさえ良ければもらってくれないかしら?中身が何かは分からないのだけど……。」
ソフィアナさんがそう言って取出したのは少し古びた大きいキューブだった。
あの立方体の色合わせをするおもちゃである。
あのキューブといえば、前世の私の癖であった。
悩んでいるときとか、キューブに手を伸ばしていた。
そのおかげかめちゃくちゃ早く完成できるようになっていた。
わざわざこの形、知ってたのかな、私の癖……
ソフィアナさんから受け取ってかちゃかちゃと色を合わせていく。
かちゃ。
最後の一手を終えてすべての色を合わせるとキューブが半分に割れた。
中からころり、と丸い何かが転がり出てくる。
それは、直径3,4センチくらいのトンボ玉みたいなものだった。
ガラスのように透き通ったなかには、中央に金色のキラキラしたひし形のものが入っていて、その周りに色とりどりの宝石のようなものが花びらのように配置されている。
光にかざすとキラキラした光が見え、とてもきれいだ。
しかし、これ、なんだろう。
意味のないものを、きれいだから娘に、などというものを死にぎわに、あえない可能性の高い娘に渡すなんてあの二人からは考えられないから、何かしらの使い方とかいろいろあるのだとは思うけれど、見ただけではわからない。
ヒントがあったりしないかな。
そう思ってキューブをよくよく観察する。
すると、小さく折りたたんだ紙が、隙間に挟まっているのに気が付いた。
開いてみると、そこに書かれていたのは、ヒントではなかった。
英理菜へ
私たちのところに生まれてきてくれてありがとう。
親らしいことなんて一つもできないで、家族らしいこともなにもできないで、こんな私たちで本当にごめんね。
私たちは飛行機事故にあいました。けれど、落ちていく飛行機の中で不思議な光に包まれて気がついたらこの世界にいました。
これはあの世に行く前に見た夢かもしれない、と何度思ったことか。そして、あの世に行く前にあなたに会いたい、あなたとしっかり会話したい、あなたと家族らしいことをしたい、そう何度も思いました。
信じてもらえないかもしれないけれどね。
あなたと毎日食卓を囲めなかったこと。
あなたと毎日会話できなかったこと、会えなかったこと。
あなたとちゃんと家族になりきれなかったこと。
後悔してもしきれません。
あの日はあなたの誕生日だったよね。今まで碌に誕生日すら祝ってあげられていなくて、人生最後の仕事を終えて、ケーキを買ったのですが、飛行機とともに燃えてしまったでしょうね。
一緒に食べたかった。
あなたが一度、私たちのことを、『世界で活躍して、みんなに頼られるなんて、かっこいいね。』と言ってくれたことがあったのですが、それが私たちの誇りでした。
世界のだれにそういわれようと、あなたの言葉にはかないませんでした。
どこの誰に何と言われようと、大切な人に幸せになれる言葉をかけてもらうためにがんばってください。
それ以外の言葉なんて心に対して残らないのです。
この手紙を読んでいるということは、この世界に何らかの形で来た、ということですね。
何があったのかはわかりませんが、自由に生きてください。
私たちはここで魔道具の研究をしていました。
けれど、どこかの国や人に属していませんでした。
もう、自分の一番大事なものを見失って後悔するのは嫌でしたから。
後悔しないように生きてください。
大切なもののためなら、多少の無茶は必要です。
大切なもののためなら、それを一番に考えることが大切です。
他人に迷惑がかからないのなら、自己中心的だといわれても大切なもののために行動していいと思います。
そして、言葉で伝えることは、大切なことです。
あなたと言葉を交わせなかった私たちが言うものでもないですし、説得力に欠けるかもしれませんが、それでも、あなたと話しておけばよかったと後悔した私たちの人生の教訓なので、伝えておきます。
許してもらえなくてかまわない。
けれど、私たちからこれだけは受け取ってくれませんか。
ありがとう、という感謝の気持ちと、
だいすき、という愛の気持ちを。
母、リエ
父、ハヤト
笑いのない話で気持ちが暗くなった方、すみません。
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