想定の範囲内の
慣れた街。
通勤でも私用にも、学生の頃から親しみのある場所。
行き交う喧騒。
誰が誰だか見分けのつかない、まさに雑踏。
駅を中心に何本も伸びる坂道に、なぜか目が回りそうになりながら、今日は平坦な大通りに足を運ぶ。
待ち合わせは渋谷のわりにひらけた場所にある、デートや合コンに人気の小洒落た落ち着きのある店。
以前から密かに来たいと思っていたところだから、少し楽しみだ。
今日は少し気合いを入れて、1番さり気なく可愛く見える5センチヒールにお気に入りのソックス、ゆっくりと柔らかく広がるミモレ丈のワンピース。目にも心にも優しいグリーンに、差し色の赤いミニバック。オシャレすると気分も高まる。
ふと足を止め、目当ての店の外観を眺めて改めて思う。
ここをあっさり選ぶなんて、椿の先輩は遊び慣れた人なんだな。
まぁ、私には関係ない。今日を楽しむだけだ。
…そう思って足を踏み入れてから、早10分。誰も来ない。。。
今日は全部で6人集まる予定だから、あと5人。
あの子は遅れるだろうから4人。
というか、10分前に相手のメンバーは誰ひとり来ていない。みんなで一緒に来るのかしら?15分前って、さすがに早く着きすぎたかな…。なんだか今日は、仕事が終わってすぐに来てしまった。自分で思っていたよりも、自分が今日を楽しみにしていたのかもしれない。いつもの通り、適当に時間を潰してくればよかった。
とはいえ椿はいつも5分前には必ずいるから、もうすぐ来るだろう。
あと1分…。
遠くから階段を登る音が聞こえる。足音が2人、近づいてくる。
きっと椿が店の前で幹事さんと会ったのだろう。
重さで床がきしむリズムに合わせて薄い幾何学の障子が子気味良い音を立てて開く、と同時に明るい華やかな声が広がる。
「みっみー!わあ、久しぶり〜!早いね、さすがぁ」
艶やかな黒髪を贅沢にたなびかせ、包み込むような微笑みを浮かべながらも意志の強さに光る瞳に視線が吸い込まれる。
名は体を表すとはよく言ったものだ。
自然と顔が綻ぶ。
「ふふ、来ると思ってたところ。」
「みっみ、お母さんみたい。なんか安心する」
無邪気に頼ってくる姿勢が憎らしくも可愛らしい。
ふと視線を外すと、背後から大きな人が身を乗り出すように現れる。人の中心にいることに慣れていそうな男前だ。
真っ直ぐだけれど不躾でない視線。目が合った瞬間に笑顔が弾けた。
「初めまして。大地です。椿ちゃんのサークルの先輩。みっみちゃん?」
間髪入れずに耳触りの良い、快活な声で自己紹介をしてくれる。
「初めまして。大地さん?蜂蜜のミツに、木の実のミで、みつみです。みっみのほうが呼びやすいみたいなので、みっみって呼んで下さいね」
みっみなんて、子供っぽいあだ名だが仕方がない。本名が呼びづらすぎるんだから。
「へー!みつみちゃんか。可愛い名前だね。ぴったりだ」
人を褒めることに抵抗がない、どころか女の子に「かわいい」と言うことに慣れている。確実にモテる。しかもこんなに男前なのだから、遊び慣れている確定だ。
褒められて勿論悪い気はしないが、軽薄そうな人は正直なんとはなしに苦手である。
しかも「みっみ」で呼んで下さいと言っているのに敢えて本名を呼んでくるところも、避けているのか、好感度を上げたいのか、はたまた何も考えていないのか、読めない。
「へへ、よく言われます」
照れながらも正直に答える。そう、本当によく言われるのだ。
「みっみかわいいもんね。森の妖精さんみたい」
「あ、たしかに!今日緑色だしねー!」
椿と大地さんは息ぴったりだ。何なんだこの人たち。早く付き合えば良いのに。
そうか、そう言う集まりか。それなら、あとの2人に淡い期待を寄せるしか無さそうだ。
「お待たせ!あ、ピッタリか」
時計を見ながら四角い黒縁のスーツの男性が入ってくる。
「お、片瀬〜。遅いぞ!待ってたんだからなー!」
「え、ごめん。ってそんな早く来たの?あれ、時計壊れてる?」
「はは、嘘だよ!俺らも今きたとこー!」
何そのやりとり。仲良しか。初デートの恋人たちか。私は地味に待ってるけどな…。まぁ、いいのだけれども。
「あれ、柚輝はまだ?」
「あいつは15分くらい遅れるってさ!先始めてよーぜ!あれ、もう1人はどんな感じ?」
「えーと、同じ感じ!先初めてて大丈夫だってさ」
予想していたとはいえ、さすがに今家を出たらしいとは言えなかった。