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絶望の詩  作者: 燃花
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しあわせなぼく

いつものこと。


冷たい部屋。


湿気た空気。


動かない思考。


力の入らない四肢。


気づくと打ちっ放しの壁を見つめて1時間。


カーテンの隙間からは強い光。


あぁ、日が暮れる。待ち合わせの時間だ。



早めに着いて服でも見るか、カフェで本でも読もうと思って準備していたのに、どうして待ち合わせの時間にぼくはまだ家にいるんだろう。我ながら不思議でならない。


まぁ、いつものことだ。


必ず手の届く範囲にあるライターを手に取り、枕元から取り出したタバコを、きっと世界中の誰よりも優しくそっと口にくわえてゆっくりと火をつける。


一瞬目に入る原始的な明るさにいつも目がくらむ。


この瞬間が好きだ。


肺に入れると気持ちが悪くなる重い棘ばった煙を喉で止めて、ふくよかな煙を贅沢に吐き出す。


あぁ、つまらないけれど気持ちいい。


繰り返す単調な動作。


永遠にこのまま過ぎていくんじゃないか。


無理にでも意識を現実に向けないと、このまま夜が更けて1日が終わるだろう。


待ち合わせにはもう間に合わない。


きっかけがつかめない。立ち上がるきっかけだ。


タバコを吸い終わると、またタバコに火をつける。


立ち上がる気分じゃないからね。それくらいしかすることがないんだよ。



さて、この不確かな時間が過ぎて夜になってしまえば、きっとぼくは今日の約束をすっぽかす。


清々しいまでの核心に幸せそうに口元がゆるむ。


大きく息を吸い込んだのを合図に、思いのほか軽やかに立ち上がる。


なんだ、立てるじゃん。


なんでさっさと動かなかったんだろう。



ここまでも一連の流れ。いつも通り。飽きもせず凝りもせずバカみたいに、まるでバカみたいにぼくは毎度毎度同じ思考回路で同じ動作を繰り返す。


バカの一つ覚えだな〜


なんて自嘲しながら壁にかけてある服をテキトーに身につけて玄関へ向かう。


この間1分。立ったら速い。立つまでが長い。


1.2.3.4


長い脚。狭い部屋。4歩で外に出れる。


空気圧で重すぎる鉄板みたいなドアを身体で押し開けて、一呼吸。


澄んだ生暖かい風が喉を通る。


アドレナリンの匂いがする。


夜は好きだ。


優しいから。


こんなぼくでも、生きてていいって囁いてくれる感じ。


鉄板入りのブーツの重さと自重を利用してほとんど滑り落ちるみたいに螺旋階段を下りる。


下界に降りた気分。


我ながらふざけたことばかり考えていて嫌になる。


「まとも」じゃないね。どうでもいいけど。



見上げた空は最後の昼がピンクに霞んで、その儚さが胸をしめつける。


向かい風が気持ちいい。


ひらけた大通りの一本裏、賑やかな気配を感じながら人通りのない道を小走りみたいに歩く。


現実のかたまりみたいなスーツのおっさんが吐き出される小さな穴に時間に追われるうさぎよろしく吸い込まれる。


深い穴に落ちる先なんて不思議の世界より地獄が待ってる気がするけど、いつだってこの世界には現実しかない。


逆に不思議も地獄も現実にあるのか。


今日のこの地下鉄はアウシュビッツ行きの列車かもしれない。


そんな下らない妄想に心を踊らせる程度には幸せなぼく。


今日の目的地で乗り換えて30分で実家に着く。


そもそも今日は会ってくれる友達がいる。


こんなぼくと過ごすために時間とお金を使ってくれるわけだ。


奇特だな。


なんて失礼なことを考えながら、自分の幸せを数え続ける。


脚が長い。顔がキレイ。指も長い。肌がキレイ。ちょっと賢い。親が金持ち。大学に通えてる。友達がいる。彼女はいない。今日はお気に入りのブーツ。いつもしてる指輪。


虚しい人間だな。見た目と幸運にしか価値を見出せない。なんでこんな人間がのうのうと生きてるんだろうか。我ながら不思議だ。すぐ不思議がる自分も気持ち悪い。


みんな何考えて生きてんだろ。


とくに楽しいことはない。夢も希望もない。


のっぺり生きてるのは生きてるって言えるのか。ぬるいコーラみたいに価値がない。


はぁ。げんなりする。げんなりしてばかり。いつもぼくは同じことを同じように何回も繰り返してる。


変わりたいなんて熱い気持ちも湧かない。ただただ時間だけが過ぎていっているみたいだ。何一つ変わっていないのに。



そんなぼくも人の多い活気のある場所で、ふだん会わない人に会えば何かが変わる気くらいする。


そう。今日は男友達が女の子を連れてくるらしい。よくわからんが、狙ったり狙われたりしてるんだろう。


恋なんて二次元の中の妄想と勘違いだ。


ぼくに三次元の女の子は難しすぎる。


今日も無難に時間は過ぎていくだろう。


まぁ何もしないよりはマシな気がする。



あ、渋谷着いたわ。

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