閑話 ある日の睦月さん
「今日はいい天気だねぇ」
胸の前に抱っこ紐で抱えた娘に話しかける。
暑くもなく、寒くもなく。絶好の散歩日和。たまっている写真の整理をしようとアルバムを買いに行った帰り道だった。
「こんにちは、まぁ、かわいいわね~、いくつなの?」
「ありがとうございます、今6カ月です」
すれ違う時に声をかけてきたおばあさんと会話をしていると、少し先の方で人が騒いでいる様子が見えた。
「あれはどうしたんですかね?」
「なにかしらね? さっき通った時はなにもなかったけど」
その答えは、むこうからやってきた。
「わあああああ‼ みんな死んじまえー!」
大声で喚きながら走ってくる男が一人。手に持っている光るものはナイフかなにかだろうか。
「きゃあああぁ!」
悲鳴をあげながら逃げていくおばあさん。はやいな。
気づけば男はすぐそばまで迫っている。こういうとき、背中を向けるのは逆に危険だ。どこを狙われるかわからない。幸い今わたしの手には分厚く硬いアルバムがある。
「うわぁぁぁ‼」
バシッ
ナイフを持つ手を払いのけ
バンッ
返しで横っ面をはたき
ゴスッ
角で脳天を殴打する。
「いだっ⁉」
怯んだところでとどめに急所を蹴りあげてやった。
「~~~っ⁉」
悶絶している男。とりあえず取り落としたナイフを拾い、声をかける。
「ちょっといいですか?」
「~~~!」
ゴスッ
「いっ!」
「ダメですよ、人が話しかけているのに無視しちゃあ」
「ひっ⁉ す、すみません⁉」
「よろしい。さて、では服を脱いでください」
「へっ?」
「おや、聞こえませんでしたか? 服を脱いでくださいと言ったんです。そしてそこに土下座してください」
「な、なぜ」
「わかりませんか。あなたは今ナイフを振り回しながら襲いかかってきました」
「はい」
「対して、こちらは子供を抱えたか弱い人間です」
「か弱い?」
「ですよね」
「は、はい!」
「つまり、我々は身の安全を確保しなければなりません。服を着たままではまだどこかに凶器を隠しているかもしれませんし、素早く動けない体勢になってもらわないと安心できません」
「も、もうなにも持ってない‼ だから」
「従う気がないのですか。そうなると、物理的に無力化しなければなりませんが」
といっても道具もないし、どうしようかな。
考えながらなんとなしに指や足のあたりでナイフを持ったままの手を動かすと、男の顔色が変わった。
「や、やめ」
「あ、そういえば人間の脂肪って結構黄色くてわたしあんまり好きじゃないんですよね」
「ひいいぃ⁉ ごめんなさいごめんなさい脱ぎます今脱ぎます‼」
? わたしはただ、昔実習で見た人間の手術の時に思ったことをふと思い出しただけなのに。
まぁ、大人しくしてくれるならいいか。さてと。
ピッピッピッ
「あ、もしもし。はい、ナイフを振り回している男がいまして。いえ、とりあえず大人しくさせています。はい、はい、住所は・・・」
あとは警察に任せよう。
まぁ、ケガもなかったしなにもないようなものだろう。
「静かにしてて偉かったねぇ。さあ、散歩を続けようか」
今日も平和な一日だ。