化け学の授業(化学じゃないよ)
名前決めからしばらく。
わたしとオジョーはひとつ上の級へ上がり、化け学の授業を受けられるようになった。
先生もオショーさんではなく、専門の人になるらしい。
「こんにちは。今日から化け学を教えます、ネコジャラシです」
ネコって言っちゃってるし。もういいけど。
ネコジャラシ先生は黒と茶色の二色の髪に、肌の白い人間の女の人の姿をしていた。見た目は20代後半位だろうか。こっちの基準はわからないけれど、わたしから見るとなかなかの美人だ。
「私たちの最終目標は、このような人の姿になって人間社会に溶け込み、私たちにとって有益な技術や情報を持ち帰ることです」
なんだかすごくまともな授業を受けている気がする。
「しかし、いきなり全く違う姿になるというのは難しいので、段階を踏んで化ける力を伸ばしていきます。まずは・・・」
バサリッ ポンッ
先生は突然服を脱ぎ落とし、一瞬のあと、煙が立ち込めその姿を隠した。
そして、煙が晴れるとそこには堂々とした三毛ネコ。
「この姿のまま、小さくなる練習をします」
ポンッ
再度煙が立ち、わたしからすれば見慣れたサイズの猫がそこにいた。
「なんて小さいんですの。まるで生まれたての子ネコのよう」
隣でオジョーが感心している。
「この大きさになれば、人間の村に行くことも可能です。言葉はわからない振りをする事になっているので会話はできませんが、逆に秘密事などを思いがけず聞けることもあるので良いこともあります」
ポンッ
もとのサイズにもどる先生。
「さて、ではさっそくやってみましょう。では、ムツキさんから」
はい?
「す、すみません、先生、どうやったらいいのかまだ」
「あら、よく見えませんでしたか? ではもう一度」
ポンッ
「いえ、そうではなく」
見えるもなにも煙しか。と、いうか
「えっと、何か呪文とか、動作とかありますか? それを説明していただきたいのですが」
「なにもありません」
「えっ⁉」
「ただ、想像するだけです。なりたい姿、形をできるだけ詳細に。そうすれば自然と化けられるはずです」
なんてアバウトな・・・
「先生、わたくしからやらせていただいても? 家で両親の化けるのをよく見ていましたので」
「そうですか。ではどうぞ」
オジョーが、ふふんっ、といった感じでこっちを自慢気に見てから前に出て行った。
そして、
「いきますわ。えいっ」
ポフン
「どうかしら」
自信ありげだったが、ネコジャラシ先生より薄めの煙が晴れた先にいたのは・・・
「・・・・・・ぶふっ」
「な、どうして笑うんですの⁉ ちゃんと小さくなっていますでしょう⁉」
そう、確かに、先生ほどではないが足やしっぽは小さくなっていた。だけど
「オジョっ、か、かおが」
「顔? えっこれ、どうなって?」
オジョーの顔はもとのサイズのままだった。長毛種なこともあって、デフォルメされたぬいぐるみのようになっている。
近くにあった姿見で自分の姿を見たオジョーは、すっかりしょんぼりしてしまった。
「普段あまり見えないところだから意識が足りなかったのですね。それでも、ほかは上手く出来ていますから初めてにしてはかなりいいほうですよ。煙を出すまでいかない場合もありますし」
「うう、完璧だと思いましたのに・・・」
「さぁ、今度はもとにもどりましょう。次は身体が解れるようなイメージで」
「はい・・・」
ポフン
「はい、大丈夫ですね。オジョーさん、すごくよかったですよ。上手くもどれなくなってしまう子も多いんですから」
先生の慰めるような口調に、オジョーが少しずつ元気を取り戻す。
「そうですわね、初めてですもの。これから続けていけば」
「ええ、そのための授業です。ではムツキさんも」
「はい」
仕方ない、まぁ先生も最初はできなくてもいいって言ってるし、とりあえずやってみようか。
ええっと、ネコネコねこ・・・
「えいっ」
ぽふっ
「っ!」
「うそ・・・」
「?」
ふたりの声に、思わず閉じていた目をそろそろと開けてみると自分の前足が見えた。
あれ?
なぜか茶色の模様がある。慌てて見回すと、背中も茶色に、しっぽも茶色で裏側は縞模様になっていた。
わたしの身体がは白一色だったのに。しかし、その茶色がついたそれぞれがわたしの意思にそって動くのだった。
「すごい! 本当に初めてですか? しかし、その模様は」
「どうして? なぜわたくしでも出来ないことがあなたにできますの!」
鏡を覗くと、白と茶色のバランスよく配置されたかわいらしいネコがこちらを見ていた。
自分ではないけれど、見慣れたその姿は
「・・・みぃ」
それは、実家で飼っていた猫そのものだった。
どうやらわたしは、無意識に一番身近な猫の姿を思い描いてしまったらしい。
「なぜ模様が出てしまったかはわかりませんが、とにかく一度で完全に小さくなれるというのは素晴らしいことです」
「はぁ、ありがとうございます」
しばらく会っていなかった懐かしい姿を見て、少しぼうっとしていたわたしは気のない返事をしてしまった。
それを、勘違いしたのか
「い、一度上手くいったからといって調子にのるのではありませんわよ」
オジョーに釘をさされてしまった。
こうして、化け学の最初の授業は思いがけない成功をおさめた。
ただしこのあと、もとの姿にもどるためにはかなりの時間を費やすことになったのだった。