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天体運航韻律再現譜 One of a Song of Imbolc  作者: 石田五十集(いしだ いさば)
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LEGACY-0003「素人の手習いによる比較神話学」

  LEGACY-0003


 私が語り部達から聞いた創世神話はかつてテオドール・フラベウスが採録したそれとは全くの別物のようだ。テオドールの時代の神話が石の物語であるとすれば私の時代のものは種の物語と言える。現にこの島の住人は「はじまりとおわりを結ぶ歌」と呼ぶ他「種の歌」とも呼んでいる。

 恐らく、テオが漂着したのはエデンの園が崩壊してからさほど年月が経っていない頃だったのだろう。灰色の砂浜を除けば一切の鉱物が存在しないこの島にあっても石、というものを知っていたのだから。この島は時間も空間も地球とは隔絶されている。その証拠にずっと昔ここを訪れたテオは私よりも遥か未来に生まれた人物である。従って時間の進み方が地球と同じでないことは明らかだ。

 彼と私との間にどれほどの時間的な隔たりがあるかは皆目見当もつかないが、私の知る限りこの島に石と火を知る者はいない。石は種に、火は光に置き換わった。そもそも思想や信仰は朽ちていくのが当たり前で、時折そうした忘れられたもの捨てられたものの中から輝きを失わない宝石を拾い上げ新たに命を吹き込む者が現れる。そうした精神的指導者がこの島にも出現したことは特筆に値する。何しろ大抵の虫の精達は生まれて一年と経たずに死んでしまうし、鳥の精にしても二〇年がせいぜいのところ。この精神的な一大転換がいつ、どのような形で行われたかを示す情報は今以て皆無である。この島の住人達が文字を理解して自ら歴史を記録してくれていればと思わずにはいられない。

 しかし、古ぼけた神話の語り直しが成功したことは大いに評価すべきだが、それでも「種の歌」は宇宙の発生から生命の誕生、人間の登場と失楽園、そして地球人には知る由もないエデンの園の崩壊までを統一する叙事詩を構築するには至っていない。石の神話の僅か一〇分の一にも満たない長さの「種の歌」は非常に断片的で、説明不足気味の本編を補足するために無数の小さな物語を必要としている。例を挙げれば、「種の歌」では竜血樹の果実から全ての動物が産まれたことになっている者の現実には竜血樹の種は竜血樹にしかならないことに対する説明がないことなどである。それについて語り部に質問すると「それは別の歌です。」の一点張りだった。ならその歌を語ってくれと言ってもそうはしなかった。結局のところ彼らも知らないのだ。

 かつての豊かな神話体系のような精緻な考察と何より力強さは明らかに失われてしまっているが、反面より深まっている部分も見受けられる。特に自分達には性別が四つある、という認識がそうだ。

 人間の肉体に鳥や虫の形質が混じり込んだ彼らは、人間の身体の性別と鳥・虫の身体の性別が必ずしも一致しない。女性でありながら雄でもある、という状態が当たり前に起こり得る。彼らはこうした事情から男と女の他にもう二つ性別を考案した。人としての性が男で鳥・虫としての性が雄の場合がツァヒル。人としての性が女で鳥・虫としての性が雌の場合がアニフである。残り二つは女・雄の組み合わせが女男ファルナ、男・雌の組み合わせが男女フファンナとされる。この場合、鳥の精は人間と同じように生殖器が備わっているが虫の精は昆虫としての腹部の先端に生殖器が備わっているため、同じ女男ファルナでも鳥の精と虫の精とでは性機能が逆になることに注意が必要である。

 私の目からすると人間としての性別を重んじるべきだと思ってしまうが、彼らは必ずしもそう考えてはいない。例えば我々は力強さや繊細さ、無口かお喋りか、完成の鈍い鋭いという言葉につい男性らしさや女性らしさのニュアンスを付帯させてしまいがちだが、彼らにはそうした意識が全くない。石の神話には生物の性別が男性と女性に分割されるくだりがあるのでやはり長年の浮島での生活の中で編み出された概念なのだろう。

 性別の他にもこの島ではありとあらゆるものが四つに分割される。我々に馴染み深い明快な二元論はここにはない。あるのは四元論だけである。例えば善悪の観念など、これ以上分割できそうにないがそれさえも、彼らは四つに切り分ける。もっとも、彼らに善悪の概念はなく自然ティクテ不自然テクィテかで判断されるのだが。この二つの他に、彼らはリレリとルルレリという二つの概念を発明している。これに関しては私の理解を完全に超えていて、説明もままならないし適切な訳語も思いつかない。仮にαとΩとでも置いておくしかないだろう。

 以前から最長老に私は何度もこう問われた。

「ひとつの果実から四つの種。この意味が分かりますか?」

 その度に私は分かりませんと答えてしまっている。<大樹>の瑞々しい赤い果実には大きめの堅い黒い種が四つ入っている。恐らくはこれが彼らの閃きの源流となったのだろう。あるひとつのものを切り分ける時、それは最低でも四つにならなければならない。この宇宙を、つまりはこの島を創り上げた精霊は四柱である。かれらもまた、ひとつの種から生まれている。


  「素人の手習いによる比較神話学」より、エミリア・クラークが記す

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